お願いします
相方探しの結果は・・・。
どうしたんだ・・・、里緒。
もう時間がないんだぞ。
そんなにおまえの前に現れる奴らが気にいらないのか・・・。
AV撮影の相方探しである”お願いします”も大詰めである。
俺の心配を余所に里緒の前には次々に男優候補者達が、相方の申し出に現れていた。
だが、里緒はその中の誰一人として選ぼうとはしないのである。
なぜなんだ?
なぜ、”ごめんなさい”なんだ?
遠くから見ているだけの俺には良く分からないが、里緒の前に現れるヤツ等は皆それぞれの学校で選ばれた優等生ばかりのはずである。
それは学力ばかりで無い。総合的に優れている優等生達なのだ。それなのに・・・。
一体、お前は何を求めてるんだ?
ちょっと選び過ぎじゃないのか?
それともお前には、何か譲れない拘りでもあるのか・・・。
★☆ 第 29 話 ★☆
☆★ お願い ♂ ☆★
★☆ ♀ します ★☆
残り時間は10分を切った。
何をやってるんだ・・・里緒。
もちろん、俺の焦りが離れた場所に居る里緒に通じる訳もない。
里緒は次に現れた男優候補の手も握ることはなかった。
幾ら次々にお前の前に男達が現れるからと言っても、もう出場者達はかなりの数で相方が決まっているはずなんだ。そうなると残っている人数は少ないはずだ・・・。
分かっているのか?
それに残りの時間だって・・・。
早く誰かを選ばないと、もう、誰も現れない可能性だってある。
里緒の前に現れては虚しく去って行った人数は、俺が来てからだけでも6人となった。
その度に、里緒は去って行く後姿に深々と頭を下げている。
どう言うことなんだ?
今俺が里緒の姿を見ているのは19番告白拠点から3〜40m離れた藪の中の一本の雑木の陰である。
もう、里緒を眺め初めて10分以上は経っている。
次第に19番拠点の周りには、うろつく人影すらも無くなって来た。
ここで絶対に相方を見付けなければならない状況なのだが、里緒は中々相方を決めようとはしない。
学校での立場、周囲からの期待。それに、プレッシャーを掛ける奴も里緒にはいるのだ。
俺は里緒の心が全く分からないでいた。
応援しよう、助けようなんて思っていても、何人もが里緒の前に現れている今では、結局は里緒の心一つなのだ。
俺には何も出来やしないのだ。
ただ俺はお前を見守っていることしか出来ないのだ。
でも、お前のことを本当に・・・。
そして、また里緒の元に7人目のヤツがやって来た。急ぎ足である。
その姿に俺は見覚えがる。それは、俺が此処に来る前に玉交換をして、里緒の宣伝をしたヤツなのである。
正直俺よりも良い男で、感じの良いヤツであった。高校生として、ほぼパーフェクトに近いと俺には思える。だから、恐らくこれで決まりだろうと思う。
あいつを断る様では相方など見つかるはずがない・・・。
彼は里緒の傍に来るなり話し出した。それに里緒も頷いている様にも見える。
今まで現れたヤツ等とは違い、二人の雰囲気もかなり接近して見える。
客観的に見ればいい感じと言ったところなのだろう。
良かった。良かったんだ。喜ばなければ・・・。
でも、何か俺の心臓が妙な爆音を響かせている。
なんでなんだ?
何で、俺がこんなにドキドキするんだ・・・。
里緒の相方が決まる寸前だからなのか?
きっと、そうなんだ。そうに決まっている。
そして、ホッとするはずだ・・・。
二人の声は全く聞こえないが、話が弾んでいる様に見える。
定かでは無いが里緒が笑った様にも見える。
残念だがこれで里緒の相方が決まってしまうのだろう・・・。
残念?
残念ではなく、嬉しいことではないのか?
なんだよ、この騒がしい気持ちは!
駄目だ、駄目だ。何を考えているんだ。里緒のことよりも自分の気持ちが大きくなってきている。
何の気持ちだ?
これで安心出来る、落ち着けると言う気持ちの筈だぞ・・・。
だが、俺は落ち着いてなんかいられない。今にも里緒の前に飛び出したい気持ちだ。
俺は、俺はどうしたんだ?
ついさっきまでは、そんな感情では無かったはずだ。
俺は心の何処かで安心していたと言うのか?
今までのヤツ等は、きっと里緒は選ばないと・・・。
嫌なヤツになってしまうが・・・。そうかもしれない。
応援すると言いながら・・・。
今、俺の持っている玉の番号は12番。俺は里緒に告白する権利もないのにだ。
彼が里緒の前に跪いた。そして、右手を差し出す。
”お願いします”のポーズだ。
里緒はここで、彼を相方として選んでしまうのだろうか?
そう思うと、俺は里緒の姿を見ることが出来なかった。
目を逸らしていた。
俺は願ってはいけない方を完全に願っている。
それが偽らざる俺の気持ちなのだ。偽善者の俺の心なのだ。
背中から誰かに刺されても仕方無い。俺は最低の偽善者なのだから・・・。
もしかしたら、そんな法律がAV界には存在したりして・・・。
俺は情けなく笑って、藪の中の雑木の陰で里緒から目を逸らし俯いてしまった。
全てのものが目に入らず、音も耳に入っては来ない。
その時であった。
本当に俺の背中の中央を何かで突かれたのだ!
「あっ!」
不心得者の俺は刺されてしまった。当然だ。当然の・・・酬いだ・・・。
と、俺はその場に倒れようとしたが、
「・・・?」
倒れる程の苦しみが無い。
どうしたんだ?
そう思っていると、今度は背筋に沿って真っ直ぐに撫でられた。
んっ、指か?
俺が振り返ると、そこには人差し指を立てた緋色の瞳が立ってる。
見覚えのある瞳・・・。
俺は直ぐに思い出した。
始めに玉交換をした女の子である。
戸惑っている俺を、さらに戸惑わせて彼女は話し掛けて来た。
「何してんの?」
「いやいや、ちょっと川を見つめて・・・」
咄嗟の言い訳なんてこの程度が関の山だ。
「川を? へ~、魚にでも”お願いします”するつもりなの?」
彼女は、何て事を言ってくる。意味は何だ?
今の俺の頭は全く回転しない。気持ちのあり場が此処ではないのだから・・・。
「いや、まさか・・・」
こんな答えが精一杯だ。
もしかして、里緒のことを覗き見しているのがバレただろうか?
そう思った。しかし彼女は、
「まあ、いいわ。それより、相方まだ見つけてないの?
”へ高”の探し人には会えなかったのね・・・」
そう、聞いてきた。
「んっ、ああ。まあ・・・ハハハ」
状況的に、当たらずも遠からずだ。
どうやら、彼女は川向こうの里緒の姿には気づいていないようだ?
と思ったのだが、草木の陰から見え隠れする里緒の方に向かって目を細めている。
「あそこ、もしかして19番拠点かしら。まだ、誰かいるわね。女の子かしら?」
かなり目が悪いらしい。どうやら、人影程度にしか理解していないのだろう。
「ホンと?」
俺も彼女と向かい合ったまま、惚けて目を細めキョロキョロと反対方向眺めて見る。
そして、直ぐ様話をすり替える。
「それより、相方は見付かったの?」
すると、彼女は自慢げに、
「もちろん、相方はとっくに見付かって、今帰るところだったの。
あっ、そうそう。もう遅いかもしれないけど、良かったら玉交換こしようか。
ホラ、19番。あそこよね、きっと」
そう言う。
「19番!」
それに、俺は叫びそうな声を抑えて呟いた。
そして、彼女が俺の影から19番拠点を見ようとするのを、体で隠しながら、彼女の掌の玉に手を伸ばした。代わりに自分の玉を彼女の手に乗せる。
焦りを抑える俺の右手は震えている。
しかし、最後に19番の玉を持っていると言うことは、19番拠点で相方を見付けたと言うことではないのだろうか?
話が合わない気がする。すると、俺の心の疑問に応えるかの様にその説明をしてくれた。
「相方を見付け終わってからね、玉交換を名目にして色んな人と話をしてたんだ。そうしたら、最後の人が持っていた玉が19番。
もっと早く君に渡せていたら、”へ高の子”に会えてたかもね」
そんなことはない!まだ里緒はそこにいるのだ。
いや、正確にはほんの1~2分前まではだ。今現在のことは俺の視界には入っていない。俺の後頭部が眺めている格好だ。
さっきまで見たくなかった自分の後ろの光景が気になる。
俺は正直里緒がまだ一人でいることを望んでいる。この玉を受け取って、直ぐにでも走り出したい気持ちだ。
このまま、直ぐに振り向いて走りだそうか。
”19番”の玉を握る手が汗でべたべたになっている。どうする?
俺が耐え切れず、振り向き掛けた時だった。
「じゃあ、まだ3分あるわよ。19番拠点は近いから、急げば”相方”見付かるかもよ。頑張ってね!」
そう、言い残すと彼女が踵を返し先に駆け出した。
「ありがとう」
俺も踵を返すと、ほんの僅かだけ遅れて走り出す。
彼女に振り向かれて何と思われても良い。
この先の数分を決して後悔したくはない。
俺は全速力で走った。
きっと俺はこの時の為に、元の世界で陸上部で頑張っていたのかもしれない。
そんなことを考える。そして、走りながら頭を上げて、前方の草木の隙間から前を覗き込む。
いた!
間違いなく。里緒はそのままの姿勢で立っている。
あの男の姿は無い。
里緒はまたしても選ばなかったのだ!
俺は一人立ちすくむ里緒に向かって走った。
決して今の俺と里緒の関係の下で、俺の右手を握って貰えるとは思っていない。
思わないが、嘘は付きたくない。俺の心に嘘は付きたくはない。
何もせずに諦めたくはない・・・。
俺は川を飛び超えようと助走をつけた。そして飛んだ。
もちろん、足場の悪い土手から飛び越えることが出来ないことは分かっている。
大きな水飛沫を上げ、土手の少し手前に飛び込んでしまった。深さは膝下まである。
俺はその川の残りを数歩で渡り終えると、雑草の生えている土手を夢中で登った。
せめて里緒の前に右手を差し出したい。
たとえそれだけでも・・・良くはないが、納得はいく。
そして、まもなく土手を登りきる。
もう、偽善者ではいたくない・・・。
足首が見える。他の誰でもない里緒の足首だ。
足先は俺の方を向いている。
さらに登る!
”へ高”のスカートが視界に入る。
土手を登り切った俺は、見上げるより先に右手を伸ばした。
「お願いします!!」
その時、俺はおもいっきり目を閉じていた・・・。
<つづく>