金袋寿司
工口と里緒には偶然の共通点があった。偶然・・・。
いつの間にか俺と彼女は並んで歩いていた。
そうではない。
彼女が途中で脚を止め、俺を待っていたからだ。
そして、彼女は俺に教えてくれた。
金袋寿司のことを・・・。
★☆ 第 19 話 ★☆
☆★ ♂金袋寿司♀ ☆★
”酉センターモール”で買い物をした帰りである。
里緒は生徒会長”稲荷家一子”と自分の関係を、この俺に教えてくれた。
それは、里緒が年端もいかない幼かった頃のことである・・・。
「一子とはね、幼馴染なの。と言っても、凄く小さい頃の話なんだけど・・・」
別に俺が聞いた訳でも無い。里緒がいきなり話し始めたのである。
彼女はさらに続けた。
「私のお母さんと、一子のお母さんは友達だったの。
そして、偶然同じ年に子供出来たの。それがね、私と一子なの・・・」
里緒は俺を見上げて少しだけ笑ったのだが、その笑顔は彼女らしくなかった。
「・・・二人は時々お互いの家を行き来する程の仲だったのよ。
幼稚園に入るもっと前の、3歳とか4歳の頃の話なんだけど、今でも何となくは覚えているんだ。
ある日ね、突然、私のお父さんが家に帰って来なくなったの。
結局、お父さんは今でも、そのまま行方不明のままなんだけど・・・」
俺はドッキとした。それは、里緒にはあって欲しくない話だったからだ・・・。
「・・・私は小さかったから良く覚えていないんだけど、お母さんはそれからが凄く大変だったの。
私を、育てる為にね・・・。
お母さんはある時、生活の為に自分の故郷の食べ物で商売を始めようと思い付いたの。
お母さんの自慢の料理で”金袋寿司”って言うんだけど、今でもその味を覚えているの。
凄く美味しかったんだ。
私はお母さんの作るそのお寿司が大好きだった」
里緒の言葉は俺の心にしみて来る。
里緒が一生懸命に笑顔を作って話すから、尚更である。
だが、ちょっと気になることがある。
その名前のお寿司なら、俺も食べたことがあるのだ。
もちろん俺の世界でこのとなのだが・・・。
この世界と、俺の世界はほぼ同じである。同じ名前の食べ物も、既に幾つも耳に入って来ている。
でもこの名前、俺の世界では一般的に使われているお寿司の名前ではないのだ。
「後から、お祖父ちゃんから聞いた話なんだけど、本当はお母さんの故郷では”稲荷寿司”っていうらしいの。
でも、お母さんは”金袋寿司”って呼んでたんだけどね。
何故かって言うと、そのお寿司は醤油味で煮込んだ油揚げに酢飯を詰めるんだけど、油揚げって薄茶色で油で光っているでしょ。
それを、もう少し光らせると何んとなく金色っぽいからなのよ。
それが袋状になっていて酢飯を詰めるから、だからお母さんは”金袋寿司”って呼んでいたのよ」
ちょっ、ちょっと待て。”金袋寿司”とは、稲荷寿司のことなのか?
呼び名だけじゃ無くって、そこまで同じなのか。
俺は驚いてしまい、変な声を出しそうになってしまった。
しかもだ、その”金袋寿司”とは、里緒、おまえの母親が付けた名前なんだろ!
俺の世界の”金袋寿司”も、俺のお袋が勝手につけた名前なんだぞ。
俺と全く同じ体験じゃないか・・・。
ただ一つ、里緒の母親と俺のお袋では、名前を付けた理由は違っているが・・・・。
俺のお袋がそのお寿司に命名した理由は簡単である。色といい、形状や大きさといい、”き○○ま袋”に瓜二つだからである。
実は、俺はお袋が稲荷寿司をその偽名で呼んでいた為に、小学校で大恥をかいたことがあるのだ。
当然純粋だった小学生の俺は、それまで”金袋寿司”と言う名前も、その名前の由来についても、お袋から教わった事に一切の疑いを持っていなかった。
由来については、俺の持っているウンチクだとさえ思っていた。
あれは、小学校3年生の遠足の時である。お袋は俺を驚かそうとして、俺の大好きだったその”金袋寿司”を遠足のお弁当に詰めてくれたのである。
それを知らなかった俺は、お昼にお弁当箱を広げた瞬間、嬉しくなって声を上げてしまったのだ。
「わ~、金袋寿司だ!」と。
俺は級友達に自慢げに見せびらかしたのであったが、級友達はキョトンした目で俺を見つめるのである。
それはそうだろう、”金袋寿司”等と、妙な名前を叫びながら見せびらかしているのだから。
俺はキョトンとする級友達が、羨ましくて黙っているのだと勘違いをし、調子に乗ってウンチクまで語ってしまったのだ。もちろん、名前の由来をだ。
後は言うまでものない。
少しの間をおいて爆笑を浴び、それから暫くの間、俺のあだ名は”○○たま袋”になってしまったのである。全く嫌な思い出だ。
今、こんな回想で里緒の話しを聞き逃してはいけない。取り敢えず、今は里緒の話を聞かなければ。
しかし、凄い偶然があるものだ・・・。
「ある日、お金に困ったお母さんは、”金袋寿司”で商売を始めようと思ったの。
それで、一子のお母さんの所に相談に行ったらしいの。
その時、丁度、一子のお父さんもいて、お母さんのお寿司を一緒に試食したみたいなんだけど、あまり評判が良くなかったらしいの。
もちろん、友達である一子のお母さんは、美味しいとは言ってくれたらしいんだけど、一子のお父さんは商売は止めた方がいいんじゃないかって・・・。
それで、お母さんはどうしようかと悩んでいたんだけど、そんな時にね、私、病気をしてしまって、お母さんはその計画を見合せてしまったの。
その間に、元々お総菜屋さんだった一子の家で、お母さんの”金袋寿司”を売り始めたのよ。
お母さんに何の断りもなしに、”稲荷寿司”って言う名前でね」
なんだ、その話は・・・。
子が子だったら、親も親だ。俺は怒りで拳が熱くなって来た。
「それを知ったお母さんは慌てて、”金袋寿司”って名前で、近所のお店に出して貰えるように頼みに行ったんだけど、その時には稲荷寿司が大人気になった後で、既に役場の認可も下りた後だったの。
それで、違反になるからって誰も受け合ってくれなくて・・・。ついてないでしょ」
ついてないではない!
里緒、そんなとこで笑わって、俺の怒りを鎮めようとしないでくれ。
俺がお前を心を鎮めたいのに・・・。
「それでお金に困ったお母さんは、私を連れて、今住んでいるお祖父ちゃんのところに行ったのよ。
私はお祖父ちゃんに会うのは、その時が初めてだったんだ。
お祖父ちゃんはお父さんの方の親で、理由は話してくれないんだけどね、お母さんとの結婚には大反対だったらしいの。
それで、お父さんは家を出てお母さんと結婚したの。
だから、お母さんがお祖父ちゃんの所に行ったのは、よっぽどのことだったんだと思うんだ。
でも、その時のお祖父ちゃんは凄くうれしそうだった・・・。
お祖父ちゃんはね、結婚に反対したことを凄く後悔していて、今でもお酒を飲むと、そのことを私に謝ってばかりなの」
てっきり俺は、代々G3戦士と聞いていたから、この世界ではそれなりの暮らしをしているものだとばかり思っていた。
考えて見ると里緒は食堂のご主人と、二人暮らしなのである。
異世界に来て余裕が無かったとはいいたくない。早くに気付けることである。
自分の鈍感さに飽きれてしまう・・・。
「そして、お祖父ちゃんの家に行って二日後にね・・・、お母さんも、返って来なくなっちゃたの。
今も・・・行方不明のまま・・・」
里緒の言葉は途中で切れた。
確か里緒の祖父である”G3☆食堂”の店主は亡くなったと言ってたと思うのだが、きっと幼い里緒は生きて戻って来ることを信じ、毎日両親が帰って来るのを待ち続けたに違いない。
ずっと寂しさに耐えていたに違いない。
里緒なら、幼いながらも気丈に振舞っていた様な気がする。
こいつの気の強さも、弱さも、気真面目なところも、全てそこから始まっているのかもしれない・・・。
それから、里緒は黙ってしまった。
里緒は俯いているので、頬が少し見えるだけである。
それでも、俺は里緒の涙を感じた。
俺は何も喋らずに、里緒が話し出せる様になるまで待つことにした。
いつしか、夕陽が街灯の光に替わっていた。
俺は里緒の肩を堪らなく抱きたい衝動にかられた。
多分荷物を持っていなければ、抱いていたことだろう・・・。
暫くして、里緒は顔を上げて話を続けた。
「それでさ、一子の家は”稲荷寿司”を当てて大金持ち。
お惣菜屋さんは、チェーン店も出来て稲荷寿司総本家となったの」
口調が急に明るくなったのがわざとらしくて、返って心に痛い・・・。
「一子は、多分そのことを知らないんだけどね。
高校に入って暫くぶりに一子に会って、と言っても小さい時の話だから、お互い名前で気付いただけなんだけど・・・。
私は一子には関係ないと思っているの。だから、私は一子に会えて嬉しくて、見つけて直ぐに話し掛けたんだけど。
でも、一子の私に対する態度は、私の気持ちとは釣り合わなかった。
いつも何か言いたそうで我慢している感じなの・・・。
特に、私が学校代表になってからは、いつも今日みたいな感じでね」
俺はそこで、初めて口を開いた。里緒の心の落ち着きを感じたからだ。
「稲荷家一子が知らないってどうして、分るんだ」
俺は心を抑え付けて聞いていたせいか、静かに話すつもりがつい口調を荒げてしまった。
それでも、里緒は、
「あれでも、曲がったことは嫌いなタイプなのよ・・・」
そう言った。
「稲荷家が?」
そうなのだろうか?
俺には十分に曲がっているとそか思えない。
真っ直ぐな奴が、理由もなくあんな嫌味を言う訳が無い。
それとも、何か理由でもあるのだろうか?
いや、無いだろう。
里緒に落度があれば、里緒はそれを受け止める奴だ。
昨日の”お願いします”で、会い方を探せなかったことに対しても、自分の責任だと受け止めていたではないか。
「・・・それとね、その稲荷家って言うのは、お惣菜屋から、稲荷寿司屋さんに変えた時に替えた家号で、本名は珍宝っていうの」
「家号で、本名が珍宝だって?」
俺には意味が分らない。
「ああ~、そうね。知らないわよね。この世界には苗字の他に家号と言うのがあって、元々は一族の総称だったらしいの・・・」
屋号、落語家の一門名みたいなものなのか?
「今は、その家号を撮影大会の”演者名”に使ったりするのよ。うちの家号はね、その~、え~と”千逗豆”大昔に豆屋だったらしいの・・・」
語尾が小さくなっていく。
恥ずかしそうに顔を赤くして、いじらしく笑う。
あんなに豆みたいで嫌だって(実際に豆屋だったようだが)、苗字で呼ばれるのを嫌がっていたのに、今は俺の前で自分で笑っているのだ。
里緒は打ち解けると凄く気の優しい奴なんだ。
きっと、慣れない人には防御をしてしまうだけなんだ。
この話を聞いて、俺は里緒と上手くいやっていけそうな気がして来た・・・。
俺は里緒と話すことに抵抗がなくなって、軽い気持ちで気になったことを聞いてみた。
「里緒・・・さんの・・・」
それにしても、名前にさんを付けるのは本当に呼び辛い。
呼び捨ては・・・、まだ早いだろう・・・。きっと。
「・・・お母さんの名前って何て言うんだ?」
特別な意味は無かった。ちょっと聞きたくなっただけである。
「えっ、名前? 名前は”かおで”って言うのよ」
里緒はいきなり母親の名前を聞かれて不思議がったが、俺は名前を聞いて驚いた。
俺のお袋と同じ名前ではないか。
まさか、名前まで一緒とは・・・。
宝くじ並の偶然か・・・。いや、宝くじは当たったことがないから、そこまでではないのか・・・。
「ど、どう言う字を書くんだ?」
この世界は言葉も字も、俺の世界の俺の国と同じである。不思議なことに・・・。
「”香りが出る”と書いて”香出”って書くんだけど、それがどうかしたの?」
「いや、ちょっと聞いてみただけなんだけど・・・」
そうだろう、そこまで一緒じゃないだろう。”香りが出る”で”香出”か。流石に”顔に出す”と書いて”顔出”はお袋位のものだろう。
俺は俺のお袋と同じ名前だと言うことを、里緒には告げなかった。
特に意味は無い。
字が違っていたことで不思議と安心してしまい、俺の中ではそれで終わってしまったのである。
話が一段落ついた時には、俺と里緒は丁度”G3食道”(里緒の家)の前まで来ていた。
「ただいま〜」
里緒が食堂の分厚い木製扉を開けると、一持兄さんが食事に来ていた。
一持兄さんは、この店の常連客らしいのだが、いつからなのだろうか?
ふと、気になった・・・。
<つづく>
やっと、物語が始まった感じです。