糠(ナイ)喜び↘
千逗家の階段で工口独り芝居をする。
俺、千乃工口は、大学受験を間近に控えた高校三年生。
まだまだ未熟な俺は、肝心な所で己の心を抑制することが出来ず、その挙げ句”AV界”と言う世界に身を置くと言う不本意な結果をもたらしてしまった。
さらに、このAV界とは一般に言う単なるアダルトビデオ界と言う”AV業界”ではなく、”AV界”言う名前の本物の異世界であったのだ。
見知らぬ世界に簡単に馴染めるものではない。時間が経つにつれ、俺は不安と孤独感に押し潰されそうになっていった。
だが、そんな時である。俺は”一持握”と言う、とても親切な焼き芋屋の兄様に出会ったのだ。
彼のお陰で色々と有りながらも希望を取り戻し、何とか”G3食道”と言う定食屋さんの二階で一夜の御世話になることにが出来たのであった。
そして、この世界で初めて会話が出来た相手にも関わらず、出会いの不味さから仲違いをしていた、この食堂の娘”千逗里緒”ともいい感じになって来た。
今宵は何かが起こりそう、そんな予感がするのである・・・。
★☆ 第 9 話 ★☆
☆★ 糠[ナイ]♂ ☆★
★☆ ♀喜び↘ ★☆
心臓の高鳴りに反して、以外にも俺の煩悩くんは均衡状態を保っている。
彼は、俺の期待と不安の深層心理を的確に表現してくれている。
確かに、こんな時に布越しからでも明らかな自己主調をしてしまえば、自ずから非常警報を鳴らしているようなものである。俺にとっては幸いと言っていいのかもしれない。
だが、肝心な時には存分に日頃の練習の成果を発揮して頂きたいものだ。
俺は期待を込めて彼に視線を落とすが、素知らぬ顔、いや、素知らぬあ○まだ。つれない・・・。
十数段の階段だ。二階までは”あっ”と言うまである。
しかし、俺は”ぁ”ぐらいの所で、躊躇いを感じて2本の脚だけを止めてしまった。
気後れと言う圧力に推進力が出ない。何せ、こんな状況は未経験なのだ。無風な室内の空気圧でさえも行く手を遮るのだ。
そうなのだ。つまり煩悩くんは、俺のこの心理を表現していたのである。
心拍数は確実に上昇している。俺の血潮が活発に動いてる証拠ではないのか?
だが、身体に力が入らない。
それは興奮だけのものでは無いからだ。
心が弱ると、生まれてくる思考は前へ前へとバックする。
もしかして、俺の大いなる勘違いとか・・・。
水平線に手が届く訳がない。脚だって五十歩百歩だ。
それに、この先の行動も全くのノープランなのだ。
目眩がしそうだ。
そんな時に、彼女の部屋から、物音が聞こえて来た。
「んっ?」
俺の心のベクトルが向うべき方向を誤ったことに気付き、瞬時に修正をする。
だからと言って、ここで大人しく引き下がっていいのか?
此処のご主人が与えてくれたチャンスを無にする訳にはいかない。
無にしたくはない。
本当の俺は熱い。特に人の優しさは絶対に裏切れない!
きっと、彼女に彼氏が出来ない事を心配しているんだ。 想像だが・・・。
この俺は認められているに違いない。 これも想像だが・・・。
それに、それに30分程前の湯上りの彼女と僅かに掠めた感触に、心を潤す彼女の香りを体がしっかり覚えてしまっている。これは事実だ・・・。
行きたい、行きたい2階の竜宮城に行ってみたい。
考えよう!
そうだ、考えよう。彼女は自ら俺に接近して来たのだ。perhaps・・・。
少し良い雰囲気であったではないか。maybe・・・。
あれは、あれは、少しは俺へのアピールが含まれていたのではないのか?possibly・・・。
いかん、また気遅れしてきてしまった。
僅かではあるがまだ時間はある。
予習をするんだ、”考エロ!”
俺は階段を三歩上っては、二歩下る、行きつ戻りつおっとっと。
無駄な行動で故意に時間を作り出す。
よし、まずは掴みの言葉からだ。
彼女はきっと今何かの練習中なのは、彼女の言葉からも、先ほどのご主人からの言葉からもほぼ間違いないだろう。
「練習、お疲れさま!」
と言って、このジュースを出すと言うのはどうだろうか?
しかし、元々千逗家からの頂き物である。何かおかしい。あつかましい。
人のふんどしで相撲をとって、無事な可能性はどれ位だろうか。
痒くなる位の覚悟は最低限必要だ。
それでは、
「あっ、部屋間違った。ごめん・・・」
と真摯に誤りつつ、
「へー、○○可愛いね~」
なんて、彼女の持ち物を褒め部屋に侵入していく。
そして、彼女が気を良くして話し掛けてくる。
そこから、二人は盛り上がり、時を忘れる・・・。
駄目だ、これでは三度奇跡が必要だ・・・。
何とか極自然に部屋に入る方法は無いものだろうか?
いつの間にか僅かな前向きな心も全く姿を消し、プレッシャーのみになってしまった。
プレッシャーに押しつぶされそうで、階段から転げ落ちそうだ。
やっぱり、部屋に行くのはやめて、大人しく一人で2本飲むのも良いかもしれない。
俺は、俺は、草食系でもいい・・・。
そう思った時だった。
またもや彼女の部屋からは吐息が漏れてくる。前よりも激しくセクシーだ!
まさか、この甘い吐息は、”もなか”だったりする?
いや、ここはAV界だ。それも”練習”の一つかもしれない。
練習?
そうだ、重大なことを忘れていた。ここはAV界なのだ!
殆どの人達が”あの大会”を目指し練習に励むと言う世界なんだ!
俺の後ろ向きな姿勢も、一気に欲望へと生まれ変わる。
そうだ。元の世界であればともかく、そんな奥ゆかしいことでは、このAV界では生き残れはしないだろう。
彼女も同じ人間なのだ。きっとエロさは持っている。
大丈夫だ、工口、恐れるな!
例え練習ではなく”もなか”であっても、いや、最中だからこそ受け入れてくれることだってあるかもしれない。ここは何んといってもAV界なんだ。
そうだ、こんなのはどうだろうか。
真面目な顔で、
「AV大会のことを教えて欲しいんだけど?」
疑問形で攻めれば、きっと思わず回答を返してしまうだろう。
彼女は俺がビデオを見ていたことに感心していたではないか。今は、もうコミュニケーション位取れる関係にあるはずだ。
そうだ。その流れで、「一緒に実践練習を」なんてことになるかもしれない。
うん、これは良いかもしれない。まずは、候補として取っておこう・・・。
そんなことを考えている間にあっと言う間に千逗里緒の部屋の前に来てしまっていた。
そこで俺は気づいたのだ。
そうだ、忘れていた・・・。
切っ掛けの言葉を言う前にどうやって部屋に入ればいいのだろうか?
ノックをすればいいのか?
ノックをして「今晩は」とでも言うのか?
そんなんで、その後の行動に繋がるのだろうか。ジュースを渡すことすら出来ないのではないか?
ここは、少し軽いノリ行くべきではないだろうか・・・。
そうだ、彼女だってさっき俺の部屋に、いや、俺の御厄介になっている部屋とは言え、ノックもせずにいきなり入って来たではないか。
この世界にはノックをするという風習がないかもしれないのだ。
ノックと言う風習のないところで、ノックをするのは返って危険かもしれない。
どんな誤解があるか分からない。
そうだ!
ここは、慣れない行動を取ってみるとしよう。そう体育館だと思えばいいんだ。
体育館に入るのに誰もノックはしない。
気楽に体育館の扉を開けてみよう。
先程の彼女の様に。
それが一番無難かもしれない・・・。
俺は彼女の部屋の取っ手に手を掛けた。相変わらず、千逗里緒の荒い息遣いが絶え間なく続いている。
それにちょっと興奮してしまう、俺。
大丈夫だ、俺ならやれる! やりたい! やられたい!
大丈夫だ、余り好まないが少しだけチャラチャラといってみよう。
大丈夫・・・。
「ゴクリ」
俺は口の中に溜まりに溜まった唾液を飲み干した。そして、
「カシャ」
三度めに自分に励ましの言葉を掛けようとした時、俺は何を血迷ったのか、心の準備が出来る前に取っ手を回してしまっていた。
頭と体が、緊張のあまりに同期が取れていないのだ。
既にこの音は彼女に聞こえているはずだ。ここで、逃げてはストーカーだ。
ここまで来たら、当然の様に扉を開けるしかない・・・。
俺はそのまま取っ手を引いた。
「ンッ、ウンッ・・・」
彼女の踏ん張る声が、扉が開いてからピタリと止んだ。
もしかしたら、取っ手を廻した音は聞こえて無かったのかもしれない・・・。
俺は、
早まったか・・・。
そう思ってしまった。心の遅れを取ってしまったのだ。
そのままの流れの中で一歩、前へと進むと、彼女のあらぬ姿が目に飛び込んで来た。
その姿に驚き、見とれ、声が出て来ない。
先程予習した言葉が、何処かに飛んで真っ白だ。
ただ、そんな中、景色だけは壮観だ。
彼女は上下に一枚ずつ極少の布を纏い、こちらに向って無防備に脚を広げてエビ反りになっている。
簡単に言えば、ブリッジと言う格好だ。
幅の狭い布は巧みに彼女の美の源を隠し、なだらかな美しい曲線の丘を新雪の様に白い布で巧みに表現していている。
俺の頭の中と等しく白い。
俺の頭の中でBGMが響く。
♩丘~を越~え行こうよ 口笛吹きつつ♪・・・・
♫ラララヤギさんも メェェェェ♫・・・
駄目だ・・。
頭が完全に現実から逃げている。
打開策が浮かばない。
きっと、俺は開いた扉の前で左手にジュースを2本下げ、”○本木ヒルズ”を建設していたに違いない。
突然の俺の出現に、彼女の体は茹でたエビの様に急激に赤くなって行き、綺麗にアーチを描いていた橋は、
「ドスン」
平たくなった。
そして、上体を起こした彼女の眼力が俺を正確に捉えた。
「出てけ~、へんた~い!」
彼女は頭の下にあった、コミカルなアヒル型の、恐らくは枕であろう。それを俺に向って投げつけた。
それを俺は胸でキャッチする。アヒル口が可愛い・・・。
ま、拙い!と思うが、この誤解をどう解けばいいんだ。
このまま出て行ってしまえば、屈辱の変態のままで幕を閉じる。
そう思うと、安易に動きも取れず声も出ない。
「何つったってんのよ、バカ」
バカは酷い、酷いが・・・。
「ノックもしないで、勝手に入って来ないでよ・・・も~」
えっ?ノックの習慣・・・あるんだ・・・。
俺は彼女の以外な言葉に目が点だ。
上体を起こした彼女は女の子座りになり、内股に力を込め綺麗に両足を閉じている。
両手は腕を組む様に胸を隠し、顔はこれ以上ない位に真赤になっている。
こんな時なんだが、ちょっと可愛い。
でも、そんなことよりもこの誤解を解かなければ。
何だ! 何て言えばいいんだ~。
そこで出て来た言葉が、
「ごめん、栓抜きを借りようと思って・・・」
俺は咄嗟にジュースの瓶を自分の顔の前に出していた。
この言い訳はどうだっただろうか、俺は首を竦めて彼女の反応を待つ。
「バカじゃないの、手で回せばいいのよ。そんなのも知らないの?」
「えっ、手で?」
どう見ても栓抜きで開ける栓である。王冠の様に等感覚に切り込んだギザギザが綺麗だ。
が、試しに廻して見ると。
開いた・・・。
「あっ、ホントだ・・・。ごめん」
俺はその音をスタートのピストルの合図とし、そそくさと彼女の部屋を出て自分の部屋に戻った。
彼女の怒りの視線が俺の背中を追って来るが、決して振り向くことはせず、何とか部屋に逃げ込んだ。
「そうか、この栓はそうやって開けるのか・・・」
そう言えば思い出した。外国のビールの栓でそんなのがあると聞いた気がする。てか、そんなことはどうでもいいのだ。
自分までごまかす必要はなかった。
しかし、良く考えると・・・、彼女が真っ赤になっていた理由は何だったのだろうか?
下着姿が恥ずかしくてはスッポンポンの大会など、とっても出れないはずだが・・・。
まあ、それはいい。そんなことより、果たしてあのいい訳で少しは何とかなったのだろうか・・・。
俺はオレンジジュースを飲みながら、明日の朝に起こるであろう出来事に恐怖を感じるのであった。
やっぱり、これ、オレンジジュースだったのか・・・。
<つづく>
たったお一方でも催促があれば頑張っちゃいます。