糠(ナイ)喜び↗
千逗里緒との関係も修復してきた。
よし!
俺、千乃工口は、大学受験を間近に迎えた高校三年生。
最近、俺の頭の中には大脳をも凌ぐ、煩悩と言う名の脳(悩)みそが何処かで育っているらしいのだ。
と言うのも、俺の座右の銘「無難な人生」を掲げた俺の大脳が、呆気なく煩悩によって支配されてしまうことが多いのだ。
あげくの果てに、ついに今日”AV界”と言う世界に身を置くはめになってしまったのである。
さらに、このAV界とは一般に言う単なるアダルトビデオ界と言う”AV業界”ではなく、”AV界”言う名前の本物の異世界であったのだ。
さあ大変だ!俺の希望に満ちた将来が窮地に追い込まれてしまった。それも目先のだ。
だが、そこでこの俺に救いの手を差し伸べる人物がいた。
救世主、一持握と言う焼き芋屋の兄様である。
彼はこの俺に、絶品美味の”焼き芋”と、有り難い”AV界のお導き”を与てくれ、更に今夜の宿までも紹介してくれたのである。
お陰で、俺は何とかこの世界でやって行けそうな希望を感じるに至った。
だが、慣れない世界だ。
これから何が待ち受けているかわからない。
まずは、慎重に行動する事を心がけよう・・・。
★☆ 第 8 話 ★☆
☆★ 糠[ナイ]♂ ☆★
★☆ ♀喜び↗ ★☆
「この世界の人達も湯船に浸かるんだ・・・」
千逗里緒に案内された、千逗家のお風呂は、0.75坪タイプのユニットバスだ。
我が家のお風呂と同じ大きさであれば、色も形も良く似ている。
家は古いが風呂は新しい。
「改築したんだ・・・」
何て思っていると、3年前の我が家の水回りの改装を思い出す。
ここ数年の千乃家の一番のイベントであった。
「お袋、心配してるだろうな~。少毛、勝手に俺の部屋の中いじってないだろうな・・・」
(因みに、少毛とは中学1年生の妹である)
こんな時、親父に対して何の気持ちも出て来ないのは、俺だけではないだろう。
「親父って、寂しいもんだなぁ・・・」
そう思う。
しかし、こんなノスタルジックな思考も直ぐに吹き飛んだ。
もし、彼女達二人に部屋に入られたなら、いや確実に入るはずだ。部屋から俺が出て来ないのだから。
その時、”イベント”の途中で残して来てしまった”無実のティシュー”に対する彼女達の反応を考えると、俺に家に戻る勇気が湧いて来ない。
即座のいい訳すらしようがないのだ。
そんな気持ちが返って、この場所で生きて行く力となるのは皮肉なものだ。
「よし、当面はここで生きて行こう!」
これも、逃避の一つかもしれない。
だが、発生源は何であれ、これも生きて行く為には必要な合理的思考である。
それにしても、生きて行く為には、まずは”あの大会”に出場して安定した生活をしなければならない。
収入が必要なのだ。
そうか!
ここに来て、やっと親父の存在意義が分っ来た気がする。親父のありがたみが・・・。
とにかく、全ては明日、一持兄さんと役場に行って、この世界で生活する手続きをしてからである。
俺はこの世界のスカウターと言う存在、”まほまほ”によって、スカウトされたのだ。
と、言うことは俺は学校で言えば特待生みたいなもので、プロ野球で言えば助っ人外国人みたいなものである。
「凄い待遇が待っているのだろうか・・・?」
いや、止めよう。
期待に裏切られた時の落ち込みが大きいだけだ。
それ以前に”まほまほ”が、滞りなく手続きをしたのかが心配である。
取り敢えず今は、明日、無事手続きが住むことだけを祈ろう。
それさえ済めば、少なくても契約金はあるんだ。当面は何とかなる。その間に、大会に出てお金を稼ぐ方法を研究すればいいんだ!
俺はなんと言っても助っ人外国人なんだ!
きっといい仕事が出来るに違いない!
俺は”まほまほ”を早く見つけ、契約金を変換して元の世界に戻ろうと思っていた気持ちから、可也気持ちが大きく成って来ている。
これも合理的思考の影響かもしれない。それに、千逗里緒の態度の変わり様だ。
それとも俺の若さだろうか?
大きな不安に対して結論が出てしまうと、ぽっかりと無思考の空間が出来てしまう。
すると、そこに第三にして今や俺の体内で一番能力の高い煩悩と言う脳(悩)が活発にその空間を埋めようと進出を始めて来た。
そうだ! 明日への結論が「出ても」、本日未だ「出ていない」”もの”があるのだ。
その要求(欲求)が、湧水の様に下から湧き上がって来るのである。
そうなのだ。今日の収支が合っていない。
沢山のモノを得たにも関わらず、全く利用が出来ていない。今や俺の”うんたら袋”は億マン長者である。
始まりは”まほまほ”の肉体的感触。
そして、直近で言えば、あの、俺の心を掴んで放さない千逗里緒の香りと、頬に触れた時の彼女の髪の感触。
それらが、エナジーとなって俺の中でたっぷりと貯蓄されているのである。そして、今や高利率で運用されている。
このまま放っておいて、俺の愛すべき道徳的行動が取れるのか?
「そうだろう?」
俺が頭を下げると、下では頭を上げている。
もしかすると”悩ミソ”が詰まっている頭は・・・なのかもしれない。
暫し俺は、風呂から上がることを躊躇い、生まれたままの姿で思考を廻らせてみる。
ここは他人の家だ。だが、この0.75坪の空間は何なのだ?
俺はまっ裸ではないか。
と言うことは完全なるプライベート空間とは違うのか?
そうだ、お風呂とトイレの個室は完全なプライベート空間なのだ。
他人の家にも関わらず、あらぬものを出すことが出来るのだ。
と言うことはだ。ここで事を起こしても問題がないのではないのだろうか?
道徳に反することはなのでは無いか?
しかもだ。ここであれば、紙屑一つ残さないで済むのだ。
何せ、あの排水口に全て流れ去ってしまうのである。完璧だ!
するか、しないか?
やるか、やらないか?
やったら、すっきりするぞ!
でも、やったら、流れるぞ?
俺の俯く視線の先”煩悩くん”のその先には、暗い排水口が見える。
「こ、ここに流して、人として正しい道なのか・・・」
そうだ。こんな暗い所に一瞬の、”かげろう”よりも儚い生(精)を流してしまって、本当にいいのだろうか。
儚い人生とは言え、俺の”半息子”たちだ。娘かもしれない。
空しい、何か空しく感じられる。
そうだ。きっと、すっきりしないに違いない。
俺は、俺は・・・。
端的に言って、俺は内面から溢れるパワーもそのままに浴室から出てきた。
それなのに、何故か清々しい。
心地良い気持ちに包まれる。
森の”朝の目覚め”と言うのだろうか。
浴室の湿気を含んだ空気が”森の吐息”に感じられ、脱衣場の照明が”木漏れ日”の様に俺の体を優しく包み込む。
俺は人として正しい事をした喜びに満足しながら、着替えを始めていた。
すると、その時を待っていたかの様に、タイミング良く声がした。
俺に語りかけて来たその声は、50%の確率と高確率であるにも関らず、期待に反して、この家のご主人の声だった。
脱衣場の扉の向こうで足音がする。
言い方が悪かったが、誤解しないでほしい。
期待はしていなかったが、心から”有り難く”思っている。本当だ!
「お風呂から上ったかい?」
ご主人の声は温かい。
「あっ、はい。今、出ました」
そう答えながらもご主人の温かい声を聞くと、しつこいが本当に浴室を”森”に例えることが出来て良かったと思う。
「飲み物を置いとくから、部屋で飲むといいよ」
そう、温かいおもてなしの言葉をくれた。
そして、独り言の様に、
「おやっ里緒も工口君に刺激されて、やってるな・・・」
そう、満足そうに囁くと足音が去っていく。
俺は取り敢えず、
「ありがとうございます」
ご主人に聞こえる様に、爽やかに少し大きめの声を出した。
それにしても、ご主人の言った”刺激”に”やってる”と、言う二語がちょっと気になるところではある。
脱衣場を出ると、オレンジジュース色をした、小瓶が2本置いてある。
多分、この世界にもオレンジジュースがあるのだろう。何せ、焼き芋がある位だから。
しかし、2本?
ちょっと、不思議な数だ。気前がいいだけだろうか?
そう思っていると、
「ハァー、ハァー、ンッ、クッ、ハァー、ハァー・・・」
今度は2階から声がする。
声と言うよりも。荒い息遣いだ。
そして、ご主人の言うとおり、ドタバタと言う震動が2階から伝わってくる。
「何をしてるんだろう?」
そう言えば、確か俺をお風呂場に案内する時に、確か、これから自主練をするとか言っていた。
「これが自主練の音なのか?」
その時は気にしなかったが、そもそも、自主練って何の練習何だろうか?
まあ、確かに彼女の絞まった身体であれば、学校の体育系の部活に所属しているのは間違いなさそうだ。
筋トレでもしているのかもしれない。
「そうか、このジュースを一本持って行ってくれと言うことか・・・」
それで、やっと俺にもご主人の気持ちが理解出来た。
つまり、ご主人は遠まわしに、孫の”千逗里緒”と仲良くやってくれと言っているのだ。
きっと、ご主人の心遣いなのだ。
そうと分かれば、俺も彼女の自主練にも興味がある。
本当は自主練はどうでもいいのだが・・・。
きっと、風呂上りの寝巻き姿と言うすべすべ感溢れる姿で、いや、既に薄っすらと汗をかいているかもしれない。
が、どちらでも俺には問題ない。
ついに、俺にも来るべき時が来たのかもしれない・・・。
ここに来て、彼女と俺の関係はかなり接近を始めてるのだ。
俺は2本のジュースと、”ドキドキ、ワクワク”を持って2階への階段を上り始めた。
<つづく>