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萬のエロはしその香り   作者: 工口郷(こうこうごう)
第2章 初演
13/73

少しだけ角のある縁

一持握いちもつにぎるの行き付けの食堂で・・・。

 俺、千乃工口ちのくぐちは、大学受験を間近に迎えた高校三年生。


 そんな大切な身でありながら、俺は色々とあって、不本意にもAV界に来る破目になってしまったのである。

 いや、正直言うと確かに俺の体の一部には、それを好意的に後押しする”むずむず感”があったのは否めない。


 だが、俺の来てしまったAV界とは予想とは全く(?)違っていたのだ。

 一般に言うアダルトビデオ界と言う”業界”ではなく、不運なことにAV界と言う名前の”異世界”であったのである。


 俺はこの見ず知らずの世界に、成り行きとは言え体一つで来てしまったのだ。

 当然の如く次第に俺の心に不安と恐怖が襲い掛かって来る。


 陽も暮れ、その不安と恐怖が、絶望に変わって行こうとしている時である。

 そんな俺に救いの手を差し伸べてくれたのは、焼き芋屋を副業としている、このAV界の男優”一持握いちもつにぎる”であった。


 彼はこの途方に暮れていた俺に、親切にも売り物の焼き芋を与えてくれ、更にこの世界について詳しく説明をしてくれたのである。

 俺は次第に彼の言葉に希望を抱き始め、暫くこの世界でやって行けそうな勇気が出て来た。

 

 そして、そのお礼にと、俺は一持兄さんを遅い夕食に誘い、今、古びた小さな食堂の前に来ている。


 既に俺は彼を心の中で”一持兄さん”と呼び、心の拠り所になりつつある・・・。


★☆  第 5 話  ★☆

☆★ 少しだけ ♂ ☆★

☆★ ♀角のある縁 ☆★


 一持兄さんが連れて来てくれた食堂は、裏通りの人通りの少ない所に有った。


 食堂は二階建であり、見た目からは一階の大半が店舗で、二階が住居であると思われる。

 外見は洋風の塗り壁に素焼の瓦屋根と言った只の古い建物であるが、木製に曇りガラスを嵌めこんだ分厚そうな扉だけは、古くはあるが際立って立派な物である。


 そして、横からその扉を照らしているのは、骨董品のようなお洒落なランプ調の玄関灯である。

 玄関灯は、眩しい位に煌々と輝いている。


 雰囲気は良さである。


 だが、それよりも俺はその入口の上にある看板に目を惹かれた。


 ”G3☆食堂”


「何て読むんですか?」

 看板を見ながら俺がそう尋ねると、一持兄さんも看板に視線を合わせて応えてくれた。


「読んでの”字”の通りさ。だから字でない”☆”は読まないでくれ」

「”じいさんしょくどう”・・・ですか?」


 ちょっとふざけたつもりであったが、


「その通り!」


 そう言って、彼は自分の体をリヤカーの引く手から抜くと、食堂の扉の中へと入って行った。

 俺はその後につづく。


「いらっしゃい、今日は遅かったね。今、閉めようと思ってたところさ」

 入ると同時に、中から年老いた声が聞こえてきた。さすがは”じーさん食堂”だけのことはある。


「すみません。いいですか?」

 一持兄さんの声は親しげであった。


「もちろんさ・・・、ところで、後のお若い方はお連れさんかい?」

 そして、店主は直ぐに、一持兄さんに続いて入って来た俺に目を向けた。


「ええ、さっき知り合ったばかりの将来有望な男優さん・・・、になる予定の若者ですよ」


「そうかい、それは楽しみだね」


 本当に、楽しみだと思っている様に聞こえる。

 それに、俺も何か男優としてやっていけそうな気になってしまう。


 店内は、その老人一人のみである。どうやら、店主一人でやっている店の様だ。


 店主はいかにも洋食屋の調理人と言った格好で、白いエプロンに白い丈の長い帽子が似合い過ぎる位に似合っている。

 見た限りでは腕は確かそうだ。


 客席はカウンターに6席と、4人掛けのテーブルが二つのみだ。

 閉店間際とあって、他に客は誰もいない。


 一持兄さんは、俺にメニューを見せてくれたが、はっきり言って良く分らない名前ばかりだ。

 そこで、俺は彼のセンスで自分のお腹を満たすことにした。


「お任せします」

 それだけで、彼は俺の心を理解してくれたようだ。


「”スーパー精力アップ2”を二つ」


「おや?今日は”ツー”でいいのかい」

「ええ、”3(スリー)”は好みがあるから、今日は”2(ツー)”にしときますよ。


 店主は、俺の顔を見て納得したようだった。


 しかし、店の名前は”3”を”さん”と読んだはずだが・・・。やっぱり、”じいさん”と掛けているのだろうか?

 意外とお茶目なのかもしれない。 


 店主は手早く調理をしながら、ゆったりとはしているが、はきはきとした口調で話し掛けて来た。

 とっても、顔以外は老人とは思えない。いや、仕事を始めると、顔も若くなったように見える。


「一持さん、彼を紹介してくれないかい」


 やはり、一持兄さんはかなりの常連さんらしい。

 すると、一持兄さんは俺の顔に視線を向けて来た。俺が頷くと、店主に説明を始めた。


「彼は・・・」

 と言い掛けて、そこで一持兄さん貯めを作った。

 何の為の”間”だろうかと思っていると、その”間”で、店主は手を止めてこちらに視線を向けて来た。 


「驚いて腰を抜かさないでくれよ、この若者はスカウターにスカウトされて、異世界からやって来たんだ」


 それを聞いた店主は驚きの顔を見せ、固まっている。


 すこし間があった。


 やはり、本当にスカウターとは異質な存在のようだ。


 そして、

「ホントかい、それは凄いじゃないか!」


 店主の顔がパッと、明るく輝いた。年齢がさらに2~3歳は若くなった気がするが、2~3歳は彼にとって誤差の範囲可もしれない。


「いつ来たんだね?」

 完全に店主の手は止まっている。


「はい、今日来ました」

 俺は応えた。


「そーかい、じゃあデビューはまだだね。楽しみにしてるよ。」

 何か、凄い喜び様で、驚いてしまう。


 すると、

「ここのマスターも昔、結構有名な男優で、G3、一つ星まで行ったんだよ。ねえ店主マスター

 そう、一持兄さんがタイミング良く説明してくれた。


 それに店主は、

「私なんかは、その他大勢のG3さ。それより、亡くなった私の息子夫妻は結婚直前には、二人揃ってG2目前まで行ってたんだ」

 過去を振り帰る店主は、一瞬老人の仕草に戻って見えた。過ぎた年月を感じてしまう。


「亡くなられたんですか?」

「ああ、もう5年も前になるかね~。今、その娘、孫が女優を目指しているんだよ」

 

 こんな時になんだが、その娘さんに、ちょっと期待してしまう俺がいる。

 もしかしたら、これが縁でここの娘さんと異世界の恋・・・なんて。


 そこで一持兄さんが、


「そう言えば、里緒ちゃん今日がデビューの”相方探し”だったんじゃ・・・」


「それなんだが・・・、帰って来てからずっと機嫌が悪いんだよ。

 聞いてみても、何があったのか話もしてくれないのさ。少し前にやっと機嫌が良くなったところさ。

 大方、会い方が見つからなかったんだろうよ。初めての参加じゃ無理もないさ」


 店主の肩も、心なしか話しながら下がった様な気がする。

 ここの世界の人達のAV撮影に対する真剣さが俺にも伝わって来る。

 

 その時だった。店内の話声が聞こえたらしく、奥から声がした。


「おじいちゃん、お客さんなの?」


 そう言って、ト・ト・ト、と階段を小気味よく降りてくる音がした。

 その音は次第に大きくなってくる。そして、ドアが開いた。


「あっ、いらっしゃい」


 と、開いた扉から見えた姿はスレンダーな若い女の子であった。

 待望のお孫さんである。


 彼女はお客である俺と一持兄さんに、そう声を掛けると、こちらに背を向けて2つのグラスに水を注ぎ始めた。

 もちろん、こちらに持ってくる水であるのは間違いなさそうだ。

 近くで見れそうだ・・・。


 そう期待している俺と、何故かその後ろ姿に声を掛けようとしてしまった自分がいる。

 あれ? 何処かで会ったことがあるだろうか。

 

 いや、そんな訳がない。

 ここは異世界だ。


 彼女は水をそそぎ終えると、お盆の上グラスを乗せ、零れない様に俯き加減でグラスを見ながら近づいてくる。


 俯いているので良くは見えないが、年齢は俺と同じ位で、見る限り活発で利発そうだ。

 それでもって、顔立は清楚で、俺好みに見える。

 ちょっと新しい息吹が、俺の下の方で目覚め始める。


 そして、彼女の身のこなしは、陸上競技をやっていそうにバネがある。


 おや? やっぱり、初めて会った気がしない。

 どこかで見た様な気がする・・・。


 そして、テーブルの前まで来て、彼女は顔を上げた。


 そして、


「「あっ~!~~!!」」


 彼女の声と、俺の声が見事に重なった。


 彼女の顔が、見事に一瞬にして真っ赤に色を変える。

 きっと、俺の顔は青くなっていると思う。


「せんず り・・・」


 髪を後ろで一つに束ねていて直ぐに気付かなかったが、間違いない千逗里緒せんずりおだ。あの”大通り広場”と言われる石畳の通りで怒鳴られた、あの彼女だ。

 目の前の彼女も驚いている。間違いない。


 俺は思わずフルネームを叫んだが、途中で彼女の声に消された。


「ちょっと、あんた!苗字を呼ばないでよね、嫌いなんだから! 嫌いなんだから・・・。

 元気の出る豆みたいな名前でさ・・・何でこんな・・・」


 俺はそれよりも、フルネーム(せんずり王みたいな)の方が普通気になるだろうと思うのだが、どうやら名前は気に入ってるらしい。


 彼女はさらに続ける。


「ど、どうしてあんたが此処にいるのよ!あんたの・・・あんたせいで、明日学校で何て言ったらいいか・・・」


 俺も何でそこまで言われなければならないのか、全く分からない。

 少なくても今は客である。言い返してやろうかとも思ったのだが、意外にも次第に下がって行くトーンに何も言えなくなってしまった。


 そこに、一持兄さんが間に入ってくれた。


<つづく> 

 






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