歌が下手なフリをしていた私が、クラスでネタ扱いされていた結果、正体バレしたら相手が勝手に崩壊した件
私は歌い手として活動していた。Ruruという名前で動画を投稿していて、『好きだから、ね。』は特に伸びた曲だったし、コメント欄には何度も救われたとかこの曲で泣いたとかそういう言葉が並んでいて、画面の向こうではちゃんと評価されているという実感があった。それでも現実は全く違っていて、学校では歌が下手な子として扱われていたし、最初はただの軽い冗談だったはずなのに、気づけばそれが前提になっていて誰も疑うことすらしなくなっていた。
少し外せば笑われて、少しでも合えば「たまたま」と流される、その繰り返しの中で私は何も言わなくなっていったし、本当のことを言うタイミングはいくらでもあったのに、そのたびに空気を壊す方が面倒に感じてしまって、結局その役割をそのまま受け入れることを選んでいた。
「ねえ今日も歌うの?」
その言葉の意味は分かっていたし、期待されているのが上手さではなくて失敗して笑われることだというのも分かっていたけれど、それを否定する理由をわざわざ口に出すこともなく、私はいつも通り軽く頷いていた。
カラオケに行く流れも同じで、誰かが軽く言い出して私が断らない前提で話が進んでいき、強制されているわけではないのに断る選択肢は実質存在していなかった。
「カラオケ行こーよ」
部屋に入った瞬間からスマホが向けられて、録画されることも後でそれを見返して笑われることも全部当たり前の流れになっていて、歌って外して笑われるという構図が完全に出来上がっていたし、うまく歌えたとしてもそれは「たまたま」で片付けられるだけで何も変わらないというのも分かっていた。
その日も同じはずだったのに、画面の曲リストの中に自分でも見覚えのあるタイトルが混ざっていることに気づいた瞬間だけ、ほんの一瞬だけ思考が止まった。『好きだから、ね。』それは私がRuruとして投稿した曲で、何度も歌ってきた曲だった。
「これ最近流行ってるやつじゃん」
軽い声で曲が入れられるのを見ながら、拒否する理由はいくらでも思いつくのに結局何も言えず、ここで断れば余計に理由を詰められて面倒になると分かっていたからそのままマイクを持つしかなかった。
イントロが流れ始めると、ほんの数秒のはずなのにやけに長く感じて、普段ならどこで外すかを考えているはずなのにその日はうまく切り替えができず、頭では崩そうとしているのに体がそれを拒否している感覚だけが残っていた。
息を吸って最初の一音を出した瞬間、自分でもはっきりと分かった。誤魔化せない。
「ねえ、気づいてるかな この気持ちの名前を」
声が、いつもの“歌い手としての私”のまま出てしまうし、崩そうとしても崩れないし、無理に外そうとすると逆に不自然になってしまって余計に目立つだけだった。
「何気ない一言で 全部変わるくらいに」
周りの空気が少しずつ変わっていくのが分かる。最初はただ笑うタイミングを見失っているだけのように見えたけれど、その違和感はすぐに広がって、誰も言葉を挟まなくなり、スマホを向けていた手も止まっていた。
「好きだから、ね それだけでいいのに」
サビに入った瞬間、はっきりと空気が変わる。さっきまであった軽い空気が消えて、誰も笑わなくなり、ただ聞いているだけの状態になる。
「うまく言えないけど ちゃんと届いてほしくて」
視線の質が変わるのが分かる。面白がるために見ていた目が、理解しようとする目に変わっていく。
「隠してた想いも 全部ここにあるから」
そのまま最後まで歌い切るしかなかった。
音が消えたあと、部屋に残ったのは不自然なくらいの静けさで、さっきまで当たり前にあった笑いがどこにも残っていなかった。
「今の誰?」
「Ruruじゃね?」
半分冗談のように出た言葉なのに、誰も笑わないし、その一言で全員の視線が一斉に集まるのが分かる。
私はマイクをテーブルの上に置き、そのまま視線を受け止めながらほんのわずかな間を置いてから静かに口を開いた。
「それ、私が歌ってる本人だけど」
その瞬間に空気が崩れて、理解が追いつかない表情が並び、さっきまでの余裕が完全に消える。
「は?」
「え、待って」
「無理なんだけど」
声が揃わずにバラバラに出てくるし、中心にいた子が一歩引きながら「いや、ちょっと待って、意味わかんないって」と言う声ははっきりと震えていた。
「今までどう見えてた?」
誰も答えない。
「ねえ、それいじめなの、分かってる?」
否定の言葉は出てこないし、スマホを持っていた手が下がって、誰も笑わず、誰も動かず、その場の空気が完全に壊れる。
私はそれ以上何も言わずに部屋を出て、ドアを閉めたあとに少しだけ足を止めると中から焦った声が漏れてきて、「は?普通に無理なんだけど」とか「騙してたってことじゃん」とか「これやばくない?」という言葉が重なって聞こえてきた。
その声をそのままスマホで録音して、その夜に動画が上がると、最初はただのカラオケ動画だったはずなのにコメント一つで流れが変わり、「これRuruの声じゃない?」という指摘をきっかけに比較動画が作られて拡散されていき、クラスのLINEも一気に荒れていく。
「え、本人?」
「やばいってこれ」
「消して今すぐ」
でも止まらないし、「もう回ってる」とか「無理、拡散されてる」という言葉が増えていくだけで、誰もどうにもできない。
翌日、教室の空気は完全に変わっていて、誰も笑わないし誰も軽く話しかけてこないし、ただ距離だけができていた。
数日後、呼び出されて今回の件がいじめとして扱われることが伝えられ、言い訳は通らず、そのまま停学と退学処分が下される。
そのあと、スマホの通知が止まらなくなり、画面を開くたびに自分たちの言葉がそのまま残っているのを見せつけられて、「普通にムカつくんだけど」という軽い一言すら何度も繰り返されて拡散されていき、消すこともできず、戻すこともできず、ただ広がっていく。
ようやく分かる。あの時笑っていた時間は、全部そのまま残る。そして、それがそのまま返ってくる。もう戻らない。全部、自分で壊しただけだった。
〈加害者視点〉
スマホの通知が止まらないまま、画面を閉じることもできずに同じ画面を何度も見返してしまう。さっきまでただの動画だったはずなのに、今はもう完全に意味が変わっていて、自分たちの声がそのまま残っていることが信じられなかった。
「これRuruの声じゃない?」
たったそれだけのコメントから全部が崩れ始めて、比較動画だとか検証だとかが次々に上がって、気づいたときには自分たちの会話まで切り抜かれていた。
「普通にムカつくんだけど」
自分の声が、そのまま文字になって何度も繰り返されているのを見て、喉の奥が乾く。あの時はただ流れで言っただけで、深く考えたわけでもなかったのに、それがそのまま残って消えない。
「ねえこれやばくない?」
誰かが送ってきたメッセージに既読がつくのに、誰もまともに返せない。
「動画消してもらえないの?」
「もう無理って言ってるでしょ」
「拡散されてるって」
画面の向こうで知らない人たちが勝手に話を広げていく。クラスの名前が出て、学校の名前が出て、少しずつ現実に近づいてくる。
「ちょっと待って、これ学校にバレるやつじゃない?」
その一言で空気が変わる。
「いやでもそこまでいかないでしょ」
「大丈夫じゃない?」
誰も根拠を持っていない言葉を投げるだけで、何も安心できない。
翌日、教室に入った瞬間に分かる。空気が違う。視線が集まるのに、誰も話しかけてこないし、昨日までみたいに笑う声もない。
「ねえ…」
声を出しかけて、やめる。何を言えばいいのか分からない。
スマホが震える。
「親にバレた」
「学校から連絡きた」
「終わった」
短い言葉ばかり並ぶのに、その一つ一つがやけに重く感じる。
呼び出されて、動画を見せられる。自分たちの声がそのまま流れて、笑っている声まで全部残っているのを見て、ようやく現実だと分かる。
「これはどういう状況ですか」
聞かれても、すぐに答えが出てこない。
「いや、あの…ただのノリで…」
口に出した瞬間に分かる。その言葉がどれだけ軽いか。
「ノリで許される内容ではありません」
はっきりと言われて、何も言えなくなる。処分が伝えられる。
停学。
そして、退学。
「は?」
一瞬、意味が分からない。
「ちょっと待ってください、それはさすがに…」
言葉がうまく繋がらない。
「そんなつもりじゃなかったんです」
自分でも分かっている。そんな言葉でどうにもならないことくらい。
「本人がどう感じたかが全てです」
その一言で終わる。
帰り道、スマホを見るのが怖くなる。それでも確認しないといけない気がして画面を開くと、まだ動画は残っていて、まだ広がっている。消えていない。止まっていない。
「普通にムカつくんだけど」
その一言がまた流れてくる。あの時は、ただ笑っていただけだった。ただ流れで言っただけだった。でも今は違う。その全部が、そのまま残っている。
ふと、カラオケの時のことを思い出す。歌っている声を聞いて、最初に違和感を覚えた瞬間。あの時、笑わなかった空気。何かがおかしいと分かっていたのに、そのまま流したこと。
そして、あの一言。
「それ、私が歌ってる本人だけど」
あの時点で、もう終わっていた。最初から全部、分かっていたのは向こうの方だった。分かっていて、何も言わなかっただけだった。そのまま全部を見せられて、何もできないまま終わった。戻せるものは、何もなかった。
そして、退学が決まってからの手続きはあっという間で、気づいたときにはもう教室に自分の席はなかった。荷物をまとめる時間だけが与えられて、誰とも目を合わせないまま学校を出ることになる。
外に出た瞬間、やっと現実味が出てくる。さっきまでいた場所に、もう戻れないということがはっきりする。
スマホの電源を入れると、通知はまだ止まっていなかった。動画は消えていないし、むしろ新しい切り抜きやまとめが増えていて、自分の言葉が何度も繰り返されている。
「普通にムカつくんだけど」
その一言が、何度も、何度も表示される。軽い気持ちで言ったはずの言葉なのに、もう消えない形になって残っている。新しい学校を探す話が出る。でもどこに行っても同じことを聞かれる。
「前の学校、何があったの?」
曖昧にごまかそうとしても、少し調べられればすぐに出てくる。動画も、まとめも、全部残っている。
「これ、あの動画の人?」
その一言で終わる。空気が変わる。最初は普通に話していたはずなのに、少しずつ距離ができていく。誰もはっきりとは言わない。でも、分かる。評価が決まっている。何を言っても変わらない。家にいる時間が増える。スマホを見ないようにしようとしても、結局気になって開いてしまう。そしてまた同じものを見る。増えている。消えていない。終わっていない。ふと、あの時のことを思い出す。カラオケで笑っていた時間。歌っている声に対して、ただ面白がって反応していただけの時間。その時は、それが普通だと思っていた。でも違った。あの時間が、そのまま形になって残っている。そして、そのまま返ってきている。何度も考える。
もしあの時、違う言い方をしていたら。もしあの時、笑わなかったら。もしあの時、止めていたら。でも、どれも意味がない。もう全部終わったあとだから。あの時に戻ることはできない。変えられるタイミングは、もう過ぎている。結局、自分で選んだ結果が、そのまま残っているだけだった。




