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第一話 噂の恋愛占い師

「今日は、異国から取り寄せた一風変わった商品を並べてるよ〜。特別に安くするよ〜」

「そこのお客さん!見てくれよ、この黒い鳥!世にも珍しい人の言葉を話す鳥さっ。見るだけでもいいから寄ってきな!」

 商人たちの活気ある声が飛び交い、それに誘われた人々が歩みを止め、興味深そうに商品を眺める。

 ここは、耀(ヨウ)の國の帝都にほど近い繁華街。帝都に往来するための通り道になることから、市場はいつも大勢の人々で賑わっている。

 だが、繁華街の片隅にもなれば人がまばらに歩いているだけで、さっきまでの華やかな景色からは一変する。

 そんな喧騒から一歩外れた静かな路地に、吸い込まれるように女性がひとり、またひとりと入っていく。それに出てくる女性たちは、頬を赤らめながら微笑む者もいれば、はたまた涙を流している者までいる。

 その路地を進んでいった先にあるのは、唐紅色の布を敷いたどこにでもあるような四角い木箱を前にして座るひとりの少女の姿。

 台にした木箱の上には、ぼんやりと青みがかった水晶玉が座布団の上に鎮座しており、少女はなにやらブツブツと小言を言いながら水晶玉に両手をかざしている。

 その少女の前には、若い女性たちが列をなしていた。

「…どうなの⁉なにか見えた⁉」

「少しお静かにお願いします」

 食い入るように前のめりになって顔を覗き込んでくる女性を少女は淡々とあしらう。

 大人びた口調を発するには似つかわしくない、まだ幼さ残る顔をした少女の名は風璃(フウリ)

 彼女はこの人気のない路地裏で占いを生業としている。

 得意な占いは、恋愛占い。依頼人の名前と生年月日を聞くだけで、運命の相手を水晶玉に映すことができる不思議な力を持っている。

 その力を生活のためにと占い師を始めたが、先輩まじない師や同業占い師に目をつけられるのを恐れた風璃は、こうして目立たないところでひっそりと商売をしている。

 初めこそほとんど客はこなかったが、そのわずかな客たちから「占いが当たった」と聞いた他の客が風璃を訪ねるようになり、この繁華街において今ではちょっとした有名占い師として、よくも悪くも知れ渡っている。

 そして、今まさに占いの真っ最中。

 水晶玉に手をかざして目をつむる風璃のまぶたの奥には、雨が降る風景、置き時計、依頼人の女性が杏仁豆腐を食べる様子が見えた。

「あなたの運命のお相手は…。『雨の日』、『未の刻』、『甘味処』が関係しています」

 女性は、風璃の述べた三つのキーワードを取り出した紙にメモしていく。

「お相手のお顔、ご覧になられますか?」

「もちろん!」

「それでは、水晶玉を覗き込んでください」

 風璃に促され、女性は上から水晶玉を覗いた。

 するとそこには不思議なことに、端正な顔立ちの男性の顔が浮かび上がったのだ。

「こ…、この方がアタシの運命の相手…!思ってたよりもかっこいいじゃな〜い!」

 上機嫌になった女性はお代を置くと、軽やかな足取りで去っていった。

「どうもありがとうございました。お待たせしました、次の方どうぞ」

 風璃はお代の硬貨を巾着袋へ入れると、次に並んでいた客に声をかけた。そのあとにもまだ十人ほどが並んでおり、風璃の人気ぶりが見て取れる。

 しかし、なぜか風璃は小さなため息を漏らした。

 ここでの商売も今日で最後にするか。

 風璃は心の中でつぶやく。

 同業者から目をつけられるのも厄介という理由もあるが、実は風璃は訳あって身を隠しながら生きてきた。

 占いは効率よく生活費を稼ぐにはもってこいだが、人気になって人目につくのは避けたい。

 かといって、評判にならないように適当な占いをして、お代だけいただくのはプライドが許さない。

 そのため、風璃はある程度噂が広まると店を畳み、人知れず行方を眩ませ、また新たに別の場所で占いを始めるのだ。

 今並んでいる客をさばいたら、夜の間によそへ移ろう。

 風璃はその後も依頼人と真摯に向き合い、占いを続けた。

 ようやく客足が途切れ、商売道具をせっせと風呂敷(バオフー)に包んでいたときーー。

「失礼。よく当たる恋愛占い師がこの辺りにいると聞いたのだが、そなたのことだろうか」

 そんな声が聞こえ風璃が振り返ると、そこには一瞬息を呑むほどの容姿端麗な若い男が立っていた。

 卵のような白い肌に、鼻筋の通った顔。前髪の隙間から見え隠れする切れ長の目が風璃を捉え、後ろでひとつに結わえた艶のある長い黒髪が印象的だ。

 身なりも上等そうな紺青色の長衣を羽織っており、庶民ではないことは一目でわかる。

「は、はい。おそらく、わたしのことだと思いますが…」

 これまでの客は全員女性で、男性はひとりもいなかった。

 それだけでも珍しいというのに、この男は容姿だけでなく立ち居振る舞いも美しく、育ちがいいのは明らか。

 むしろ女性から言い寄られるであろう、恋愛に困ったことなどなさそうなこの男がどうして占いなんかに…?

 だが、そういう詮索はよくないと風璃は自分に言い聞かせる。

 もしかしたら、愛する女性に振られたばかりで占いに頼りにきたかもしれないし。

「店じまいの途中でしたが、せっかくきてくださったのでご希望とあらば占います」

 風璃は、風呂敷に片づけていた水晶玉を取り出した。

 すると、その風璃の腕を男が握った。

「占ってほしいのは俺じゃない」

「…へ?では、どなたで?」

「だれに聞かれるかもしれないからな。ここでは言えない」

「言えないって…、それはいったいどういうことーー」

 そのとき、男の後ろから足音が聞こえた。

黎明(レイメイ)さま、こんなところにいらっしゃいましたか」

「ああ。ちょうど例の占い師を見つけたところだ」

 黎明と呼ばれた男のところに、新たに三人の男たちがやってきた。

 また男性客かと思った風璃だったが、幞頭(ボクトウ)を被っているのを見てはっとする。

 彼らはそれを被るに値する位のある者たちで、その者たちに指示を出す黎明という男もやはり只者ではないと。

「急で申し訳ないが、いっしょにきてもらおう」

 涼しい顔をして、黎明が風璃の手を引く。

「ちょっと…待ってくださいっ。いったん、手を離してください…!」

 もちろん風璃は全力で拒む。

 身なりからすると人攫いではないのはわかるが、見ず知らずの男たちに黙ってついていくのにはさすがに抵抗がある。

「それに、どこに連れていく気ですか⁉」

 返答によっては腕に噛みついて逃げてやろうとさえ考えていた。

 しかし、黎明からは思いも寄らない言葉が飛び出す。

「どこにって、宮廷さ」


 ーー風璃は自分でもよくわかっていなかった。

 これまで恋愛占いを生業に町を転々としていたが、まさか自分が宮廷入りすることになるとは。

 宮廷とは、皇帝や皇族や妃、そこで働く何万もの人々が生活するひとつの国のような場所。四方を見上げるほどの高い塀に囲まれ、出入り口は東西南北にそれぞれ一箇所ずつ設けられた大門のみ。

 限られた人間しか入ることは許されず、庶民は塀の外から羨望のまなざしで眺めるだけに留まる聖域だ。

 そんな高貴で華やかなイメージのある宮廷に、平々凡々な占い師の風璃が連れてこられたのには理由があった。

 日が落ちた夜の宮廷は閑散としており、風璃は黎明の部屋に案内される。

 黎明は二十歳そこそこの年齢のようだが、その若さでありながら宮廷の風紀や人事を管理する内司監(ないしかん)という役職の責任者を務める宦官だ。

 思ったよりも偉い人物だとわかり、風璃はふたりきりにさせられた部屋でごくりとつばを飲む。

 ただでさえ重苦しい雰囲気だというのに黎明から鋭い視線を向けられ、風璃は蛇に睨まれた蛙のようになってしまっていた。

「あ…あのぉ…、わたしはここでなにをしたらーー」

「俺は、占いという戯言は嫌いだ」

 突然の占い否定発言に風璃は怯えてさらに縮こまる。

 『じゃあ、どうして連れてきたんですか⁉』と本音としては言いたかったが、そんなこと言えるはずもない。

「だが上は、あとはそんな占いにすがるしかないほど宮廷は危機的状況にあると思っている。だから、よく当たると噂の占い師探しに俺が駆り出されたというわけだ」

「は…はぁ。それはなんと言いますか…、お疲れさまです」

 風璃は低姿勢のままペコペコと頭を下げる。占い嫌いの黎明が上の者たちからの指示で仕方なく風璃を探していたことはわかったが、まだ話がつかめない。

「お前は運命の相手を占うことができるそうだが、それはどれくらいの確率で当たる?」

「わたしの占い的中率は、一〇〇パーセントです。必ず依頼人にあった運命の方を水晶玉に映すことができます」

「水晶玉に映す…か。にわかには信じがたいが」

 黎明は、顎に手をあてながら眉間にシワを寄せる。

「疑われるのでしたら、今すぐにでも占ってみせますよ。黎明さまの運命のお相手を」

「俺はいい。運命の相手などにも興味ない」

 モテそうなのにもったいない。

 いや、そもそも宦官だから異性も同性も関係ないのだろうか。

 そんなことを考えながら、風璃は黎明の顔をぼんやりと見つめていると、急に向けられた黎明の瞳に風璃はビクッと肩を震わせた。

「なんだ?俺の顔になにかついているか?」

「いえ…!なんでもありません」

 なにを考えているのかわからず、よく思われていない黎明に風璃は苦手意識を感じていた。

「た…たしか、わたしはだれかを占うために連れてこられたのですよね?」

「そうだ。お前に運命の相手とやらを占ってもらいたいのは、皇帝だ」

「へ〜、皇帝ですかーー…って、こっ…皇帝⁉」

 風璃は聞き間違いかと思い黎明に目を向けるが、黎明はこくんとうなずくだけだった。

「どうして、皇帝の運命のお相手など…。後宮にはすでにお妃さまがいらっしゃるのですよね?」

「ああ、そうだ。詳しい話は明日する。部屋を用意したから今日はもう休め」

 そんなことを言われても話の続きが気になって仕方がなかったが、風璃は黎明の側近たちに部屋へと連れていかれた。

 普段であれば野宿をすることも珍しくなく、泊まれたとしても安い宿の固い布団で寝るのが当たり前になっていたため、いつぶりかもわからないほどのふかふかの布団に風璃は顔を埋めた。

 次の日、風璃は再び黎明の部屋に呼ばれた。

「名前と生年月日で占えるのだったな?」

「は…はい、そうです。皇帝のお名前と生年月日を教えていただければ」

 風璃は緊張で声が上ずった。

 黎明と向かい合って座るだけでも気が滅入るというのに、さらに風璃を取り囲むようにして十名ほどの宦官が覗き込んでいた。

 皇帝の運命の相手を占う際の見届け人だそうだ。

 なぜこのようになったかというと、今宮廷は後継ぎ問題に苦労していた。

 後宮には三人の美しい妃がいるが、皇帝はそのだれひとりにも興味を示さず、一切後宮に通っていない。

 女性に対して無関心というわけではなさそうだが、そんな状態が数年続いていて、このままではまずいということで、それならば皇帝の運命の相手を連れてきてはどうかと風璃が呼ばれたのだ。

 先帝もまったく同じだったらしく、たまたま公務の帰りに通り過ぎた村で一目惚れした娘を入内させたところ、すぐに子宝に恵まれ現皇帝が生まれた。

 そのこともあって才色兼備の妃をあてがうよりも、皇帝と運命にある女性を妃にするほうが効率がいいのではという考えに変わりつつあった。

 そんな話を聞かされ、想像の遥か上を行く大役に風璃の心臓はバクバクと暴れる。

「れ…黎明さま。もし、占った運命の方と皇帝が結ばれなかったら…わたしはどうなるのでしょうか」

「どうした、急に弱気だな。お前の占い的中率は一〇〇パーセントではなかったのか?」

 黎明は意地悪く微笑んでみせる。

 たしかに昨日はそう言ったし、これまで外したことなどなかったが、皇帝の運命の相手を占うとなるとさすがに風璃には荷が重すぎた。

 それに、万が一でも外した場合、生きてここから出られないのではないかという不安にも駆られた。

「…占いをするにあたって、予めご理解いただきたいことがあるのですが」

 風璃はごくりとつばを飲む。

「なんだ、言ってみろ」

「わたしが水晶玉に映す運命の相手ですが、〝必ず結ばれる相手〟ではなく、依頼人の人生にとって〝結ばれたら最も幸せになれる相手〟という意味です」

「だからどうした」

「ですので、すでに相手が既婚者の場合もあるかもしれませんし、例えば出会いが最悪で初めから嫌われてしまった場合等で結ばれないこともありますので、そこだけご了承いただけたらと思います…」

 風璃の占いは百発百中で運命の相手を映すことができるが、結局はその相手と結ばれるかどうかは依頼人のその後の行動次第なのだ。

「わかったわかった。要は、外したときの言い訳だな」

「違いますっ。わたしの占いは絶対なので、相手を外すことなどありえません」

「ほう。さっきまでは弱気だったくせに、今度はえらく強気だな」

 黎明の煽りに風璃は目尻をピクピクとさせるが、心の乱れは占いに支障をきたすためいったん深呼吸をする。

 そして、ひとりの宦官から皇帝の名前と生年月日が書かれた紙を渡される。

 それに目を通した風璃は、そっと水晶玉に手をかざした。

 その瞬間、この場の空気が一変するのを黎明たちは感じ取った。重要な任務を任され半べそをかいていたさっきの少女とはまるで別人かのように、風璃の表情とまとうオーラが変わった。

 風璃が目を閉じると、まぶたの裏に映った情景を読み取る。

「皇帝の運命のお相手は…。『東の村』、『川のほとり』、『染め物』が関係しています」

 風璃が目を開けると、宦官たちが必死になってメモを取っていた。

「黎明さま、水晶玉に運命の相手が映し出されるのはにわかには信じがたいとおっしゃっていましたよね」

「ああ、そうだが」

「今からお見せしますので、どうぞご覧ください」

 風璃の言葉通り、水晶玉にはくせっ毛のある長い髪をなびかせる女性の姿が映っていた。

 宦官たちから感嘆の声が漏れ、忘れぬうちにと慌てて女性をデッサンしていた。

 その脇で、黎明は息をするのも忘れるほどに見入っていた。

「どうですか。わたしの占い、信じてもらえましたか?」

「…まあ、自分の目で見たことは疑わないが、べつに俺は占いを信じていないのではない。〝嫌い〟と言っただけだ」

 この期に及んで、子どもみたいに突っぱねる黎明に風璃は口を尖らせる。

「素直に、『すごいな』とか言えないものですかね」

「なにか言ったか?」

 黎明に睨まれ、風璃は冷や汗をかきながら首を横にブンブンと振った。やはり、どうしても黎明のことは苦手なままだった。

 その後、東方面の川が流れる村に場所を絞り、女性の捜索が行われた。

 するとわずか十日ほどで、武官たちの働きにより見事風璃が占った女性を見つけ出すことに成功した。

 身寄りもなく、染め物でなんとか生計を立てている青鈴(チンリン)という名の貧しい娘であった。

 すぐに後宮入りすることとなり、彼女は一日にして貧困庶民から皇帝の妃へと人生が百八十度変わった。

 青鈴妃の入内の様子を風璃は宮廷の隅から遠目に眺めていた。

 これまでは人々の娯楽のようなもので占いを提供してきたが、今後の国をも動かすかもしれない自分の力に風璃は少しだけ身震いがした。

 青鈴妃を見つけ出し入内するまでの間、風璃は宮廷に住まわされていた。いや、黎明により拘束されていたというほうが正しい。

 本当に水晶玉に映った女性が実在するかの確認と、実在しなかったときの処分の判断をするために足止めされていたのだ。

「不思議なものだな、その力」

 ふと後ろから声が聞こえて、風璃は背筋がゾクッとした。顔を向けると、そこにいたのは風璃が最も苦手とする男、黎明だ。

「これで、おわかりいただけましたでしょうか」

 風璃が自信満々に黎明の顔を覗き込むが、黎明は腑に落ちないといった表情をしている。

「なにはともあれ、無事にお妃さまも入内されたことですし、本日をもってわたしは帰らせていただきまーー」

「それは許可できない」

「…はい⁉」

 風璃は口をあんぐりと開けたまま、黎明のほうを振り返る。

「どうしてですか…!」

「俺に怒るな。上からの命令だ。水晶玉に映った女性が実在したというだけで、本当に皇帝の運命の相手かどうかはわからないからな」

「まだわたしが嘘の占いをしたとでもお思いで…?」

「だから、俺じゃない。ひとまず、青鈴妃がご懐妊されるまではここにいてもらうからな」

「え〜…!占いでできるのはふたりを引き合わせるまでで、それ以降の事情はわたしにもわかりませんよ…!」

「何度も言わせるな。決めたのは俺じゃない。その間、特別に給金を支払うようにと言われている。悪い話じゃないだろう?」

 風璃は、思わず〝給金〟という言葉に耳が反応してしまった。

 宮廷は閉鎖的で、勝手に外へ出ることもできずに行動が制限され、風璃にとっては狭苦しかった。

 しかし、身を隠しながら生活していた風璃にとって、限られた者しか出入りを許されない宮廷はある意味安全な場所ともいえた。

 実際、宮廷に入ってから毎日安心して眠れているのはたしか。

 それで給金も出るというのなら…。悔しいが、黎明の言うように悪い話ではないのかもしれない。

 こうしてまたしばらくの間、風璃は宮廷に留まることとなった。

 皇帝と青鈴妃を引き合わせた風璃は、毎日のようにふたりのその後の動向が気がかりであったが、そんな風璃の心配をよそに、皇帝は青鈴妃が入内した初日から欠かさず後宮へと足を運ぶようになった。

 そして皇帝は決まって、青鈴妃がいる牡丹宮へと向かうのだった。

 これまでには絶対になかった皇帝の行動に、周囲は驚いていた。

 これなら、青鈴妃のご懐妊も時間の問題だろうと口々に皆が言い、女性に興味のなかったあの皇帝の心を動かすような妃を導いたとして、風璃の噂は宮廷内にも広まった。

 そうして、自分も運命の相手を占ってほしいと、風璃の部屋には侍女や下女たちが毎日のようにこぞってやってきた。

 宮廷内に住み込みで働いている彼女たちは、たとえ運命の相手を知ったとしても探しにいくことは難しいが、自分の運命の相手はどうだったかなど、そんな話をして盛り上がるのが今の流行りとなっていた。

 それに、もしかしたら運命の相手に皇族の顔が映るかもしれない。といった、青鈴妃のように人生の一発逆転の望みにかけて占いにくる者たちも多かった。

 風璃も日々占いに大忙しだが、皆がうれしそうに帰っていく。

 毎日同じような仕事の繰り返しで楽しみの少ない彼女たちを笑顔に変え、それだけで宮廷内には活気が溢れ、風璃もそれに刺激を受けた。

 だが、占いが賑わっているといつも決まってあの男が水を差しにやってくるーー。

「皆、遊んでいないで仕事に戻るように」

 そう言って、追い払うようにして手を鳴らすのは黎明だ。

 風璃は、はぁ…と重いため息をつく。

「黎明さま、彼女たちは休憩中にきてくれているのでサボっているわけではありません」

「それはわかっているが、向こうの建物の角にまで列が伸びていたぞ。異様な光景に訳を知らぬ者たちは驚いている。それに占いの結果に呆けて、彼女たちが仕事に身が入らないのも困るからな」

 宮廷内の風紀を保つ内司監の黎明にとって、行列は通路の妨げにもなり、運命の相手に浮かれる侍女や下女が増えることを懸念していた。

「そうでしょうか。行列の件は管理できていなかったわたしの責任ですが、占いをしたことによって将来が楽しみで仕事をがんばれるという話はこれまで何度も聞きました。なので、逆に活性化になっているのではありませんか」

「物は言いようだな。運命の相手などにうつつを抜かす侍女たちが増えると宮廷の風紀をも乱しかねない。内司監としては、占いのあまりの人気ぶりは見過ごすことはできないな」

 ああ言えばこう言ってくる黎明に不満を抱きつつも、風璃は大人の対応を心がける。

「わかりました。それでは今後は占いの人数を定めます。それでよろしいでしょうか」

「そうだな。そういうことであれば許可しよう」

 不服そうに目を細める風璃に、黎明はすました顔でうなずいた。

 黎明はほぼ毎日のように風璃の部屋を覗きにきては、注意や小言を漏らして帰っていく。

 これも内司監の仕事の内だとはわかっているが、占い嫌いの黎明であるからこそ風璃は他以上に目をつけられている気がしていた。

「姑みたい…」

「なにか言ったか?」

「いえ、気にしないでください」

 風璃は気だるげにそっぽを向く。

 このストレスを『黎明さまなんて!』と愚痴にして言い合える友達でもいればいいが、他の侍女や下女は占いの中断にやってきた黎明を非難するどころか、皆顔をぽっと赤く染めている。

「こんなところで黎明さまに会えるなんて…!」

「いつ見てもかっこいいわ〜」

 仕事ができる男前の黎明は女性たちの間では人気の的で、黎明の言うことであればすんなりと聞き入れてしまうのだった。

「今日は残念だけれど、黎明さまがああおっしゃるのなら仕方ないわね」

「風璃、また明日に改めさせてもらうわ」

 あれだけ占いを楽しみに列をなしていた侍女たちは、あっという間に仕事へ戻っていった。

 皆が口を揃えて黎明のことを素敵と言うが、風璃にはその良さがイマイチわからなかった。

 それ以降、風璃はなるべく黎明に目をつけられないようにと、一日の人数を絞って粛々と占いを続けていた。

 そんなある日、侍女たちからとんでもない頼み事をされる。

「黎明さまの運命の相手を占ってみせてよ」

 なんと自分ではなく、黎明の運命の相手を知りたいというのだ。

「黎明さまの名前と生年月日がわかれば占えるのよね?」

「それはそうですけど…。なんで黎明さまなんか」

 黎明に興味のない風璃にはまったく理解できなかった。

「気になるじゃない!あの黎明さまのお相手よ?」

「そうよ〜!それに、もしアタシだったらどうしましょう!」

「キャー!でも、ワタシの可能性だってあるんだから」

 勝手に盛り上がる侍女たちを見て、風璃は苦笑いを浮かべる。

 黎明の生年月日を聞くと、風璃よりも五つ年上の二十二歳だった。

「で…では、お望みとあらば占いますね」

 気乗りはしなかったが、風璃は言われた通りに黎明を占ってみた。

 しかし水晶玉に変化はなく、なにも映らなかった。

 こういうことはこれまでに何度かあり、この現象はうまく占えないときに起こる。つまり、黎明の名前か生年月日が間違っているのだ。

「占えないのですが、生年月日が間違っていたりしませんか?」

「そんなはずないわよ。毎年この日に、皆が黎明さまにプレゼントを渡すもの」

 なにがそれほどまでに魅力があるのだろうと、風璃はため息をつく。

「可能性があるとすれば、生まれ年が違う…か。さすがに名前が間違っているとは考えにくいし」

 そのあとも風璃は何度か生まれ年を変えて占ってみるが、水晶玉に変化は見られなかった。これでだめとなると、風璃の占いにはもうひとつだけ方法があった。

「え〜、占えないの〜?」

「いえ、そういうわけではありません。依頼人の所持品にわたしが手を触れることでも占うことができます」

 たまに養子などで、本来の名前や生年月日が異なっていたり、勘違いして覚えていて占えないときは、風璃は所持品という別のやり方でも占ってきた。

「所持品って、黎明さまの着物とか?」

「そうですね。なるべく所持している時間が長いもののほうが正確に占えます。ただ、占い嫌いの黎明さまが占いのために着物を貸してくださるとは思えませんが」

 それに、そもそも自分の運命の相手を勝手に占おうとしていることが黎明本人にバレれば、ますますなにを言われるもかわからない。

 これを機に、黎明の占いを諦めてくれるかと思いきやーー。

「ちょっと待ってて。黎明さまのところへ行ってくるから!」

「え⁉…あっ、ちょっと!」

 侍女たちはそれだけ言うと、あっという間にどこかへ行ってしまった。

 その場でぽかんとしていた風璃だったが、しばらくするとさっきの侍女たちが軽快な足取りで戻ってきた。

「これなら占えるんじゃない?」

 そう言って、ひとりの侍女が手を差し出してきた。

 ぱっと見はなにもないように見えるが、風璃が目を凝らすとその指には一本の長い髪が摘まれていた。

「もしかして、これって…」

「そう!黎明さまの髪の毛!」

「髪にゴミがついていると言って、一本だけ拝借させてもらったの♪」

 所持品とは言ったが、まさか本人の髪の毛を持ってくるとはさすがの風璃でも想像していなかった。

「髪の毛ならずっと黎明さまにくっついていたものだから、正確に占えるんじゃないの?」

「た、たしかに…」

 風璃は苦笑いを浮かべる。

 そうして、再び黎明の占いをすることとなった。

 さっきまでとは異なり、水晶玉に手をかざす風璃のまぶたの裏には占いの情景が浮かぶ。

「黎明さまの運命のお相手は…。『宮廷』ーー」

 その言葉に、侍女たちは顔を見合わせる。

「宮廷内の女性の中のだれかが黎明さまのお相手ってこと⁉」

「お静かにしてください。占いは続いています」

 冷静を装ってはみるが、風璃も宮廷内の情景が浮かんだのは予想外だった。

「あとは、『月のない夜』、『部屋に灯る蝋燭の灯り』…が関係しています」

 風璃はゆっくりと目を開ける。

 水晶玉はおぼろげな光をまとい、その中に人影を映し出す。それが、紛れもなく黎明の運命の相手だ。

 ぼんやりとした姿だったのが、はっきりと浮かび上がってきたと思ったーーそのとき。

「や、やっぱり中止です…!」

 なぜか風璃は慌てて水晶玉を抱え込んだ。

「えー!もう少しで運命のお相手の顔が見えそうだったのに〜」

「そうよ!いつもなら水晶玉に映った相手を見せてくれるじゃない」

 侍女たちが風璃を水晶玉から引き離そうとするが、風璃は断固として水晶玉を手放さなかった。

「あのっ…、念のためお聞きしますが…。この髪の毛って本当に黎明さまのもので間違いないですか…?」

「なに言ってるのよ。紛れもなく、抜きたてほやほやの黎明さまの髪の毛よ」

 それを聞いて、風璃の表情があからさまに曇る。

「だったら、尚更ダメです…!絶対にダメ!」

「どうしてよ!」

「い…いやぁ〜、やっぱり髪の毛一本だけじゃうまくい占えないみたいで〜…」

 風璃はぎこちなく笑いながら、そそくさと水晶玉を片付ける。

「今日の占いはこれにて終了です…!占いってけっこう疲れちゃうんですよね。わたしは部屋で休ませてもらいますね〜」

「待ってよ、風璃ーー」

「それではさようなら!」

 まるで逃げるように帰ってしまった風璃の後ろ姿を侍女たちは不思議そうに見つめていた。

 その夜。風璃は夜遅くに部屋の蝋燭に火を灯した。

 そして、緊張した面持ちで水晶玉の前に座る。

 ごくりとつばを飲み込むと、そっと水晶玉に手をかざして占いを始めた。

「まさか、自分で自分を占うことになるとはね…」

 震える声でつぶやく風璃は、今自分自身の運命の相手を占っていた。

 自分の運命の相手などにはまったく興味はなかったが、占わなければ納得できない事情が発生したのだ。

 それは今日の昼にした黎明の運命の相手の占いーー。

 そのとき水晶玉に現れのは、なんと風璃の姿だった。

 あまりの驚きように、風璃はとっさに占いを中断した。水晶玉に映ったのが風璃だと知られたら、侍女たちからなにを言われるかわからない。

 いや、そもそも犬猿の仲であるはずなのに黎明の相手が自分のはずがない。

 これはなにかの間違いだ!(…これまで占いを外したことはないが)

 そう思った風璃は、仕方なく自分の運命の相手を占うことにしたのだ。

 もしこれで黎明とは違う人物が出てこれば、黎明の相手も自分ではない。きっとあの髪の毛は別人のもので、黎明の運命の相手は他にいるということがわかる。

 目をつむる風璃は、心臓の音がやけに響いて聞こえるような気がした。

 そうして、まぶたの裏に浮かんだのは、『宮廷』、『月のない夜』、『部屋に灯る蝋燭の灯り』の情景だった。

 それらは、昼の占いで見たものと同じ。

 風璃は少しずつ目を開けると、水晶玉の中に映る運命の相手を覗き込んだ。

「なんでっ…」

 それだけ言うと、風璃は力なく椅子の背もたれにもたれかかった。

 なぜなら、そこに映っていたのは黎明の姿だったからだ。

「わたしと黎明さまが…⁉…ないっ。絶対にない!」

 そのあとも風璃は何度も自分を占った。しかし、映し出されるのは決まって黎明の姿。

 水晶玉の中の黎明は凛とした表情をしているが、風璃が頭の中で思い浮かべる黎明は、不満そうな顔や邪魔くさそうな顔ばかり。

 あんな面倒くさい男、どう転んでも好きになる可能性など一パーセントもない。

「なにがどうなってるのっ…。黎明さまがわたしの運命の相手なはずない!」

 感情のままに風璃は思い切り机を叩いた。

「おーおーおー。ずいぶんと荒ぶってるな」

 ふと暗がりの部屋に低い声が響き、風璃は慌てて振り返った。

 そこには、手持ち燭台を片手に立つ黎明がいた。

「…黎明さま!どうしてここに…!」

「夜の見回りだ。月のない夜だからな、部屋から明かりが漏れているのがすぐにわかったぞ」

「月のない夜…⁉」

 『月のない夜』は、風璃が占いで見た情景だった。

 他に関係のある情景は『宮廷』、そして『部屋に灯る蝋燭の灯り』。

 それを思い出した風璃は、とっさに水晶玉を置いていた机に目を向ける。

 無意識にも、風璃は蝋燭に灯りを灯していた。

 占いの結果がすべて的中し、自ら身震いしてしまうほど。

「れ…黎明さまは、いつからここにいらしたのですか…?」

「いつ…とは?なにか都合の悪いことでもしていたのか?」

 黎明が風璃の顔を覗き込むようにゆっくりと歩み寄ってくる。

「そ、そそそそ…そんなわけ!」

 明らかに挙動不審の風璃は後退りするが、すぐ後ろにあった机にぶつかり水晶玉が転げ落ちた。

 特殊な水晶玉は床に落ちても割れることはなかったが、そのままコロコロと転がっていく。

「…あっ、待って…!」

 風璃が慌てて追いかけたが、水晶玉は黎明のつま先に当たって止まった。

 黎明が拾い上げるも、風璃は慌てて水晶玉を奪い返した。

「拾っていただき、ありがとうございます…!わ、わたしはそろそろ休みますで、これにてーー」

「待て。なぜさっきから挙動不審なんだ」

「そ、そうですか?べ、べつにそんなことないですよ?」

 風璃は素知らぬ顔をしてみせるが、実際は冷や汗がダラダラと流れていた。

「怪しいな。なにかよからぬことでも企んでいるのか?」

 黎明が目を細めながら風璃の顔を覗き込む。

「…黎明さま、ち…近いです」

 間近で顔をまじまじと見られ、風璃は頬を赤くしながらプイッとそっぽを向いた。

 そんな風璃を見て、黎明はニヤリと口角を上げる。

「そんなに恥ずかしがることか?運命の相手が俺とわかったくらいで」

「…なっ」

 風璃は、一瞬息をするのも忘れるほどに驚いた。

 瞬時に顔を向けると、意地悪く微笑む黎明と目が合った。

「覗き見してたのですか…⁉」

「覗き見じゃない、見回りだ。こんな夜遅くになにをしているのかと思って様子を見にきただけだ」

 占いの一部始終を黎明に見られていたと知って、風璃は顔から火が出る思いをした。

「それに、さっきその水晶玉を拾い上げたときに俺の顔が映っていたからな」

 黎明は涼しい顔をして風璃が抱きかかえる水晶玉を指さす。

「…か、勝手に見ないでください!」

「見えてしまったのだから仕方ないだろう」

 あたふたする風璃を見て、黎明は余裕そうにクスリと笑う。

「で…でも、どうやら今回の占いは外れのようです」

「外れ?お前の占いは百発百中ではなかったのか?」

 痛いところを突かれ、風璃は思わず黙り込む。

「それはそうですけど…、わたしと黎明さまが運命の相手だなんて絶対にありえません…!」

「まあ俺も、相手がお前だと言われても納得できないからな」

「それってどういう意味ですかっ」

「そのままの意味だ」

 風璃は頬をプーと膨らませて黎明を睨みつける。

「とにかく…!このことは忘れてください。わたしも見なかったことにしますからっ」

 黎明に背を向けると、風璃はせっせと水晶玉を片付ける。

 そのとき、その手を黎明が握った。

「なんですか、急にーー」

 と言って振り払おうとした風璃を黎明が壁に追い詰める。黎明の瞳の中には、驚いて目を丸くする風璃の姿が映っている。

 そんな風璃の耳元で、黎明が低い声で囁いた。

「だったら、本当に運命の相手かどうか試してみるか?」

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