プロローグ:河原の鉄巨人
クオリティー高めながらの作業になるので不定期ではありますが、更新していきます。
更新の際は2500-3000前後になるかと思います。
どうしても巨大ロボットが書きたくて、書いてます。
一旦は掲載している文章も定期的にアップデートしていくので、
差し代わりが多いと思います。
最後までお付き合いいただければ幸いです。
商店街から少し離れた一級河川。
遠慮や配慮が足りない湿った熱が、そこには停滞していた。
陽光は干上がった礫々を白く焼き、微かに残る水分を強引に蒸発させ、逃げ場のない陽炎となって視界を歪ませる。
河原に設置された、即席アリーナの周囲には、当日の気温より熱を孕んだ期待と、湿度以上に重苦しい緊張感が漂っていた。
数メートル離れたテニスコート横に設置されたポール型の時計は午後二時を数分、踏み越えている。
希望だの、力だの。僕らの街は実際苦手なそんなものを、やり過ごしてきた。
「あのやばい、宿題終わったっけ?」実際、いつだって、そんな気分でいた。
そんな嘘や苦悩で誤魔化す言い訳も、大抵は不幸になるだけだった。
この春、身の振り、利口なふりはだからやめた。
四月というにはピントのずれたこの熱は、
だからなのか、それらを執拗に牽制している。
村雨サイドのアリーナを囲む群衆の顔に、娯楽としてこれからの成り行きを愉しむ余裕などない。彼らが縋るように握りしめる端末の画面では、『村雨銭』のレートが神経質な明滅を繰り返し、危うい境界線の上で小刻みに震えていた。
陽炎の向こうで下される「裁定」の一つが、この街の明日を泥に沈める決定打にもなりかねないという予感が、その場を支配していた。澱んだ熱気の中に、切迫し、生唾を呑み込む音だけが混じっている。
「……ロ、ク」
リングの最前列、客席用に設えたコンクリート護岸に身を乗り出し、まだ幼さが残る緑川那由が震える声で呟いた。その隣で、南宮凪は何も言わず、ただ眼前の光景をその瞳に焼き付けようとしていた。
二人の視線の先にあるのは、村雨商店街の看板を背負った一機の「鉄の巨人」だ。
ミリタリーグリーンに塗装されたその機体は、最新鋭機の洗練さとは無縁だった。露出した油圧シリンダー、歪な溶接痕、そして咆哮のような音を立てて黒煙を吐き出す巨大なディーゼルエンジン。
胸部には、場違いなほど明るい「村雨商店街」のネオンサインが掲げられ、エンジンの律動に合わせて不規則に明滅している。それは、没落しつつある商店街の、最後の意地を象徴しているかのようだった。
ロボットというよりは、全体的に角張ったデザインが、どこか重機のような印象を受ける。
対峙するのは、ロボット部品のトップティア・メーカーのロゴが整然と配された、すらりとした人型の輪郭の機体。
全体をメタルダークブルーに調えられたその機体は、周囲にまとわりつく湿った熱気とは対極に、刺すような冷たさを纏っていた。
その場の静寂を作り出し、支配するのは、間違いなくその一機だった。
審判の合図とともに、静寂は一瞬で打ち砕かれた。
「行けッ!ロクさん!」
「ロクー!!」
「頼んだぞ!ロク!」
商店街の連中の怒号に近い歓声が上がる。
巨人の背後にある排気筒から火柱が上がり、爆発的な直線加速が砂塵を巻き上げた。ロクこと緑川梅徹が操るその機体は、物理法則を無視したような突進で敵機へと肉薄する。
スーパーキャパシタに貯蔵された電力と、油圧アキュムレーターの圧力を一気に解放した、まさに命を削るような一撃必殺の戦法だった。
アリーナの土砂が舞い、観客の視界を瞬間、遮る。ロクの機体は、巨大な鉄拳を振りかざし、蒼い機体へと叩きつけようとした。だが、最新鋭機はその猛進を、あしらうかのような軽やかなステップでひらりとかわす。
渾身の一撃は虚空を裂き、行き場を失った質量が強烈な風圧となって護岸の凪たちの頬を叩いた。
「……っ」
凪の喉から、掠れた呼吸音のようなものが漏れた。
加速の余波を制御できず、巨人の足元は河原の石礫をまき散らす。激しい金属音を立てて姿勢を崩した瞬間、機体の各所から「逃がし」の蒸気が、疲労感を露呈するように噴き出した。
エネルギーの枯渇。
アキュムレーターの油圧は底をつき、エンジンの回転数はアイドリング近くまで急激に落ち込んでいく。無理な過給を繰り返したピストンが、悲鳴を上げながら無理やりクランクを回しているのが、地面に伝わる震動で分かった。
巨体から上がる噴煙が、まるでゼイゼイと息を切らすように不規則にたなびき、やがて巨人は沈黙しはじめた。
動きを止めた緑の鉄塊に、凍てついた鋼が静かに歩み寄り始める。それはまるで、処刑人が刑場へと向かう足取りだった。
観客席の歓声は悲鳴に変わり、やがて重苦しい静寂へと沈んでいく。
誰もが、終わりの瞬間を予感していた。絶望して目を背けるものや、期待への裏切りに怒声を浴びせるもの。澱んだ空気の中に、負の感情だけが渦巻いていた。
その時だった。
「……あれは?」
凪は、それを見た。
敗北を目前にし、完全に機能を停止したはずの巨人の「左手」。その武骨な指先の隙間から、放電とも、あるいは蛍の光ともつかない、淡く弱々しい緑色の光が、鼓動が脈打つように静かに溢れ出したようだった。
それは機械的なトラブルによる発火などではない。
もっと生々しい、何かがそこから生まれようとしているかのような小さな輝き。
最初は凪もそれをプリズムのいたずらか何かだと判断に迷ったが、指先から溢れている光は霧散することなく、状態を保っている。
走光は次第に細くなりながら、
手首から肘へと、
動力線を一瞬で駆け抜け、
装甲の暗がりの奥へと消えていく。
見間違いか、あるいは網膜が見せた幻か。その正体を凪が探り始めるよりも速く、巨人は再起した。
エネルギーが切れたはずの機体が、軋みを上げるフレームの悲鳴を無視して、残ったすべての意志を拳に込める。ロクが放った、起死回生の左ストレート。
もし、これが命中さえすれば――。
村雨商店街から来た、会場の誰もが、その最後の足掻きに期待し、息を呑み込んだ。
装甲の材質差など関係なく、敵機の中枢を粉砕するだろう。それほどまでに、その一撃には不可解な質量と速度が乗っていた。アリーナを包む時間が、それからは止まったように感じられた。
しかし、敵機の方が一瞬速かった。
巨人の拳が空を切り、無防備な顔面に敵機の左ジャブが「こつん」と軽く当てられた――かと思うと、次の瞬間、風を豪快に切り裂く音と共に鋭い右ストレートが突き刺さる。嘲笑うかのような、完璧なクロスカウンター。
轟音。
ミリタリーグリーンの頭部が弾け飛んだ。不規則な回転をしながら宙を舞った頭部は、川表へと落ちると同時に地響きを立てて土煙を舞い上げ、それが春の風に乗って観客席まで吹き付けてくる。
巨体は力の抜けた糸のように崩れ落ち、盛大な水飛沫を上げて川に浸かった。
静まり返った河原に、川のせせらぎと、冷却水が蒸発するシュゥゥゥーッという虚しい音だけが響いた。
ネオン管が砕け散る乾いた音と共に、胸部の「村雨商店街」の灯が、不自然な明滅の果てにジジッと断末魔を上げたあと、光と共に途絶えた。
止まった時間を動かしたのは、周囲の熱を一切受け付けることのなかった、冷たく鈍い青い鋼だった。
拳に絡みついた敵機の残骸――
千切れた配線や油圧ホースの断片を…
不快な汚れを払うかのように掌で握り潰す。
無造作にその場へと棄てる。
勝利の昂りも、敗者への慈悲もない。
ただノイズを排除したというだけの、極めて事務的な所作。その塊は、再び最初の定位置へと戻っていった。
時間が動き出すと、那由の悲鳴と、大人たちの落胆の声が河原に溢れ返った。だが、その喧騒も凪の耳には届かなかった。
凪は動けなかった。泣き叫ぶ那由の隣で、ただ一人、無表情のまま、土煙の向こうで完全に沈黙した巨大な鉄の残骸を見つめ続けていた。
作業場でロクや那由とくだらない話をよくした。
一緒にボルトを締め直したりした時間。
手足に染み付いた油の匂い。
エンジンの咆哮に重ねて――
叫んだ歓喜の雄叫びも…
そこには確かにあった情熱が…
その全てが、今この瞬間に、冷たい水の中に溶けて沈む。積み上げてきた日々は、あまりに呆気なく、ただの過去へと形を変えてしまった。
頭部を失い、無惨に横たわる機体。つい数秒前まで確かに熱を持ち、意志を持って駆動していたはずのそれは、今やただの巨大な金属の塊、ただの物体へと成り果てていた。
不意に、傾き始めた西日の眩しさに、凪は我に返った。観客の足音や、端末を片手に絶望を吐き捨てる大人たちの背中が、嫌に鮮明で、どこか遠くにあるような現実として視界に滑り込んでくる。
今日まで続いた村雨商店街の祭りは終わるかも知れないと、凪は思っていた。
小説を読んで面白いと思った方は評価していただければ幸いです。
※礫々【れきれき】という言葉はありませんが、語感と表現するものとして、故意に残してます。
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