第5話:すべてを失った日。
「お、お父さま!? これは一体…」
冷たく光る、自分に向けられた無数の槍。
その中心で指揮をとっているのは、…… ――実の父親。
わたしの背筋が絶望に凍りつく。
全身の血がサァッと下りてゆき、血の気のない頭がクラクラとして、思わずよろめいてしまった。
そんなわたしの姿を見ても、お父さまは眉一つ動かさず、冷たく言い放った。
「カエルよ。 約束を守ることで我々はお前との義理は果たした。」
「そのため、これよりお前を人語を話す魔物のカエルとして、討伐対象とさせてもらう」
なんということでしょう……。
普段は温厚な――というよりいつものほほんとしておとぼけな――お父さまが、こんな恐ろしく野蛮なことを言い出すだなんて。
まるで、お父さまこそ魔物に心を乗っ取られてしまったのかと疑うほどに、人が変わってしまったかのようだった。
それに――
このカエルは、もしかしたら「ルカ」かもしれないのに!
「お父さまっ! お待ち下さい!」
わたしは、このままではルカ(仮)が殺されてしまうのではと思い、咄嗟に槍をも顧みず、一歩前に踏み出る。
「このカエルは…… このカエルは……」
実の父親からの見下ろすような冷徹な眼差しに、涙が溢れ、声は震える。
しかしわたしはキッと睨み返し、必死に訴えを続ける。
「……そのカエルが、なんだというのだ?」
「このカエルは…… 魔女の呪いをかけられてしまった「ルカ」なのです!!」
ザワっとなりどよめく兵士たち。
そこでざわめく声を一蹴するように、甲高くよく通る声で、義妹のエミリアが声高々に笑い声を上げた。
「ぷーーーーー!! くすくすくす……!!」
エミリアはお気に入りの羽根のついたピンクの扇子をサッと振り、兵士たちを払いのけ道を作る。
そしてツカツカとわたしの前に歩み寄った。
「お姉様ったら! カエルを肩にお乗せになって…… 隋分と仲睦まじいこと!!」
「まるで夫婦のように……」
そこで大袈裟に両手を大きく動かし口の前に当て、目を細めながらこちらを見てこう言った。
「もしかして……」
「昨晩はその薄汚いカエルと『同衾』をして、お契りなられまして『本当の夫婦』になってしまったのかしらぁ!?」
エミリアはキャー!と黄色い声を上げながら、顔を覆った。
昨晩……。
その言葉を聞き、わたしの脳裏には昨晩の、『本物のルカ』との、熱い抱擁やキスがもわんと浮かんでしまった……。
あの、脳天からつま先まで電流が走ったかのような、唇から伝わる情熱的な愛。
かつて味わったことのない、全身が粟立ち、痺れるような、体の芯が熱くなったあの不思議な感覚。
あの夢のようなひとときが、鮮やかにブワッと脳裏に蘇り、わたしの顔が一気にカーーーッと熱くなる。
わたしの顔が火のように赤くなった。
「……………」
気がつくと、そんなわたしの様子を見たお父さま、兵士たち、そして話題を振ったエミリアさえも、なにかを妄想したようで。
ドン引いて固まっていた。
「こ…… こ…… こ……」
お父さまの声は裏返り、目は泳ぎ、肩を震わせていた。
「こここここのカエルを…… このカエルをぉお…… 殺せぇえーーーーーっ!!!!!」
兵士たちが声を上げ一斉にカエルに向かって走り出した。
しかし必死に取り押さえようとしても、カエルの体を覆う湿った粘液でヌルリツルリと滑ってしまい、なかなか捕まらない。
上手くかわしてはいるが、この人数…… 時間の問題だろう。
この状況を治めるには、どうしたら――。
「待って! 殺さないで! わたしがカエルとこの城を出ていきますから……!!」
もうこれしかないと思った。
わたしは再びカエルを肩に乗せると、兵士に詰め寄ってこう言い放った。
「近寄らないで! 彼は『アイゾメヤドクガエル『アズレウス』』なのよ!」
「旧称『コバルトヤドクガエル』…… 強力なアルカロイド系の神経毒を持ち、1匹で大人10人以上の殺傷能力があるわ!」
兵士たちが一斉にどよめき始めた。明らかに動揺して、怯んでいるのが見て取れた。
「貴方一人お塩の結晶一粒で殺してしまえるのよ!」
「詳しくは図鑑を調べてみなさいな! 嘘は言ってないわ!」
すると、蜘蛛の子を散らすようにすうっと周囲から人が引いていった。
わたしは城の出口に向かって、涙を堪えながら颯爽と歩いた。
「カ、カリン……」
ルカ(仮)が心配そうな小声で、わたしの名を呼んだ。
「大丈夫。 いきましょう……」
強がってはみたものの、わたしの声は震えていた。
悲しかったのもあるが、お父さまへの怒りのほうが強かったかもしれない。
お父さまは、わたしを信じてはくれなかった――。
城の出口の扉を開き、わたしは振り向いてこう言った。
「さようなら、お父さま」
お父さまも、エミリアも、兵士たちも、誰ひとり言葉を発さず微動だに動かず、その場に固まってしまったかのようだった。
ギィィィィィイ…… バタン……
重く厚い石の扉が閉じられた。
わたしは絶望を抱きながらも、どこか清々しさも感じていた。
なぜなら、この青いカエルが城に棲み着いてから、わたしは城の外に出ることを禁じられていたからだ。
10年ぶりの城の外――。
しばらく歩き続けると、城が少し小さくなり、『禁忌の森』の入口に差し掛かった。
先程の緊張感をほぐすように、わたしは大きく深呼吸をした。
懐かしい、思い出の薔薇の香りが、鼻の奥から脳のすべてを侵食した。
思い出の中の、薔薇に囲まれたルカの微笑みが浮かんだ。
胸がキュッとなった。
わたしはもう、このカエル以外、すべてを失ってしまったのだ――。
ちらりと、ルカを名乗るカエルに目をやる。
「あの時あなたは…… ルカはわたしを助けるために、カエルの姿になることを魔女に祈ったというのね?」
「その時のことを、詳しく話してくださる?」




