第9話 断罪返し・決算報告会
「……魔力充填率、一二〇パーセント。巨大魔石、接続開始」
ギルドの大会議室。
物々しい駆動音と共に、中央に設置された軍事用魔導通信機が唸りを上げる。
燃料となるのは、拳大の最高級魔石。これ一つで小さな屋敷が買える代物だが、国境を越えた高精細な映像を送るにはこれしか手がない。
「通信、繋がります!」
技師の叫びと共に、空中に浮かんだ巨大な水晶板が光を放った。
ノイズが走り、やがて鮮明な映像が結ばれる。
映し出されたのは、やつれ果てた老人たちの顔だった。
祖国オルラリア王国の謁見の間。
玉座に座る国王、その横に控える私の父(公爵)、そして後ろ手に縛られたオスカーと、目を腫らした妹のエリン。
全員、顔色が悪い。
数日間の食糧不足と、経済破綻のストレス、そして敗戦のショックだろう。
同情はしない。すべて自業自得だ。
私は眼鏡の位置を直し、手元の膨大な資料──『最終監査報告書』を整えた。
「ごきげんよう、皆様。ゼギラス通商連合国、特別全権大使の代理……兼、筆頭債権者のミラベルです」
私が事務的に挨拶すると、画面の向こうの国王がわなないた。
『ミ、ミラベルよ……! よくも我が国をここまで……! 恥を知れ! 育ててやった恩を忘れて、国を売り渡すとは何事だ!』
開口一番、これだ。
私は溜息をつきたいのを堪え、冷徹な視線を向けた。
「訂正いたします、陛下。売り渡したのではありません。『不渡り』を出したのはそちらです」
私は隣に座るレオンハルトに目配せをした。
彼は今日、あえて王族としての正装ではなく、ギルド長の革鎧を纏っている。
「この国の実権は、お飾りの王族ではなく現場が握っている」という無言の圧力だ。
「単刀直入に申し上げます。本日の議題は『降伏調印』および『債務整理』です。これ以外の議論に応じるつもりはありません」
『ふ、ふざけるな!』
叫んだのは、縄で縛られたオスカーだった。
彼はまだ状況が理解できていないのか、血走った目で私を睨んでいる。
強制送還された荷馬車の旅がよほど辛かったのか、かつての美貌は見る影もない。
『ミラベル! 貴様が隠している裏金さえ返せば、こんなことにはならなかったんだ! 今すぐ金を返して、土下座して謝れ! そうすれば側室くらいにはしてやる!』
「……学習能力ゼロですね」
私は呆れを通り越して感心した。
まだ私が金を盗んだと思っているのか。
「いいでしょう。そこまで仰るなら、動かぬ証拠(数字)でお見せします」
私は手元の魔導機を操作した。
水晶板の画面が切り替わり、巨大な表計算シートが投影される。
「これは過去五年間の、王家および公爵家の『入出金明細』です」
画面に並ぶ、真っ赤な数字の羅列。
それを見た父(公爵)が、ひっ、と息を呑んだ。
「ご覧ください。王太子殿下の遊興費、エリンのドレス代、陛下が愛人に贈った別荘の建設費……すべてここに記録されています。そして、その赤字を埋めるために投入された資金の出所も」
私は指し棒で、ある項目を叩いた。
「『ミラベル個人資産からの補填』。……総額、国家予算の約五年分に相当します」
『な、なんだその額は……嘘だ、捏造だ!』
「日付と、ゼギラス国立銀行の承認印入りの原本があります。私が横領した? 逆です。私が、あなた方の浪費を『私財を投げ打って』カバーしていたのです。いわば、私はあなた方の最大のスポンサーだったのですよ」
沈黙が落ちた。
国王がガタガタと震え出し、父が顔を覆う。
彼らも薄々は気づいていたはずだ。
湯水のように使っていた金が、どこから湧いて出ていたのかを。
けれど、「ミラベルがなんとかしているのだろう」と、思考停止して甘えていただけなのだ。
『で、でもぉ!』
沈黙を破ったのは、エリンの甲高い声だった。
彼女は涙目で、必死に訴えかけてきた。
『私、知らなかったの! お姉様が勝手にお金を出してくれてたなんて……。私はただ、お姫様みたいに可愛くしていたかっただけで……悪気なんてなかったの!』
彼女は「被害者」のポジションを取ろうとしている。
無知で純粋な少女。
確かに、世間ならそれで通るかもしれない。
だが、ここは「決算報告会」だ。
「無知は罪です、エリン」
私は冷たく切り捨てた。
そして、画面を切り替える。
「これを見てください」
映し出されたのは、大量の領収書と伝票。
そこには、拙い文字で『エリン』というサインと、勝手に持ち出された公爵家の印章が押されている。
「貴女がサインした伝票です。『よくわからないけどサインした』? いいえ、貴女は商人に『お姉様が払うからいいでしょ!』と言い放って、高額な宝石を持ち帰っていますね? その時の商人の証言記録もあります」
『っ……!』
「貴女のそのサイン一つ一つが、領民の血税を、私の資産を食い潰していたのです。『知らなかった』で済む金額ではありません」
私は彼女を睨み据えた。
「貴女が着ているそのドレス一着の値段で、辺境の村が一年食べていけます。貴女の『可愛くありたい』という欲望の対価は、誰かの命だったのですよ」
エリンの顔から血の気が引いた。
彼女はようやく理解したのだ。
自分の「幸せ」が、どれほど重い罪の上に成り立っていたかを。
『あ、あぁ……嘘よ、そんな……』
彼女はその場に崩れ落ちた。
これで「精神的な断罪」は完了だ。
次は「物理的な処分」である。
「さて、レオンハルト殿下」
私が振ると、レオンハルトが重々しく口を開いた。
「これより、ゼギラス通商連合国としての要求を伝える。……拒否権はないと思え」
彼の声が、王としての威厳を持って響く。
「一、オルラリア王国は、事実上の『財政管理国』として我が国の監視下に入る。税収および予算の決定権は、全てこちらが派遣する監査官が握る」
『そ、そんな……それでは属国ではないか!』
国王が悲鳴を上げるが、レオンハルトは無視した。
「二、今回の騒動の首謀者であるオスカー王太子を『廃嫡』とし、王位継承権を剥奪する。身柄は北の塔へ幽閉。一生、反省文でも書いてろ」
『い、嫌だ! 私は王になる男だぞ! 離せ、離せぇぇ!』
画面の向こうで、オスカーが衛兵に引きずられていく。
その姿に、かつての婚約者としての情など微塵も湧かなかった。
ただの「不良債権の償却処理」だ。
「三、共犯者であるエリン・フォン・オーランドは、修道院へ送致。ただし、祈るだけの優雅な場所ではない。農作業と機織りで自給自足する『労働更生施設』だ。自分の飯代と、ドレス代くらい、自分で稼げるようになれ」
『いやぁぁ! 土いじりなんてしたくないぃぃ!』
エリンの泣き叫ぶ声も、扉の向こうへ消えていった。
「四、国王および公爵は引退。これまでの浪費分は、私財をすべて没収して補填に充てることとする」
レオンハルトが私を見た。
「これでいいか?」という目配せ。
私は小さく頷いた。
「……以上が、こちらの提示する『和解条件』です。陛下、ご署名を」
国王は、魂が抜けたような顔で、震える手で調印書に魔法署名をした。
その瞬間、オルラリア王国は実質的に終わった。
そして、生まれ変わるための長く険しい「再生」の道が始まったのだ。
ブツン。
通信が切れる。
消費された巨大魔石が粉々に砕け散り、会議室に静寂が戻った。
「……終わりましたね」
私は深く息を吐き、背もたれに身体を預けた。
肩の荷が下りた、なんて生易しいものではない。
身体の一部だった重い鎖が、ようやく外れた感覚だ。
「ああ。完勝だ、ミラベル」
レオンハルトが、大きな手で私の頭をポンポンと撫でた。
「お前の勝ちだ。あの国も、お前の計算通り、これから少しはマシになるだろうよ」
「……私の計算ではありません。管理するのは、これから派遣される監査官たちです。私はもう、あの国とは無関係ですから」
そう。
私はもう、公爵令嬢でも、王太子の婚約者でもない。
ただの、ギルドの経理担当だ。
「そうだな。お前はもう、俺たちのモンだ」
レオンハルトが優しく笑う。
その笑顔を見ていると、胸の奥にあった冷たいしこりが、じんわりと溶けていくのがわかった。
「さて、仕事は終わりだ! ミラベル、腹減ったろ?」
「ええ、ペコペコです。……今日は美味しいものが食べたいですね」
「おう! 王都一番のレストランを予約してある。もちろん、俺の奢りでな!」
彼が手を差し出す。
私はその手を取り、立ち上がった。
過去の清算は終わった。
明日からは、誰かの尻拭いのためではなく、自分と、大切な人たちのために計算機を叩ける。
そう思うと、自然と口元が綻んだ。
「行きましょう、オーナー。……いえ、レオン」
私が初めて名前だけで呼ぶと、彼は驚いたように目を見開き、それから耳まで真っ赤にして、嬉しそうに私の手を握りしめた。




