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金の亡者と言われた令嬢は貧乏ギルドを建て直す!  作者: 秋月 もみじ


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第8話 請求書という名の引導


「あり得ない……こんなことは、あり得ないぞおおおっ!!」


荒野に、王太子オスカーの絶叫が虚しく響き渡っていた。


国境の緩衝地帯。

そこは今、奇妙な巨大ピクニック会場と化していた。

武器を捨て、車座になってスープをすする三千の兵士たち。

その中心で、豪華な馬車の上に仁王立ちし、顔を真っ赤にして喚き散らす一人の男。


シュールな光景だ。

私は眼鏡の位置を直し、隣のレオンハルトを見上げた。


「……行きましょうか。清算の時間です」


「ああ。護衛は任せろ。あのバカがトチ狂って飛びかかってきても、指一本触れさせねぇよ」


私たちは丘を降り、敵陣──いや、巨大な野外食堂へと足を踏み入れた。


   ◇


兵士たちは、私たちに敵意を向けるどころか、道を譲り、敬礼さえした。

彼らにとって私たちは「敵」ではなく、「飯をくれた恩人」なのだ。

現金なものだが、空腹とはそういうものだ。


オスカーの馬車の前まで進むと、彼は私に気づき、目を剥いた。


「ミ、ミラベル……! 貴様、よくものこのこと……!」


彼は震える指で私を差した。


「見たぞ! その食料! やはり貴様、我が国の国庫から盗んだ金で、こんな贅沢な物資を買い込んでいたな!?」


まだ言っている。

ここまでくると、一種の才能かもしれない。


私は深いため息をつき、懐から一枚の羊皮紙を取り出した。


「オスカー殿下。誤解があるようですので、訂正させていただきます」


私はその紙を、ヒラヒラと彼に見せつけた。


「これは『請求書(インボイス)』です」


「……は?」


「今回、人道的支援として投下したパン、肉、果物、およびスープ三千人分。しめて金貨三百枚。……支払期限は『即時』とさせていただきます」


「なっ……ふ、ふざけるな! なぜ私が、敵国から投げつけられた餌の代金を払わねばならん!」


「おや? 自軍の兵士の食費を払うのは、総大将の義務では? それとも、タダ食いさせるおつもりで?」


私は冷ややかに微笑んだ。


「それに、これはほんの手始めです。この後、我が国への不法侵入に対する賠償金、経済封鎖による損失補填、そして私の精神的慰謝料……すべて合算して請求させていただきます」


「き、貴様……!」


「払えますか? ……いいえ、払えませんよね。今のあなたの国には、銅貨一枚の価値もないのですから」


私は一歩、彼に近づいた。

レオンハルトが背後で威圧を放ち、オスカーの側近たちを釘付けにしている。


「教えて差し上げましょう、殿下。あなたが失ったのは『金』ではありません。『信用』です」


「信用……だと?」


「ええ。金は湧いてくるものではありません。誰かが『この国なら返せる』と信じて貸してくれるものです。私は十年間、頭を下げ、帳簿を整え、その信用を築き上げてきました」


私はかつての婚約者を、憐れむような目で見上げた。


「あなたはそれを、たった一夜でドブに捨てた。私が去ったから貧乏になったのではありません。あなたが『信用に値しない人間』だと、世界中が判断したから、金が逃げたのです」


「だ、黙れ……! 私は王太子だぞ! 未来の王だ!」


オスカーは錯乱したように叫んだ。


「兵士ども! 何をしている! こいつらを殺せ! この女の首を刎ねれば、借金などチャラになる!」


彼の命令が響く。

だが──誰も動かなかった。

兵士たちはスープのスプーンを止めることなく、冷ややかな目で自国の王子を見つめていた。


オスカーは焦り、近くにいた騎士団長の肩を揺さぶった。


「おい! 貴様、行け! 私の盾になって突撃しろ! 死んでも守れ! 兵士などいくらでも補充が効くんだ、使い捨てろ!」


その言葉が、決定打だった。

騎士団長の手が、剣の柄から離れた。


「……お断りします」


「なっ……貴様、反逆か!?」


「我々は道具ではありません。……そして、兵に飯の一食も食わせられない主に、捧げる忠誠などありません」


騎士団長は静かに私とレオンハルトの方へ向き直り、その場に膝をついた。


「ゼギラスの代表者殿。……我が軍は武装解除し、降伏を申し入れます。兵士たちは飢え、疲弊しています。どうか、慈悲ある処遇を」


「うむ。賢明な判断だ」


レオンハルトが鷹揚に頷いた。


「安心しろ。うちは捕虜を虐待するような野蛮な国じゃねぇ。働きたい奴には仕事(魔石採掘や開墾)を斡旋してやるし、飯も食わせてやる。……その代わり、労働力としてきっちり働いてもらうぞ」


「か、感謝いたします……!」


兵士たちから、安堵の溜息と、歓声が上がった。

もはや勝負ありだ。


取り残されたのは、馬車の上で孤立無援となったオスカーだけ。


「う、嘘だ……なぜだ……私は選ばれた人間のはずだ……」


彼はガタガタと震え、私を見た。

その目には、初めて「恐怖」と「後悔」の色が浮かんでいた。


「ミ、ミラベル……頼む。戻ってきてくれ。お前がいなきゃダメなんだ。そうだろ? 私たちは愛し合っていただろ?」


彼は懇願するように手を伸ばしてきた。

今まで散々罵倒しておいて、都合が悪くなるとこれだ。

愛?

そんな不確定変数、私の計算式にはもう存在しない。


私は冷たく告げた。


「支払いができないのであれば、資産を差し押さえさせていただきます」


「え?」


「その豪華な馬車、身につけている宝石、剣、すべて没収です。債務のカタとして頂戴します」


「や、やめろ! これは王家の……!」


「往生際が悪いぞ」


レオンハルトが一歩踏み出した。

オスカーは悲鳴を上げ、抜き身の剣を滅茶苦茶に振り回して私に斬りかかってきた。


「死ねぇぇぇ!!」


「遅ぇ」


パシッ。


金属音ですらなかった。

レオンハルトは、振り下ろされた剣の側面を、デコピンのように指で弾いたのだ。

それだけで、オスカーの剣は手から弾き飛ばされ、地面に突き刺さった。


「ひっ……!」


腰を抜かしたオスカーを、レオンハルトはゴミのように見下ろした。


「俺の女に刃を向けた罪は重いが……殺す価値もねぇな」


レオンハルトは騎士団長に目配せをした。


「こいつを縛れ。そして、国元へ『着払い』で送り返してやれ」


「はっ!」


数分後。

オスカーは身ぐるみ剥がされ、下着同然の姿で荒縄に縛られていた。

豪華な馬車は没収され、代わりに汚れた荷車に乗せられている。

その荷車を引くのは、敗戦報告のために帰国する数名の伝令兵だ。


「やめろぉぉ! 私は王太子だぞぉぉ!」


オスカーの情けない叫び声が遠ざかっていく。

国へ帰れば、国王からの激しい叱責と、廃嫡の未来が待っているだろう。

もっとも、帰る国自体が経済破綻で残っているかは怪しいが。


「……回収完了ですね」


私は没収した宝石や馬車をリストに書き込みながら呟いた。

これで今回の作戦経費はチャラ。いや、少しお釣りがくる。


「終わったな」


レオンハルトが、私の肩に手を置いた。


「ええ。これで、彼らが国境を越えてくることは二度とないでしょう」


「お疲れさん、ミラベル。……かっこよかったぜ」


「当然です。私はあなたのギルドの金庫番ですから」


私が微笑むと、レオンハルトは嬉しそうに目を細め、私の眼鏡を指先でつついた。


「帰ろうぜ。ベルンへ。……今日の晩飯は、特上の肉だ!」


「いいですね。経費で落としますか?」


「バーカ、俺の奢りだよ!」


荒野に風が吹く。

それは血の匂いのしない、新しい時代の風だった。

私は隣を歩く彼の温もりを感じながら、初めて「未来の計算」ではなく、「今の幸せ」を噛み締めていた。

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