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金の亡者と言われた令嬢は貧乏ギルドを建て直す!  作者: 秋月 もみじ


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第6話 祖国の崩壊序曲


優雅なワルツが止まり、会場のエントランス付近が騒然となった。

警備兵の制止を振り切り、ホールへとなだれ込んできた一団がいる。


泥と汗にまみれた軍服。

見覚えがある。祖国オルラリア王国の近衛騎士団の制服だ。

だが、その鎧は汚れ、かつての煌びやかさは見る影もない。


先頭に立つ男が、血走った目で会場を見渡した。

そして、レオンハルトの腕の中にいる私を見つけるなり、鬼の首でも取ったかのように叫んだ。


「いたぞ! 国家反逆罪の逃亡犯、ミラベル・フォン・オーランドだ! 捕らえろ!」


騎士たちが剣の柄に手をかける。

会場の空気が凍りついた。

他国の、しかも国賓が集まる祝賀会での抜刀騒ぎ。

正気ではない。


私は眼鏡の位置を直し、冷静に思考を巡らせた。


(……外交特権を使って強引に入り込んだのね。それほど切羽詰まっているということか)


「随分と必死ね、ベルモンド子爵」


私はレオンハルトの制止を手で遮り、一歩前へ出た。

使者の男──かつて王宮で私を「金勘定しかできない地味女」と馬鹿にしていた財務官僚のベルモンド子爵は、顔を真っ赤にして私を睨みつけた。


「黙れ、泥棒女! 貴様が国庫の金を盗んで逃げたせいで、今、王国がどうなっていると思っている!」


「ほう? どうなっているのです?」


「物流が止まった! 食料が入ってこない! 『鉄の山組合』は魔石の輸出を止めやがった! 明日のオスカー殿下の結婚式の衣装すら届かんのだぞ!」


ベルモンド子爵が唾を飛ばして喚く。

会場の招待客たちが、ひそひそと嘲笑混じりの声を交わすのが聞こえた。

「聞いたか? 結婚式の衣装も買えないらしいぞ」「一国の王太子が? 喜劇だな」


私はため息をついた。

予想通りだ。

いや、予想以上に「崩壊」が早い。


「訂正させていただきます、子爵。私が盗んだのではありません。あなた方が『支払えなかった』のです」


私は冷徹に事実を突きつける。


「私がいた頃は、私の個人の信用と資産を担保に、支払期限を延ばしてもらっていました。ですが、私を追放した瞬間、その担保は消滅した。商会や組合が『現金前払い』を要求するのは、商売の基本中の基本です」


「屁理屈を言うな! 貴様が隠し持っている裏金があるはずだ! それを吐き出せと言っているんだ!」


「ありませんよ、そんなもの。あるのは、あなた方が長年積み重ねてきた『借金の山』だけです」


「貴様ぁっ……!」


ベルモンド子爵が激昂し、腰の剣を抜こうとした。


「オスカー殿下のご命令だ! この女を縛り上げてでも連れ戻せ! 抵抗するなら、我が国は貴国に対して宣戦を……」


ガァンッ!!


鈍い音が響き、子爵の言葉が止まった。

床の大理石が砕けている。

レオンハルトが、一歩踏み出した音だ。


「……宣戦、と言ったか?」


低い声。

だが、それは会場の隅々まで届く、よく通る声だった。

レオンハルトは私を背に庇い、ベルモンド子爵を見下ろした。


「他国の領土で、武器を抜き、あまつさえ我が国の客人を拉致しようとする。……それが、オルラリア王国の外交マナーか?」


「ひっ……! き、貴様は何だ! ただの冒険者風情が……!」


子爵が怯む。

レオンハルトの全身から立ち上る、黄金色の覇気。

それは、ただの強者の威圧ではない。

「王」たる資質を持つ者だけが纏う、絶対的な支配者の空気だ。


レオンハルトは、会場の隅に控えていた近衛兵たちへ視線を向けた。

この国の精鋭である彼らが、一斉に背筋を伸ばす。

彼らは知っているのだ。目の前の赤い髪の男が誰であるかを。


「ここには、我が国の法がある。無法者の戯言に耳を貸す義理はない」


レオンハルトが指を鳴らす。

瞬間、警備兵たちが動き、あっという間にオルラリアの騎士たちを取り囲んだ。

一糸乱れぬ動き。

ただのギルド長への反応速度ではない。


「武装解除しろ。抵抗するなら、この場で斬り捨てる」


「なっ……馬鹿な! 我々は外交特権を……!」


「特権を行使したいなら、正門から手続きをして入れ。裏口から土足で上がり込んでくる野良犬に、人権などない」


ぐうの音も出ない正論。

そして、圧倒的な武力差。

ベルモンド子爵は顔面蒼白になり、ガタガタと震え出した。

彼は悟ったのだろう。この男には勝てない、と。


「お、覚えていろ……! こんなことをして、タダで済むと思うなよ! オスカー殿下は、本気で軍を動かすおつもりだぞ!」


「上等だ」


レオンハルトは鼻で笑った。


「軍を動かす? 食料も買えない貧乏国が、どうやって兵を養うつもりだ? 兵站(へいたん)の計算もできない奴らが、戦争ごっこを語るな」


「っ……!」


図星を突かれ、子爵は言葉を失った。

彼は悔し紛れに私を睨みつけると、「引くぞ!」と叫んで騎士たちと共に逃げ去っていった。

まるで、嵐が過ぎ去るように。


会場に、安堵の空気が戻る。

私は小さく息を吐き、眼鏡のブリッジを押さえた。


「……計算外の手間をかけさせてしまいましたね」


「気にするな。俺の庭で、俺の連れが吠えられたんだ。追い払うのは飼い主の役目だろ」


レオンハルトは悪戯っぽく笑い、それから真剣な顔つきになった。


「だが、あいつらの目は本気だった。……ミラベル、お前の元婚約者、かなり追い詰められてるぞ」


「ええ。今の彼らにとって、私は『打ち出の小槌』に見えているのでしょう」


金がないなら、金を持っている人間(私)を連れ戻せばいい。

そんな短絡的な思考回路が透けて見える。

学習能力がないにも程がある。


「軍を動かす、というのは……?」


「脅し半分、本気半分だろうな。まともな判断力があれば自滅行為だとわかりますが、今の彼らに『まとも』を期待するのは、スライムに微積分を教えるようなものです」


私は冷ややかに言い放った。

だが、思考の一部でシミュレーションを行う。


戦争。

もしそうなれば、この平和なゼギラスにも火の粉が降りかかる。

私の個人的な事情で、レオンハルトやギルドの仲間たちを巻き込むわけにはいかない。

論理的に考えれば、私が戻り、彼らの管理下に入れば、少なくとも戦争のリスクは回避できる。それがコスト最小の……


「……私が、戻るべきでしょうか」


ふと、提案として口にした。

感情ではない。計算の結果だ。


ギュッ。


私の手首が、強く掴まれた。


「ふざけんな」


レオンハルトが、怒ったように私を睨んでいた。


「そのクソみたいな計算、今すぐやめろ」


「ですが、被害を最小限にするには……」


「お前一人を犠牲にして得る平和なんざ、俺はいらねぇ。……俺たちは商人(あきんど)の国だ。戦争だろうが経済封鎖だろうが、売られた喧嘩は高く買ってやる」


彼は私の手を引き寄せ、その甲に口づけを落とした。

騎士の誓いのように。


「安心しろ。お前の計算違い(ミス)くらい、俺が全部カバーしてやる」


「……っ」


顔が熱くなる。

まただ。

この男は、私の論理的な思考回路を、いとも簡単にショートさせる。

「自己犠牲」という選択肢を、彼は「不要なコスト」だと切り捨ててくれた。


「……承知しました、オーナー」


私は震える声で答えた。

計算機(わたし)はもう、一人じゃない。

この頼もしい「猛獣」と一緒なら、国一つくらい、計算(ビジネス)で叩き潰せるかもしれない。


会場の窓の外。

東の空──祖国の方角に、暗雲が立ち込めているのが見えた。

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