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金の亡者と言われた令嬢は貧乏ギルドを建て直す!  作者: 秋月 もみじ


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3/10

第3話 経費削減の嵐


「今日から、ポーションの無料支給は廃止です」


朝のギルドホールに、私の声が冷徹に響き渡った。

ざわめきがピタリと止む。

数百人の冒険者たちが、一斉に私を睨みつけた。


「はぁ!? ふざけんな!」

「俺たちの命綱だぞ! 死ねってのか!」


罵声の嵐。

酒ジョッキが床に叩きつけられる。

殺気立った男たちが、受付カウンターへと押し寄せてきた。


私は眉一つ動かさず、眼鏡のブリッジを押し上げる。

想定内の反応(リアクション)だ。


「死ねとは言っていません。『無駄飲み』をやめろと言っているのです」


私は帳簿を広げ、突きつけた。


「先月のポーション消費数、三千本。対して、報告された負傷者の数は延べ二百人。計算が合いません。擦り傷程度で一本銀貨五枚もするポーションをガブ飲みしたり、余った分を街で転売したりしていませんか?」


「うっ……そ、それは……」


数人の男が視線を泳がせる。図星だ。

このギルドは「福利厚生」という名のザル運用で、湯水のように経費を垂れ流している。


「てめぇ! 新入りが偉そうに指図すんじゃねぇ!」


一人の巨漢が、私の胸ぐらを掴もうと身を乗り出した。

その拳が届く寸前──


ガシッ。


「……おい。俺の金庫番に手を出すな」


低い、地を這うような声。

レオンハルトだ。

彼が男の手首を万力のように掴み上げていた。


「ギ、ギルド長……! でもよぉ、この女がケチなこと言いやがって!」


「ああ、わかってる。ミラベル、あんまり虐めてやるな」


レオンハルトは私に向き直り、困ったように頭をかいた。


「ポーション代くらい、俺が出してやるよ。あいつらも命張ってんだ。気持ちよく仕事させてやりてぇ」


出た。

この男の悪い癖だ。

「親分肌」といえば聞こえはいいが、単なる「甘やかし」だ。


「ギルド長。あなたがそうやってポケットマネー──出所は知りませんが──で補填し続ける限り、彼らは一生、コスト意識を持てません」


私はレオンハルトの腰元を指差した。

彼が背負っている大剣。

柄の部分が擦り切れ、刃にも微かなこぼれが見える。


「それに、部下に振る舞う金はあるのに、ご自分の剣を研ぐ金はないのですか?」


「うぐっ……い、今は俺の話じゃねぇだろ」


「いいえ、あなたの話です。トップが身を削って部下を養う組織など、長続きしません。共倒れです」


私はため息をつき、提案を持ちかけた。

この脳筋たちを黙らせるには、論理よりも「現物メリット」だ。


「賭けをしましょう、ギルド長」


「賭け……だと?」


「一週間。たった一週間でいいので、私の指示に従ってください。ポーションは申請制、採取した素材は泥を落としてから納品すること」


私はニヤリと不敵に笑う。


「もしそれで成果が出なければ、私はここを辞めます。逆に成果が出たら……その浮いたお金で、あなたの剣を『最高級メンテナンス』に出させていただきます」


レオンハルトの目が輝いた。

彼は実は、以前から街のドワーフ鍛冶師に頼みたい「特級研磨」があったのだ。

高額すぎて諦めていただけである。


「……面白ぇ。乗った!」


レオンハルトが拳を鳴らす。


「おい野郎ども! 一週間だ! 一週間だけ、この『ケチな金庫番』の言うことを聞いてやれ! ダメだったら俺が酒を奢ってやる!」


「へいへい、大将が言うなら……」


冒険者たちは渋々ながらも矛を収めた。

私は心の中で勝利の計算式を組み立てる。

勝算は百パーセントだ。


   ◇


そこからの私は、鬼軍曹と化した。


「そこのパーティ! ゴブリンの耳は川で泥を落として! 汚れたままだと『洗浄手数料』を引かれますよ!」


「はい、ポーションの申請ですね。……この程度の切り傷なら、ポーションではなく『薬草軟膏(コスト十分の一)』を塗ってください。効果は同じです」


「経費精算書の書き方が違います。やり直し!」


ギルドホールには、私の指示が飛び交った。

最初は「面倒くせぇ」と反発していた冒険者たちだが、三日目あたりから空気が変わり始めた。


「……おい、マジか。ゴブリンの耳、洗って出したら買取額が二割増しになったぞ」

「軟膏ですぐ治ったし、浮いたポーション代がそのまま報酬に上乗せされてる……?」


彼らは気づき始めたのだ。

私のやり方が、ギルドの金をケチっているのではなく、「彼らの手取りを増やしている」ことに。

現金なものだが、それでいい。

数字は嘘をつかない。


そして、一週間後。


「……集計が出ました」


夕方のギルドホール。

私は全員の前で、一枚の羊皮紙を掲げた。


「今週のポーション消費量は五分の一。素材の買取価格は、洗浄と分別のおかげで平均一・二倍に上昇」


私は眼鏡を押し上げる。


「差し引き、今週だけで金貨五十枚の『黒字』です」


しん、と場が静まり返る。

金貨五十枚。

それは、彼らが命がけで大型魔獣を一匹狩る報酬に匹敵する額だ。

それが、「無駄を省いた」だけで捻出されたのだ。


「す、すげぇ……」

「俺たちの稼ぎ、こんなにドブに捨ててたのか……?」


「そして、約束通り──」


私はカウンターの下から、一本の大剣を取り出した。

昨晩レオンハルトから預かり、私のコネを使ってドワーフの工房にねじ込み、徹夜の特急作業で仕上げてもらったものだ。


「ギルド長。あなたの剣です」


鞘から抜かれた刃が、夕日を浴びてギラリと輝く。

刃こぼれは完全に修復され、刀身には魔力を帯びた美しい波紋が浮かんでいる。

「特級研磨」に加え、「風の魔石」を埋め込んだ一級品だ。


「おおぉ……!」


レオンハルトが子供のように目を輝かせ、震える手で剣を受け取った。


「これだ……! 俺がずっと頼みたかった『剛炎(ごうえん)仕上げ』……! すげぇ、羽毛みたいに軽くなってやがる!」


彼はブンッ、と剣を振るった。

風を切る音が鋭く響き、空気がビリビリと震える。

その切れ味は、素人目にも以前とは段違いだった。


「これが……経費削減の力か……」


レオンハルトが呆然と呟く。

私は小さく頷いた。


「我慢した分だけ、強くなれるのです。お金も、剣も」


「……参ったな」


レオンハルトは剣を収め、私を見てニカッと笑った。


「お前の勝ちだ、ミラベル。いや──『姉御』と呼ばせてもらうべきか?」


「やめてください。給料分働いただけです」


私がすげなく返すと、周囲の冒険者たちがドッと沸いた。


「すげぇや姉御! 俺の剣も直せるか!?」

「次の依頼、素材ピカピカにしてくるから高く買い取ってくれよ!」


彼らの目から、敵意が消えていた。

代わりに宿ったのは、尊敬と、これからの利益への期待。

単純だ。

けれど、この単純さが、今は心地よい。


「順次対応します。並んでください」


私が羽ペンを構えると、彼らは我先にと列を作った。

今度は怒号ではない。

活気ある、仕事の音だ。


その様子を眺めながら、レオンハルトが私の隣で小さく呟いた。


「……ありがとな。大事にするぜ、この剣も、お前も」


「え?」


聞き返すと、彼は「なんでもねぇ!」と赤くなって顔を背けた。

耳まで赤い。


(……変な人)


私は首を傾げつつ、帳簿に向き直った。

まあいい。

これで第一段階、クリアだ。


ギルドの赤字体質は改善の兆しを見せた。

だが、私はまだ知らなかった。

私のこの「小さな成功」が、遠く離れた祖国で、とんでもない波紋(経済制裁)を引き起こす引き金になることを。

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