再戦 ― 逆転の理想、顕現
―轟音。
大地が再び裂け、炎が天を焦がした。
マルバスの咆哮が峡谷を揺るがす。
その姿は以前よりも巨大で、背の炎の翼が八枚に増していた。
炎帝は、敗北した者の憎悪と怒りを力に変えていた。
「超越者……まだ生きていたか。」
声は雷鳴のように響く。
ユウキはゆっくりと立ち上がった。
焼け焦げた衣の下、紅と蒼の光が脈打つ。
〈逆転の理想〉――その力が、彼の中で確かに息づいていた。
「お前に焼かれても、俺は終わらない。」
ユウキの瞳が二色に輝く。
「俺は、絶望を抱いて立つ。」
マルバスが嗤った。
「人間が絶望を誇るか。滑稽だ。」
「滑稽でもいい。理想だけで立てるほど、この世界は優しくないからな。」
マルバスが手を振り上げる。
業火が渦巻き、天を覆う。
「“焔天滅界”――この地を灰に還す!」
空が燃える。
紅蓮の光がすべてを呑み込もうとした瞬間、ユウキは地に剣を突き立て、叫んだ。
「〈逆転の理想〉――発動ッ!」
大地が反転する。
焼ける世界の中、蒼と紅の光が交差した。
マルバスの炎が空へ吸い上げられ、逆流する。
炎が光へ、破壊が再生へ――因果が“逆転”していく。
「なっ……!? 我が焔が、消える……だと……!」
ユウキの声が響く。
「お前の“未来視”が見ているのは、理想の延長線。
だけど、俺の“逆転の理想”は――理想と絶望、両方を現実にする!」
マルバスの瞳が揺らぐ。
未来視の力〈真炎の眼〉が、二重に交錯する運命を捉えられず、焦点を失う。
「貴様……“決まった未来”を、同時に二つ存在させているのか!?」
ユウキが一歩踏み出す。
その剣は、もはや光でも闇でもなかった。
――“現実の剣”。
「未来を読むなら、読めばいい。
俺はその未来ごと、超えてみせる。」
斬撃が走る。
マルバスの炎の翼が裂け、灼熱の爆風が吹き荒れる。
マルバスが吠える。
「我は五大魔帝の一角、“炎帝マルバス”だァァ!!
人間如きに、この炎が負けるものかッ!!」
ユウキが剣を構える。
「俺は人間だ。だけど、“理想を超える人間”だッ!!」
蒼紅の閃光が走る。
マルバスの胸を貫いた。
炎が散り、空が晴れた。
重い音とともに、マルバスが膝をつく。
「……見事だ、人間。
お前の“理想”……我は、否定できぬ。」
その瞳が、かすかに笑っていた。
「貴様のような者が……我らの主、魔王陛下と同じ“矛盾”を抱えている。
ならば、やがて――お前も、陛下の座に辿り着くだろう。」
そう言い残し、炎帝は静かに崩れ落ちた。
灰となり、風に溶けて消えていく。
静寂。
リリアが駆け寄る。
「ユウキ!」
ユウキは笑って応えた。
だが、その笑みの裏で、胸の奥が痛んでいた。
――勝ったのに、痛い。
――理想を掴んだのに、涙が止まらない。
リリアが手を握る。
「もう無理しないで。あなたはもう、十分戦ったわ。」
ユウキは小さく首を振る。
「まだ、終わってない。
マルバスが言ってた。“魔王と同じ矛盾”……
それを知らなきゃ、俺はまた同じことを繰り返す。」
リリアの目が揺れる。
「あなたが……また壊れるかもしれないのに?」
ユウキは微笑んだ。
「壊れてもいい。
でも、もう逃げない。
理想も絶望も、俺が全部背負って――“超えてみせる”。」
風が吹く。
灰が空へ舞い、光に溶けて消えていった。




