崩れゆく理想と、神の使徒
戦いの後。
精霊都市アルセリアは再び光を取り戻していた。
空には自由を得た精霊たちが舞い、風が優しく街を包み込む。
ユウキとリリアは、都市中央の神樹〈アルセル〉の前に立っていた。
その根元には、淡く光る魔石――蒼天のグラディウスが遺した“魂の欠片”が静かに輝いている。
「……彼も、本当は敵じゃなかったのかもしれない。」
ユウキが呟く。
リリアは目を閉じ、静かに頷いた。
「グラディウスは天界から堕ちた者。
本来は、この世界を護るために戦っていたのよ。
でも、神々の理を壊したことで、魔王に利用されたの。」
「神々の理、か……。」
ユウキは空を見上げた。
“理想”を描くたびに感じる痛み――その根源に、何か大きな“枠組み”がある気がしていた。
夜。
風が止まり、街の灯が静まりかえる。
ユウキが眠りにつこうとしたその時、
――空気が裂けた。
「ッ……!」
反射的に剣を抜く。
だが、敵意はなかった。
そこに立っていたのは、白い外套を纏う人物。
銀の髪、無機質な瞳。背には六枚の光の翼。
「……初めまして、ワクラ・ユウキ。」
その声は静かで、神秘的な響きを持っていた。
「我は〈神界〉の使徒、セレスティア=ノア。
“神”より命を受け、この世界の歪みを正す者。」
ユウキは構えを崩さない。
「歪み、ね。……俺を消しに来たのか?」
「いいえ。確認に来たの。」
ノアの瞳が、淡く輝く。
「貴方の権能〈超越世界〉――それは本来、“神の権能”に属する力。
世界を繋ぎ、可能性を具現化する“神創の欠片”よ。」
「神の……欠片?」
「貴方が転生した時、その欠片が宿った。
それが、貴方をこの世界に呼び寄せた“真の理由”。」
ユウキは息を飲んだ。
「じゃあ……俺は偶然じゃなくて、“選ばれた”のか?」
ノアは首を横に振る。
「いいえ。“利用された”の。」
「……何だと?」
「この世界の創造主、“原初の神ルシェル”は、かつて魔王を創った。
そして、魔王を止めるために、対となる存在――“超越者”を創造したの。
貴方は、その器。」
リリアが息を呑む。
「まさか……魔王とユウキは――」
「表裏一体。」
ノアの声が静かに響く。
「魔王とは、貴方の“もう一つの魂”よ。」
「……嘘だろ。」
ユウキの手が震える。
頭の奥で、何かがざわめいた。
遠い記憶――黒い翼、紅の瞳、そして“理想を拒む声”。
“理想は、滅びの始まりだ。”
その言葉を思い出した瞬間、ユウキの胸が激しく痛んだ。
「うっ……!」
ノアは表情を変えずに言葉を続けた。
「やがて、魔王は完全に覚醒する。
そして、貴方の“理想の道”が続く限り、世界は崩壊へと進む。」
リリアが叫ぶ。
「そんな理屈、認めない! ユウキはこの世界を救うために戦ってるのよ!」
「だからこそ危ういの。」
ノアは目を伏せる。
「理想のために現実を壊す――それが、超越者の宿命。」
夜風が吹く。
ユウキは剣を地に突き立て、歯を食いしばった。
「じゃあ、どうすればいい。
理想を捨てろっていうのか?」
「それが最も確実な方法。」
ノアの瞳が一瞬だけ揺らぐ。
「けれど――貴方が選ぶなら、私たち〈神界〉は見届ける。
神も、人も、魔も、理想の結末を。」
彼女の姿が光の粒となって消えていく。
静寂の中に残されたのは、ユウキとリリアの二人だけ。
「ユウキ……。」
ユウキは小さく笑った。
「……やっぱりな。俺がこの力を得た時から、どこかでわかってたんだ。
“理想には、代償がある”って。」
リリアはその手を握る。
「でも、あなたは一人じゃない。
理想を貫くなら――私が、支える。」
ユウキはその言葉に、かすかに笑みを浮かべた。
「ありがとう。……俺は、まだ進む。
たとえ、魔王が俺自身だとしても――」
夜空に浮かぶ月が、静かに輝く。
その光の下で、ユウキの瞳が蒼く燃えた。
「俺は、俺の理想を超えてみせる。」




