精霊都市アルセリアと蒼天の帝
風が吹く。
その風は、森を渡り、山を越え、世界の彼方へと流れていく。
ワクラ・ユウキとリリアは、光の聖域を後にしていた。
彼らの目的は、精霊都市〈アルセリア〉。
そこには“世界樹の心臓”と呼ばれる巨大な魔力源があり、
次なる魔帝の気配が感じられるという。
「……静かすぎるな。」
ユウキが呟く。
「アルセリアは外界から遮断されているの。」
リリアの声は穏やかだが、その奥には微かな警戒があった。
「本来は精霊とエルフの楽園。でも今は違う。
〈蒼天のグラディウス〉――五大魔帝の一人が、都市を支配している。」
ユウキは息を呑む。
「奴が、次の相手か。」
「ええ。彼は“空の支配者”と呼ばれた元天使族。
堕天した後、蒼穹の理を歪め、魔王に忠誠を誓った。」
二人が辿り着いたのは、霧に包まれた幻想の都だった。
高くそびえる塔、浮遊する石橋、そして空を泳ぐ精霊たち。
だが――その美しさは、どこか異様だった。
精霊たちは鎖で繋がれ、無理やり魔力を吸われている。
リリアの表情が曇る。
「……彼らは、同胞。こんな……。」
ユウキは拳を握る。
胸の奥で、何かが疼いた。
“超越世界”の紋章が微かに光り、
この光景を――拒絶するように脈打つ。
「リリア、俺が行く。」
「待って、ユウキ。彼の領域に入れば、空間そのものが彼の支配下になる。
常識の通じない戦場よ。」
「構わない。俺は、“理想の未来”を描くために来た。」
ユウキの瞳に、再び蒼光が灯る。
――その時、空が裂けた。
青白い雷が天を走り、雲間から巨大な影が降臨する。
銀の翼、青の甲冑、そして冷徹な瞳。
「……ようやく来たか。人間の“超越者”。」
低く響く声。
〈蒼天のグラディウス〉が、空中に降り立つ。
その一振りで、周囲の空気が凍りついた。
「俺は“蒼天”の理を司る者。
この地に踏み入る者、すべて天の審判に値する。」
ユウキは剣を抜く。
「理なんて関係ない。お前が支配してる限り、この空は死んでる。」
グラディウスが微笑む。
「理想を語るか。……貴様もまた、神の模倣者だ。」
次の瞬間、風が弾け、光が交錯した。
空間が反転する。
地が天となり、天が地となる。
まるで空そのものが意志を持ったように、ユウキを押し潰そうとする。
「くっ……! 身体が……重い!」
「彼の“天界結界”よ!」
リリアが叫ぶ。
「空を支配することで、すべての存在の“重力と因果”をねじ曲げてるの!」
グラディウスの翼が広がる。
無数の雷光が剣となって降り注ぐ。
ユウキは剣を構え、地を蹴った。
「――“超越世界”ッ!」
世界が一瞬、静止する。
光が道となり、未来の一瞬を指し示す。
――リリアが倒れる未来。
「……ッ!!」
ユウキはその場から飛び出した。
閃光のように駆け、リリアを抱き寄せる。
その直後、彼女のいた場所に雷撃が落ち、地面が抉れた。
「どうして……わかったの?」
「俺には“理想の道”が見えるんだ。たとえ、俺自身が壊れてもな。」
グラディウスの瞳が細められる。
「ほう……それが“超越世界”か。ならば見せてみろ、
理想を掲げる者の、最期の姿を。」
雷光と蒼光がぶつかる。
天地が裂け、空が悲鳴を上げる。
ユウキの剣がグラディウスの翼を斬り裂き、
しかし、その瞬間――胸の紋章が再び砕け始めた。
“存在の限界”。
理想を描きすぎた代償が、今、訪れる。
リリアの声が届く。
「ユウキ……もう、やめて……!」
「やめられない。俺は、まだ――描いてない!」
彼の身体が光に包まれる。
未来の道が、無数に広がり、そしてひとつに収束する。
「俺の理想は――この世界に、希望を残すことだッ!!」
剣が、蒼天を貫いた。
光が爆ぜ、風が世界を吹き抜ける。
空を覆っていた闇が晴れ、鎖で縛られていた精霊たちが解放されていく。
グラディウスは、崩れ落ちながら微笑んだ。
「……愚かなる人間よ。だが、美しい。
貴様の理想が、この空を――動かした。」
そう言い残し、彼は光となって消えた。
静寂。
空は青く澄み、風が優しく流れていた。
ユウキは地に膝をつき、血を吐く。
リリアが駆け寄る。
「ユウキ! 傷が――!」
「……大丈夫だ。まだ、生きてる。……たぶんな。」
彼は笑った。
リリアは彼の手を握る。
その手は温かく、確かな“現実”だった。
「あなたの理想……少し、信じてみたくなった。」
ユウキは目を閉じ、空を仰いだ。
青い空。その中に、かすかな光の線が見えた。
まだ、道は続いている。




