もう一人の僕と、光の賢者
――暗闇。
そこには、光も音もなかった。
ワクラ・ユウキは、虚無の中に漂っていた。
確かに“虚骸のベルゼナ”と戦っていたはずだ。
そして最後の一撃で、光が世界を裂いた――
その先の記憶は、ない。
「ここは……どこだ?」
声が、吸い込まれる。
返事はない。代わりに、背後から“自分の声”が響いた。
『ここは、お前が創った世界だよ。』
振り向くと、そこに“もう一人のユウキ”が立っていた。
彼と同じ姿、同じ声。だが、瞳の色だけが違う。
その瞳は深い蒼ではなく、光の欠けた灰色だった。
「……お前、誰だ?」
『俺は――“もう一つの未来”だ。』
ユウキは息を呑んだ。
男はゆっくりと手をかざすと、空間に幾つもの光の線が現れる。
それは、分岐する無数の“道”だった。
『お前は“超越世界”を使いすぎた。
理想を描き続けた結果、現実の可能性を食いつぶしてる。』
「食いつぶす……?」
『未来は一本じゃない。お前の理想が“選ばれなかった未来”を殺していくんだ。
その代償が、お前自身。』
ユウキは拳を握る。
「それでもいい。俺は……誰かの絶望を見捨てるくらいなら、壊れても構わない。」
『お前は優しすぎる。……だから、世界を滅ぼす。』
その瞬間、灰色のユウキが剣を抜いた。
その刃は黒い光を纏い、現実そのものを裂くように軋む。
『俺が、お前を止める。』
光と闇が衝突した。
時間も空間も溶けるような戦い。
ユウキは全力で相手の刃を受け止めながら叫ぶ。
「俺は、間違ってなんかいない! “理想”は、俺のすべてだ!」
『理想に囚われることが罪だとしたら――?』
「それでも、俺は進む!」
その瞬間、ユウキの胸に蒼い紋章が浮かぶ。
それは、彼の“超越世界”の核。
だが、次の刹那――それが砕けた。
世界が崩壊する。
空間が砕け、ユウキの足元が溶け落ちていく。
視界が暗転し、意識が遠のいた――
――そして、柔らかな風が頬を撫でた。
ユウキは目を開ける。
そこは、緑と光に満ちた聖域のような場所だった。
澄んだ湖と、光の樹。
そして、その前に立つ一人の女性。
「やっと……目を覚ましたのね。」
彼女は長い銀髪を風に揺らし、エメラルドの瞳でユウキを見つめていた。
白と金のローブを纏い、静かに微笑む。
「あなたが――“超越者”ね。」
「……あんたは?」
「私はリリア。エルフ族最後の〈叡智の継承者〉。
この世界の“理”を護る者よ。」
ユウキは身体を起こしながら、視線を落とす。
胸の紋章が、かすかに光を失っていた。
「……俺は、力を……失ったのか?」
「いいえ。失ったのではなく、“還った”の。
あなたの力は、世界の理を超えすぎた。
本来なら、あなたという存在は今ここにいない。」
ユウキは拳を握る。
「それでも、俺は戦わなきゃならない。魔王を倒すために。」
リリアは少しの沈黙の後、微笑んだ。
「……あなたは愚か。でも、綺麗な愚か者ね。
だったら、私が力を貸す。あなたが“道”を見失わないように。」
「助けてくれるのか?」
「助けるとは違う。――“共に歩む”の。」
その言葉に、ユウキは僅かに笑った。
「なら、よろしく頼む。リリア。」
リリアは杖を掲げ、蒼い魔法陣を展開した。
「行きましょう、ユウキ。
“虚骸のベルゼナ”はまだ生きている。
そして――五大魔帝の残り四体も、動き出している。」
ユウキは剣を握り直した。
その瞳には、もう迷いはなかった。
「俺は、理想を描く。何度でも――この世界のために。」




