導きの光と代償の影
紅翼の魔帝アスモデウスを討ち倒したその日から、ワクラ・ユウキの名は小さな街〈ルーベル〉の人々に広まりはじめた。
「異界の勇者」「紅翼を討った者」――称賛と畏怖、両方の声が彼に向けられる。
だが、当の本人は静かに宿のベッドに身を沈めていた。
「……やっぱり、使いすぎたな。」
全身に走る鈍い痛み。
“超越世界”を発動するたび、身体の内側から命が削られるような感覚が襲う。
理想を描きすぎれば、現実の理が耐えられなくなる――そんな“歪み”が、確かに存在していた。
翌朝。
ユウキは街の中心にある〈冒険者ギルド〉を訪れた。
木造の大きな建物には、武器を背負った戦士や魔導士が行き交い、活気に溢れている。
受付に立つ金髪の女性が、穏やかに微笑んだ。
「初めての登録ですね? お名前をどうぞ。」
「ワクラ・ユウキ。……一応異世界から来たらしい。」
女性は一瞬驚いたように目を見開くが、すぐに柔らかく頷いた。
「異界の来訪者……噂は聞いています。
アスモデウスを倒したという――あなたですね?」
「……まぁ、運が良かっただけだ。」
「運だけで魔帝を討てる人はいませんよ。」
女性は名を名乗った。「私はセラ。ギルドの副受付です。よろしくお願いします。」
登録を終えると、背後から軽い声が飛んできた。
「おーい、そこの兄ちゃん! 噂の“紅翼殺し”ってお前か?」
振り返ると、銀色の髪を持つ獣人の青年が立っていた。腰には双剣。瞳は金に輝いている。
「俺はライガ・フェンリス。獣人族の冒険者だ。強いやつと組むのが好きでな。」
「俺と組みたいってことか?」
「ああ。お前の戦い、見てみたい。」
軽口のようで、その瞳には戦士としての誇りが宿っていた。
ユウキは少し笑い、手を差し出す。
「いいだろう、ライガ。俺はユウキ。……魔王討伐を目指してる。」
「ほう……でっかい夢だな。面白ぇ!」
数日後、ユウキとライガは初任務として、近郊の“黒哭の森”に向かう。
そこには魔族の残党が潜んでいるとの情報があった。
森の奥は、昼でも薄暗い。木々の間を抜けるたび、冷気が肌を刺す。
ユウキは慎重に進みながらも、頭の片隅にある違和感を拭えなかった。
――なぜ、あの時アスモデウスの力を“見通せた”んだ?
彼の能力〈超越世界〉は“理想の未来への道を切り拓く”力。
だが、戦闘の最中、ユウキは確かに“敵の死の瞬間”を見た。
まるで未来そのものを覗き見たように。
その瞬間――脳裏に閃光が走る。
「うっ……!」
頭痛。視界が歪む。
見えた。
――ライガの背後に迫る、黒い影。
「ライガ、伏せろッ!!」
叫ぶよりも早く、ユウキの身体が勝手に動いた。
光が弾け、黒い槍が彼の肩を貫く。
血が舞い、時間が止まったように感じた。
「ユウキッ!? 何してやがる、てめぇ!」
「……くそ、また勝手に“道”が……!」
目の前に立つのは、黒いローブを纏った魔族。
その額には魔紋が刻まれ、周囲の魔力を吸い上げている。
「人間……まさか、貴様がアスモデウスを……?」
「そうだ。……次はお前か?」
「我は五大魔帝の一人、“虚骸のベルゼナ”。」
重圧が空気を押し潰す。
五大魔帝――魔王直下の存在。
その一人が、なぜここに。
ユウキは立ち上がる。
肩から流れる血を抑え、ゆっくりと剣を構えた。
「……“理想の未来”は、まだ折れてない。」
光が走る。再び、〈超越世界〉が発動する。
だがその瞬間、彼の脳裏にもう一つの声が響いた。
『――その力を使えば、君の“存在”が削れる。』
視界に現れる“もう一人の自分”。
白い光の中で、淡く微笑んでいた。
「お前は……誰だ?」
『君自身だよ。未来を創りすぎた結果、分岐した“もう一つの可能性”――
君が理想を描くたび、現実は一つずつ壊れていく。』
「そんなもの、知ったことか。俺は……俺の理想を貫く!」
ユウキの叫びと共に、世界が再び光に包まれた。
光と闇が交錯し、虚骸の魔帝ベルゼナが咆哮を上げる。
「ならば証明してみせよ! 貴様の理想とやらを――!」
そして、光が弾けた。
森全体が爆ぜ、空を裂くような閃光が走る。
遠くルーベルの街からも、その光は見えたという。
だが――その夜、ユウキの姿はどこにもなかった。




