エピローグ
光が満ちる。
かつて灰となった大地が、ゆっくりと緑を取り戻していった。
山には雪が降り、森には風が通い、
人々は再び火を灯し、笑い合う。
――ワクラ・ユウキは、その光景を見下ろしていた。
長い戦いの末、彼が救った世界。
超越の力は消え、肉体も限界を迎えたが、
“理想の未来”という灯は確かに息づいている。
「……これが、俺たちの選んだ未来か。」
かつての仲間たちは、それぞれの道を歩き出していた。
リリアは王都で新たな秩序を築き、
アイゼルは魔族と人間の融和を進め、
そして、失われたはずの地――〈魔界辺境〉にも、新しい命が芽吹いていた。
それは、まるで世界そのものが“再生”を望んでいるかのようだった。
だが――静けさの裏で、何かが“うごめいて”いた。
夜、風のない森の奥。
かつて炎帝マルバスが治めていた火山地帯の裂け目から、黒い靄が溢れ出す。
その靄は、生き物のように地を這い、やがて森の獣たちの瞳に宿った。
小動物が唸り、鳥が空を裂くように飛び立つ。
そして一匹の狼が月に吠えると――
その遠吠えが、異様に長く、低く、響いた。
まるで、何かを呼び覚ますように。
「……感じるか? ユウキ。」
風の中で、微かに声が聞こえた。
エラーのものではない。
もっと底の深い、どこか古代の“原初”に似た声。
ユウキは剣を握る。
「……世界の歪みが戻り始めてる。」
理想の世界に“綻び”が走る。
それは、確かにエラーの干渉とは違う。
――もっと、根源的な異変。
王都の外れ。
冒険者ギルドに緊急報告が相次ぐ。
「北部の森で魔物の群れが異常発生!」
「東の砂漠に、竜種の亜種が複数現れた!」
「魔力濃度の変化が……まるで“呼吸”しているみたいだ!」
調査に向かった探索者たちは、口々にこう報告した。
> 「魔物たちの瞳が――“何か”に怯えている。」
怯え、暴れ、逃げ惑う。
やがてそれが連鎖し、群れが群れを呼び、
“世界規模”の移動が始まった。
人々は、それをこう呼んだ。
――〈魔物大暴走〉。
その異変を、誰よりも早く察知したのは、ユウキだった。
王都の塔で夜空を見上げる彼の瞳に、光が宿る。
「この魔力の流れ……まさか、世界が“呼び戻して”いるのか?」
その瞬間、風が吹く。
懐かしい声が、頭の奥で囁いた。
> 「……また、退屈が終わりそうだな。」
ユウキは微笑む。
「エラー……見てるのか。」
空の果てに、微かに八重の光輪が瞬いた。
それは、まるで――「再会の予兆」。
ユウキは剣を腰に差し、王都を後にする。
「もう一度、世界を守るために。
そして――お前との約束を果たすために。」
夜明け。
地平線の向こうで、黒い影がうねり始める。
獣の群れ、竜の影、巨人の咆哮。
それらは、ひとつの意思に導かれるように進行していた。
“何か”が、世界の深層で目覚めたのだ。
それは、八世界すら観測できなかった“原初の力”。
――それを、人々はまだ知らない。
ただ、この日を境に、
歴史は再び“戦乱の時代”へと突き進むことになる。




