魔王、そしてもう一人の俺
――光の扉を越えた先は、静寂の世界だった。
白でも黒でもない。
色という概念が存在しない“原初の空間”。
すべての始まりにして、すべての終わり。
ユウキとリリアは、足を踏み出すたびに“世界が形づくられていく”のを見た。
それは〈超越世界〉の最深部――理想の起点。
そして、その中心に。
一つの玉座があった。
玉座には、ひとりの男が座していた。
ユウキと同じ顔。
だがその瞳は、宇宙のように深く、冷たい。
「……ようやく来たか、ワクラ・ユウキ。」
男が立ち上がる。
声も、表情も、呼吸までもが――自分と同じだった。
「お前は……誰だ?」
問いかけるユウキに、男は静かに笑った。
「俺の名は〈ユウキ=イデアル〉。
神の創造した、最初の“理想の勇者”だ。」
その名を聞いた瞬間、ユウキの心が震えた。
――イデアル。
ベルゼナの記憶に出てきた“神”と同じ名前。
「……まさか、お前が神イデアルなのか?」
「違う。」男は首を振る。
「俺は神に創られた“原型”だ。
神々が理想の人間を創るために作った最初の転生者。
そして……お前は、俺の“最後の継承者”だ。」
リリアが息を呑む。
「最初と最後の……勇者……?」
玉座の周囲に、光の文様が浮かぶ。
それは古代神文字――転生のコードだった。
「神々は“理想の世界”を求めて、無数の人間を転生させた。
理想を描くたびに、その未来を観測し、データとして蓄積した。」
ユウキは言葉を失う。
神々の創った世界は、理想のための実験場。
転生者は、神の創造を進化させる“素材”だった。
「だが――誰も完璧な理想には辿り着けなかった。」
「だから神々は、“理想そのもの”を人間に埋め込んだ。」
男は胸を叩いた。
「それが、〈超越世界〉という力だ。
未来を描く力ではなく、“神の理想を強制的に実現する力”。」
ユウキの手が震える。
「……俺の力は、神の理想を押し付けるためのものだったのか。」
「そうだ。
だが、お前は“理想を自分の意志で描いた”。
それが、神にとっての誤算だった。」
ユウキは静かに目を閉じた。
思い出すのは――
仲間、失った者、そしてベルゼナ。
「俺は、神の理想なんて興味はない。
俺が見たかったのは、人が願う“未来”だ。」
男――イデアルの瞳に、わずかな光が宿る。
「それが、お前の“人間らしさ”か。
だが、それこそが世界を壊す。
理想を自由に描く人間など、神々は許さない。」
「だったら、神ごとぶっ壊す。」
ユウキは剣を構えた。
その刃が光る。
〈超越世界〉――その理想の象徴が、彼の手の中で脈動する。
「俺の理想は、誰かの犠牲の上じゃない。
“すべての命が選べる世界”だ!」
イデアルが右手を掲げると、世界が反転した。
無数の記憶、転生の断片が光の粒となって舞い上がる。
「見ろ、ユウキ。
これが、お前たちが歩んできた理想の屍だ。」
「……違う。」ユウキは剣を掲げる。
「それは屍じゃない。“軌跡”だ!」
刃がぶつかる。
光と闇が爆ぜ、世界が裂ける。
理想と虚無が交差し、無限の可能性が混ざり合う。
その中で、ユウキの声が響いた。
「俺はお前だ。お前は俺だ。
だが、俺は“理想を諦めない俺”だ!」
イデアルの瞳が揺れる。
「ならば証明してみろ。
理想が絶望を超えられるということを!」
世界が――白く、爆ぜた。
光の中で、ユウキとイデアルの剣が交わる。
そして、同時に叫んだ。
「〈超越世界〉――終極顕現!!」
爆光が世界を貫く。
時間も因果も、理想も絶望も、すべてが融け合う。
その中で、ユウキは見た。
ベルゼナ、ルミエル、アスモデウス、マルバス――
皆が、微笑みながら彼の背を押していた。
(ありがとう。俺は行くよ。)
ユウキの剣が、イデアルの心臓を貫く。
しかし、同時に自分の胸にも痛みが走る。
イデアルが微笑む。
「……やはり、俺はお前で……お前は、俺か。」
「そうだ。
理想も絶望も、全部含めて“俺”だ。」
イデアルの身体が光に変わる。
「ならば、進め。最後の勇者よ。
神々の理想を超える、“人の未来”を。」
光が弾け、静寂が訪れた。
目を開けると、リリアが涙を流していた。
「……ユウキ、終わったの?」
ユウキは空を見上げ、微笑んだ。
「いや……始まったんだ。
今度こそ、“本当の世界”が。」
空に光が満ちる。
誰かの理想ではなく、無数の命が描く未来の光。
それが、新しい世界を形づくっていく




