〈虚骸の記憶〉 ― 神々の嘘と勇者の終焉
――虚骸の王ベルゼナが消滅した後。
ユウキの周囲は、白い霧に包まれていた。
時間も空間も意味を失い、ただ意識だけが漂っている。
(……ここは、どこだ?)
手も足もない。
ただ思考だけが、静かに浮かんでいる。
すると、霧の中から声がした。
――《これが、お前の“前任者”の記憶だ。》
光が走り、映像が流れ込んでくる。
まるで夢のように――いや、現実そのもののように鮮明だった。
■ 一:かつての異世界転生者 ― ベルゼナ・クロウ
まだ若かった。
名前も“ベルゼナ”ではなかった。
彼の本当の名は、黒羽ナオト。
日本の大学に通っていた普通の青年。
交通事故で命を落とし、次に目を覚ました時には、白い空間にいた。
そこで出会ったのが、“神”を名乗る存在。
「我はこの世界の創造主、イデアル。
お前を〈転生勇者〉として新世界に遣わす。
使命は一つ――“理想郷”を築くことだ。」
ナオトは、何も疑わなかった。
異世界転生。チート能力。勇者。
子供の頃に憧れたすべてが現実となったのだから。
授けられた権能は――
〈神授世界〉。
“神の理想を現実にする”能力。
そして、彼は新たな世界に降り立った。
■ 二:理想郷の崩壊
最初は、すべてが順調だった。
ナオトは多くの人を救い、魔族を討ち、神殿からは“救世主”と呼ばれた。
世界は平和に近づいていた。
だが、ある日を境に、彼の心は崩れ始める。
ある村を魔族の襲撃から救った翌日――
彼はその村の焼け跡を見た。
村人たちは、神殿騎士に殺されていた。
「魔族に汚染された者は“理想郷”にふさわしくない」
それが神の命令だった。
彼の“理想”が、神によって歪められていた。
〈神授世界〉の力は、神の望む“理想”しか現実化できない。
神が「不要」と決めた命は、救えない。
「……これが、理想郷か。」
その日から、ナオトは神を信じるのをやめた。
そして彼は“理想”を捨て、“虚無”を受け入れた。
■ 三:魔王との契約
彼が神を拒絶したとき、暗闇が声をかけた。
「我は、“魔王”。
神々に切り捨てられた理想の残滓。
お前の絶望、よくわかる。」
ナオトは微笑んだ。
「……なら、俺の理想の“反対”をくれてやる。」
魔王は応えた。
「では、お前に名を与えよう。
虚無の骸を意味する名――〈ベルゼナ〉。」
その瞬間、神の加護が剥がれ落ち、黒い霧が彼の身体を包んだ。
神の勇者は死に、虚骸の王が生まれた。
■ 四:虚骸の王の真実
ユウキの意識が震える。
ベルゼナの記憶は、途切れることなく流れ続けた。
神の世界の上層に存在する“転生システム”。
それは、神々が異世界の魂を呼び寄せ、“理想の実験”を繰り返す装置だった。
転生者は、神々にとって“理想の器”――
神の意志を人間世界に浸透させるための“媒介”にすぎなかった。
そして、失敗した転生者は、“虚骸”として廃棄される。
だがその一部が、世界の裏側で形を持った。
それが――〈五大魔帝〉の原型。
ベルゼナが呟く。
《俺たちは、神が捨てた理想の亡霊なんだ。》
■ 五:ベルゼナの願い
映像の最後。
ベルゼナは荒れ果てた世界の中、ひとりの青年を見つめていた。
まだ見ぬ誰か――それが、ユウキだった。
《もし、いつかまた“転生者”が現れたら――》
《願わくば、俺のように絶望に沈まず、理想を超えてほしい。》
《俺の終わりは、始まりであってほしい。》
その言葉と共に、記憶は途切れた。
ユウキは、静かに目を開けた。
頬を伝う涙が、熱い。
「ベルゼナ……お前は、最初から……俺を待ってたんだな。」
彼の心の奥で、〈超越世界〉の力が静かに波打つ。
理想も絶望も、すべてを繋ぐ光がそこにあった。
リリアの声が遠くから届く。
「ユウキ……? どうしたの?」
ユウキはゆっくり立ち上がり、微笑んだ。
「行こう、リリア。
ベルゼナが残した道の先に――魔王がいる。」
そして、彼は歩き出した。
“理想”と“虚無”の狭間を越えて。




