彼女のリズムで
彩花のアパートのドアを、真哉はそっと開ける。ノックに気づかない彼女の部屋は、カーテンが閉まり、薄暗い。ベッドの上で、彩花が小さく縮こまっている。長い黒髪が顔を覆い、か細い声が漏れる。
「…あ」
真哉は彼女の視線に気づき、軽く笑う。
「よぉ」
彩花は目を合わせたまま、ゆっくりと瞬きをする。体を少し動かし、ベッドの上で小さく縮こまる。
「…ん」
「ご飯食った?」
彩花は視線を下に落とし、布団に顔を埋める。
「…まだ」
「何か食べたいものある?」
「…お茶だけでいい」
真哉は少し首を振るが、優しく続ける。
「いや、食べないと」
彩花は布団に顔を埋めたまま、小さな声で呟く。
「…食べたくない」
「なんで?」
「…どうせ、また吐くから」
真哉は一瞬言葉に詰まるが、穏やかに提案する。
「うどんとかにしてみる?」
彩花は布団から少しだけ顔を上げ、か細い声で答える。
「…温かいの、ちょっとだけなら」
「うん、じゃあうどん作るね」
真哉はキッチンに向かい、鍋を火にかける。彩花はベッドからゆっくりと起き上がり、キッチンの方をじっと見つめる。スープの香りが、部屋に広がる。男はうどんを二つ運び、彩花の前に置く。
「よし、うどん出来たよ」
彩花はうどんを見つめ、鼻を小さく動かす。
「…いい匂い」
「ゆっくりでいいから、よく噛んで食べなよ?」
彩花は箸を持ち、少しずつうどんを口に運ぶ。
「…うん」
「後、出汁も薄めにしておいたから」
彩花のか細い声に、安心したような表情が混じる。
「…おいしい」
真哉は笑顔になり、声を弾ませる。
「…でしょ!?」
彩花は小さく微笑み、目を潤ませる。
「…久しぶりに...温かいもの食べられた」
「やったじゃん」
彩花はもう一口すすり、涙ぐむ。
「…うん。ありがと...」
「いいよいいよ。こっちこそ、作ったもの喜んで食ってもらえてありがとう!」
彩花は不安そうな目で真哉を見つめ、呟く。
「…また、作ってくれる?」
「おう!当たり前じゃん」
彩花は少し安心したような表情で、うどんをすする。
「…ほんと?」
「本当、本当。最近結構料理ハマってるの」
彩花は少し興味を示すような目で真哉を見つめる。