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第32話 近衛騎士隊への提案

「それで、お願いってなんですか?」


僕がそう聞くと、リシェは一度周囲を見回してから口を開いた。


「実はね、講座に依頼が来ているの」


「依頼?」


「王国近衛騎士隊からよ」


僕は思わず眉をひそめた。

リシェの口から出てきたのは、王国騎士団の中でも精鋭だけが集められている、王国最高の騎士たちの部隊の名前だ。


どうやらその近衛騎士隊が、新たな魔法を取り入れようとしているらしいとのこと。


「それで、学舎の全部の魔法講座に依頼が来たの。『近衛騎士隊員が習得するにふさわしい魔法』を提案してほしいって」


「全部の講座に?」


「ええ。プペシュ魔法学講座はもちろん、他の魔法講座も、全部よ」


まさか、『魔力でお絵かき講座』にも依頼が行ってるんだろうか。

さすがにそれはないよね?


横でエドが面白そうに笑った。

「へえ、面白そうじゃん」

僕は正直、あまり面白そうには思えなかった。むしろ、面倒な匂いしかしない。

だけどリシェは違っていて、目をきらきらさせていた。

「これはチャンスだと思うの」

そう言って、彼女はぐっと拳を握った。


「アシュ魔法学講座、今のままだと今年度でなくなる可能性があるのは知ってるでしょ?でも、もしウチから魔法を提案して、それが近衛騎士隊に採用されたらどうなると思う?」


「……評価は上がるでしょうね」


「そう。実績になるし、評判にもなるのよ。近衛騎士が使う魔法ってことになれば、生徒も増えるかもしれないじゃない」


確かに理屈としては間違っていない。

でもさ、魔法あるの?


「リシェ先生、アシュの魔法は、そんなにすぐ提案できるんですか?」


僕がそう聞くと、リシェは少し困った顔をした。


「それがね……」


彼女は懐から一冊の手帳を取り出した。

小さな革表紙の手帳で、ページの端はすっかり使い込まれている。


「聖教国にある魔法書を家族みんなで解読してるんだけど、これがなかなか進んでなくて。魔法書がたくさんありすぎて、どんな魔法があるかも整理できてないのよ」


「そんなにたくさんあるんですか」


「ええ。アシュ魔法学百年の成果の魔法書が全部、無傷で出てきたから。もちろん喜ばしい話なんだけどね。おじいちゃんの件があって私は急いでこっちに戻って来たから、内容がわかっている魔法の一部と、未解読の魔法の一部をこの手帳に書いてきただけなのよ」


そう言って手帳を開く。


中には、びっしりと文字が書き込まれていた。

魔法の詠唱や術式のようなものが、細かい字でぎっしり並んでいる。


「全部を習得できているわけじゃないの。習得できていない魔法も、そのまま書くだけ書いて持ってきたの」


リシェは少し申し訳なさそうに言った。


横からエドがのぞき込む。


「これ全部魔法?」


「そう。魔法書から写したもの」


「すげえな」


僕も横からちらりと手帳を見た。


……なるほど。


ぱっと見ただけでも、いくつか気になるところがある。詠唱の区切りが微妙に違っていたり、文字が間違っていたり。魔法書を読みながら書き写したのだろうけどね。

大体、魔法書って全部読まないと不完全になっちゃうんだよ。

呪文だけなら誰だって覚えられるんだ。

魔法を唱えるために必要な準備とか状態とか、大切なことが魔法書に書いてあるんだけどな。

もっとも、それを今ここで指摘するわけにはいかない。何で知ってるの?ってなっちゃう。

保護魔法で無理だって聞いたけど、魔法書ごと持ってくればよかったのになあ。


そもそも、魔法書ってなんであんなに分厚いんだろうって思ったことはないだろうか。

呪文だけなら紙一枚で済みそうなものなのに、実際の魔法書は辞書みたいな厚さをしているでしょ。

それは呪文だけじゃなくて、いろいろな情報が書いてあるからなんだ。


この世界の強い魔法は、人間が自分の魔力だけで現象を起こしているものではなく、神様だったり、悪魔だったり、精霊だったり、そういう存在に言葉を届けて、魔力と引き換えに現象を起こしてもらう仕組みになっている魔法が多い。

そういう存在は、人間よりもずっと効率よく現象を起こすことができるんだ。


たとえば、人間は変換効率がとても悪くて、直接自分の魔力を100使って起こせる現象がわずか10だとすると、エルフだったり魔族は30だったり50だったりする。ところが神様なら100の魔力で100どころか、時には1000や10000の現象を起こすことだってある。

だから強い現象の発生を望むなら、人間が自分の魔力でやるより、そういう存在にお願いする形になるんだ。


ただし問題がある。

相手が神様でも精霊でも、彼らにちゃんと伝わる形でお願いしないといけないんだ。

自分たちが話す言葉がそのまま伝われば話は簡単なんだけどね。

だけど、この世界でよく(あが)められている神様は、暴発が起きないようにとかの理由もあると思うんだけど、なかなか強い現象を起こしてくれないんだ。簡単な魔法は手伝ってくれるんだけどね。


じゃあ、どうするかというと、今はもう忘れられた古い神様や悪魔にお願いするんだ。

かれらは、現在の状況に何の責任もないんで、強い魔法も結構やってくれちゃう。

なら強い現象を引き起こすお願いは、みんな古い神様にお願いすればいいじゃんかってなるんだけど、ところが話はそう簡単じゃないんだ。


古い神様や名もなき精霊の多くは、僕たちが日常で使っている言葉なんて理解してくれない。

彼らが生きて地上で暮らしていた当時に使われていた言葉しか知らないんだ。


だから、その存在にこちらの希望を伝えるためには、彼らに通じる言葉や印、場合によっては音楽なんかを使って説明しないといけないんだ。


古い神様の魔法を求めるなら、古い言葉をちゃんと勉強しないといけないってことになる。

日本の学校で例えるなら、国語だけじゃなくて古文や漢文、それに英語のほか、英語古文やラテン語なんかまで色々勉強しなくちゃならないってことなんだ。


たとえば、今はもう地上から去った古神オディンにお願いするなら古ノルト語だし、主がいなくなって神殿だけが残る古神アポロにお願いするなら古グレツィヤ語とかでお願いしないといけない。

彼らが知らない言葉でむにょむにょ言っても、無視されて終わりってことさ。

もちろん、強い魔力や技術、努力やらで言葉の壁を跳び越す方法もあるけど、やっぱり、相手がわかる言葉できちんと伝えるのがいいよね。


さらに、魔法書にはどういう場所や状況でその魔法が発生しやすいのか、どんな準備が必要なのか、そういう条件も全部書いておく必要があるんだ。上位の強い魔法であるほど、制限や要求が強くなる傾向があるよ。

雪山で火の精霊を呼び出しても喜ばれないってのはわかるよね。

少なくとも火がたくさん焚いてあったりしないとだよ。


それでも詠唱が成功する仕組みが完全にわかっていない魔法は多いんだ。

「何でこれ成功したんだ?」っていう魔法が山のように残ってる。


有名なところだと、大規模蘇生魔法。

戦争で負けそうな軍なんかでつかうと倒れてる兵士がみんな生き返るという、一発逆転の大魔法だ。


ところがこれが、成功したりしなかったりする。

しかも、なぜ成功したのか、いまだに理由が解明されていないという……。

だからこの魔法は、奇跡だとか神の気まぐれだとか、いろんな説がある。


そういう不確定要素のある魔法の魔法書には、「この時、この場所で、この詠唱で、この状況なら成功した」という実例と同じように、「失敗した」時の記録まで記されている。


他にも、魔法を使った人間の能力や経歴まで関係してくることがあるから、その情報まで書き残されることになるんだ。


そうやって条件だの実験記録だのが積み重なっていくうちに、魔法書はあんな分厚い本になってしまうわけだ。


呪文だけ覚えて「唱えれば使えるだろう」と思うのは簡単だけど、実際はその裏に山ほどの情報が詰まっているのさ。

魔法書ってのは呪文集じゃなくて、ほとんど研究記録なんだよ。

だから魔法書はちゃんと読んだほうがいい。というか、読んでほしい。


――と、魔法書を残した魔術師の中でも、いくつもの名著を残した名誉ある大魔導士として言わせてもらうならば、ね。

まあ、名著というのは自己評価だけど。


……ああ、そうだった。

リシェの手帳を見ていたんだ。呪文だけ書いてある手帳を。


僕はただ静かにページを眺めた


「それでね」


リシェが言った。


「セディに手伝ってほしいの」


「手伝う?」


「私が覚えた魔法を急いで教えるし、それから、まだ習得していない魔法も一緒に試して使えるようにして欲しいの。できるようになった魔法の中から近衛騎士隊にふさわしい魔法があればそれを提案したいのよ」


なるほど。

理屈はわかる。


わかるけど、それは目立ったりしないだろうか。

皆があまり知らない魔法を覚えるってヤバくないか?

どう考えても、静かに暮らしたい人間が近づく話ではない。


リシェは真剣な顔で言った。


「お願い、セドリック」


そう言って、彼女は少し頭を下げた。


「講座を守りたいの」


その声には、本気の気持ちがこもっていた。

アシュ魔法を残したい。講座をなくしたくない。

そういう思いが、はっきり伝わってくる。真面目なええ子や。


……困った。


こういう頼み方をされると弱い。

横でエドがにやにやしている。


「面白そうじゃん」

「気楽ですね」

「そりゃ面白いほうがいいだろ」


僕は小さくため息をついた。


「……わかりました」


リシェの顔がぱっと明るくなる。


「本当?」


「ただし、条件があります」


「条件?」


「僕が手伝ったことは内密に」


「もちろんいいけど、なぜ?」


「あのですね。実は僕、地味な役人になりたいんです。地方勤務の気楽な。だからあんまり目立った行動はしたくないんですよ」


「え、どうして?あなた、魔法の素質が凄いじゃない。宮廷魔術師にだってなれると思うわよ」


「いやあ、そういう仕事に興味ないんですよ。父には騎士になれって言われてますけどそれも避けたいんです」


「……余計なお世話かもしれないけど、あなたくらい魔法の才能があるなら魔導士として国に仕えることはもちろん、魔法戦士だったりそれこそ近衛騎士隊にだってなれると思うんだけど。冒険者として名を上げることだってできると思うわ。もったいないんじゃない?」


「うーん、安心安定のお役所勤めが希望なんですよ」


「お役所?この国の?いまは戦乱の時代だから役所なんて不安定だと思うけど」


「え、今って戦乱の時代なんですか?」


「そうだぞ」

チャラ男が会話に参入。


「東ではオーク族が勢力を伸ばしてきていてエルフ族も交えて小競り合いが始まっているし、西では神聖帝国が内乱の真っ最中だ。その余波にこの国がいつ巻き込まれるかわからない」

真面目な顔でチャラ男がチャラくないこと言ってる。

なんだこいつ。


「そうよ、私も聖教国からここまで旅をする間、治安が悪くて悪くて、本当に危なかったのよ。地方領主の小競り合いとか盗賊団とか当たり前のようで、唯一、このローランド王国がややましってとこなのよ」


え、今ってそんなに状況が悪いの?


「ローランド王国が何とかなってるのは、エルフの二王国と聖教国の支援があるからなんだ」


「エルフの二王国?」


「そう。王国の近くにある女王・炎嵐のエルセリーアのライトエルフの国と、女王・深潭のラディアーナのダークエルフの国が、オークとゴブリンの侵攻を阻んでいるんだ」


「そうそう、あと、聖教国が神官を派遣してくれたり、優遇してくれているのよ」


「どうしてそんなことしてくれてるんでしょうか?」


「詳しいことはわからない。わからないけど、昔からそうらしい」


「そうなんですか……」


「まあ、役人になる希望はわかったけど、役人なんて吹けば飛ぶ職だから、いつどうなるかわからないと思うぜ。それより力をつけて、何が来ても大丈夫なように備えるのが大事だと思う」


くそっ。

チャラ男のくせに正論言いやがって。

はらたつわ。


「まあ、わかったわ。あなたの希望はもちろん尊重するわ。あなたが目立たないようにするってことで、手伝ってもらっていいかしら?」


「はい、そういうことなら」


「よかった!それじゃ、どうしましょうか。さっそく協力してほしいんだけど、これ、この魔法使えるかな」


そう言って彼女は手帳を広げて僕に突き出してきた。


……地方役人で安全に過ごすって夢はかなわないのか。

なんなんだよ、この世界は。



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