第31話 受講開始
ようやく受講する八つの講座を決めて、プペシュ学舎での生活が始まった。
……これが思っていたより忙しい。
僕は月、火、木、金の四日間、午前一コマと午後一コマずつ、合計八コマの講座を取っている。
学舎に授業を受けに行く日は、早朝にお屋敷での雑用を片づけてすぐに出かけ、夕方に帰ってくる感じだ。残りの曜日は、お屋敷で騎士見習いの仕事に精を出す。
おぼっちゃまとの幸せな触れ合いも続いていて、魔法も教えてる。
そして大体、午前のコマに運動系の講座を入れ、午後のコマに座学を入れるようにした。
理由は簡単だ。講座一覧を眺めていたとき、「攻城論」の要綱にこんな一文を見つけたのである。
『夜間戦闘の実技もあるよ!』
それがあることで価値があるかのように記されていた。
そして、おそらく、実際に価値があるのだろう。
……普通に嫌だよねえ。
夜だよ。夜は寝るもんでしょ。
そもそも地方役人が攻城戦出るわけないしね。
そう考えると、ほぼすべての運動系の講座に夜の延長戦がある可能性があるのではないかと思い、朝から始まって昼には終わるコマを選ぶことにした。夜に戦闘訓練なんて、絶対ろくなことにならない。
結局、受講を決めたのは運動系が「現代騎士道」「集団戦術指揮法」「カナン流剣術」の三講座。
座学は「王国法制論」「行政論」「紋章学総論」「公文書作成実務」そして「アシュ魔法学講座」の五講座だ。
そう……結局、アシュ魔法学講座を受講することにした。
一度家に帰ってから少し考えたんだけど、やはり放っておけなかったんだ。
あの寂れた教室と、喜んでいたリシェの顔を思い出してしまうと、知らん顔をして別の講座に通う気にはなれなかったんだよ。
……まあ、チャラ男がいるのは気に入らないけれどね。
昔からああいう陽キャが苦手なんだ。
翌週の金曜日、アシュ魔法学講座に行ってそのことを告げると、リシェはとても喜んでくれた。
それはいい。
問題は、その横であのチャラ男――エドまで一緒に喜んでいたことだった。
「エドは水曜じゃなかったの?」
そう聞くと、チャラ男はけろっとした顔で言った。
「二人一緒のほうが先生も楽だろ? だから金曜に移った」
……そりゃまあ、そうかもしれないけどさ。
くそお。
その後、僕はリシェからアシュの魔法を習うことになった。
昔、僕がアシュに教えた魔法なんだけどね。
教え返されてる。
アシュの魔法は復活したばかりだ。
この国で主流のプペシュ魔法講座で教えている魔法にはない魔法が多くて、まだこの時代では扱える人間がほとんどいない。だから、かなり珍しい魔法として扱われるだろう。
だからリシェから正式に教わる形になったのは、僕としては正直ありがたい。
本当はもう知っている魔法の一部を、リシェから教わる形にしておけば使える、という理解でいいはずだ。知っていたらおかしい魔法だから今までは使えなかったけど、これなら問題ない。
そう考えると、やる気が出てくるなあ。
いい魔法があったらルマリエッタ様にも教えてあげることもできるしさ。
そんなわけで、リシェに、早くたくさんアシュの魔法を教えて欲しいね!
一方で、チャラ男ことエドはというと、基礎魔法の練習に励んでいた。
チャラいけど真面目にやっている。
水も出せるようになってた。
イケメンで才能もあるやつを見るともやもやした気持ちになるのは昔からで治らないな。
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朝はお屋敷でお馬さんのお世話から始まる。
それからパイセン従士たちと剣や槍のお稽古をして、ひと汗かいてからからプペシュ学舎へお勉強に向かう。
午前の講座を受けるためだ。
移動はもちろん徒歩。
片道一時間くらいの移動はこの世界では当たり前で、二時間以上かかってもまだましというレベルである。
ああ、魔力がもっとあったなら飛んで行ってしまうのに。
もちろんあるよ、飛行魔法。
使えるけど使えないんだけどね……
そんな生活を数日送っていて、ひとつ気づいたことがある。
……エドによく会うのだ。
最初は現代騎士道の講座だった。
この授業は人気の講座で、いつも人が多い。
座学と実技が半々くらいで、集合場所が講堂のときもあれば運動場のときもある。
その日は座学だったので講堂へ向かうと、中央に座るエドと目が合った。
「お、セディ」
なれなれしいやつだ。
「おはようございます」
「席とっといた」
爽やかな笑顔でそう言って、隣の席を叩く。
まあ、混んでるし、実際ありがたいんだけどなんかやなんだよなあ。
でも、断る理由もないので彼の座った。
別の日。
行政論の講座に行くと、またいた。
「お、セディ」
さらに午後の講座。
「お、セディ」
そしてまた別の日。
「お、セディ」
爽やかな笑顔で毎度僕をお出迎え。
「セディ、ここ座れよ」
……こいつ、やばくないか。まじで怖いんですけど。
最初は偶然だと思っていたが、同じ講座受講の四回目くらいでさすがに気づいた。
こいつ、かなりの確率で僕の近くにいる。
そんな偶然あるか。ないよな。
ひょっとしてやばいやつなんじゃないか?
ストーカーなのか?
しかもストーカーのくせに陽キャで親しげだ。
「セディ、昨日さ、錬金術の講座でまた爆発があったらしいぞ」
「またですか」
「セディは次なに取ってる?」
「紋章学総論です」
「それ面白い?」
「ほぼ暗記ですね」
「うわ、俺無理そう」
……そう言っていた。
言っていたのに、結局ついてきて、一緒に受講し始めた。
そして翌週から当然のように同じ講座を取っていた。
なんやこいつ。
僕と同じく地方役人になるつもりか。
おかしなやつだ。
じゃあ、このおかしなやつがいったい何者なのか、少し考察してみよう。
年は十五、六くらいだろうか。
ダークブラウンのよく手入れされた髪。
長身で、ほどよく筋肉もあり姿勢がいい。
一緒に受けたカナン流剣術の講座で打ち合ったが、剣は僕より上手い。
あと、イケメン。
ひょっとして、人類最高峰の魅力度19の美少年の僕に、そっちの意味合いで興味があるのかとも疑ったがそうでもない。女性に優しいし、よく声をかけているし、誘ったりもしている。はっきりチャラい。
この雰囲気だと、きっとおそらく、非童貞。
身なりもいい。
服の布は上質で仕立てもいい。
派手ではなくてむしろ地味だ。
そして本人の態度は妙に堂々としている。
人に遠慮がなくって怖いものがいない感じだ。
普通に考えれば、どこかの金持ちの息子か貴族の息子ちゃんだろうね。
まあ、それだけならいいさ。
問題は別の可能性だ。
ラノベ的には、こういうやつ、たまにとんでもない大貴族とか王族だったりしない?
僕みたいなただの下級貴族が、そんな人間に出会う確率は数十万分の一だ。
……普通はね。
だけどここは異世界だ。
転生者補正とかいう、ろくでもないものが働いてもおかしくはない。
たとえば王子が身分を隠して学舎に来ているとか。
そんな展開、普通にありそうじゃない?
そういう人物に関わるとだいたい巻き込まれる。
政治とか、陰謀とか、権力争いとか。
無理無理。
僕は静かに暮らしたいんだ。
今世はひっそり生きたい。
目立たず平和に過ごしたいんだ。
だから結論はひとつ。こいつには近づかない。
リスク回避が大事なんだよ。
しかし、そんなこちらの思いとは裏腹に、僕が距離を取ろうとしているにもかかわらず、エドはなぜか寄ってくる。
「セディ、次の講座なに?」
「王国法制論です」
「俺もそれ」
「そうですか、どうして受けたんですか?」
「興味が出てきたんだ。なあ、終わったら食堂行こうぜ」
「遠慮します」
「なんで?」
「用事があります」
特にないけど。すまんな。
エドは笑った。
「そっかー、用事手伝うか?」
「大丈夫です」
結構露骨だと思うんだけど全然気にしていない。
なんだこいつ。
講座では隣に座るし、食堂でも声をかけてくる。
通路でも話しかけてくる。
……近づくなと言っているのに、向こうから寄ってくるタイプだ。
正直、かなり困る。
貴族の権力闘争に巻き込まれたらどうすんだよ。
こいつが貴族かどうかは知らんけどさ。
王国法制論の講義が終わり、教室を出たところで声をかけられた。
「セドリック」
振り返ると、リシェだった。
「先生」
「ちょうどいいところで会ったわ。ちょっといい?」
そこへ横からエドが顔を出した。
「なにごと?」
「あなたはいいのよ」
「いいじゃん」
リシェは少し迷った顔をして、それからため息をついた。
「……まあ、少しは関係あるか。いいわ、じゃあ二人ともあそこに座りましょ」
そう言って、広場の隅にある石のベンチを指さした。
古びた石のベンチに三人で座るとリシェは少しだけ姿勢を正した。
さっきまでの軽い調子とは違い真面目な顔だ。
彼女の顔には、どことなく先祖のアシュの面影がある。形のいい眉が、真面目な話になるとぴんと上がる。その面影に気づいてしまったのも、彼女の講座を受講する理由の一つだった。
「セドリック」
「なんでしょうか」
「お願いがあるの」
リシェは少し言いづらそうに口を開いた。
「私の講座を存続させるために、ちょっと手伝ってほしいことがあるの」
誤字などありましたらご指摘ください。
つたない文章ですが、楽しんでいただけたら嬉しいです。




