第30話 チャラ男
スキップ!スキップ!という短編を書いてみました。よろしければそちらも読んでみてください。
……それってつまり。
この講座はあと一年で消えるってことか。
しばらく沈黙が落ちた。
リシェは、困ったように笑う。
「でも、まだ決まったわけじゃないのよ?」
リシェは慌てたように続けた。
「魔法書は戻ってきたし! 祖父も、アシュ魔法は必ず復活するって言ってたし!」
「先生は昔の魔法書、読めるんですか?」
「もちろん、読めるわよ。大体は」
リシェは胸を張った。
「ちゃんと覚えてきた魔法もあるし」
ほう。
「どんな魔法があるんですか?」
「簡単なものだけど……」
リシェは机の上に使い込まれた手帳を置いた。
ぱらぱらとページをめくる。
そこには呪文がいくつも書かれていた。
ああ、懐かしい。
「これはアシュ魔法の初歩。アシュの魔法は今は見向きもされていない昔の神々とか、その辺にいる精霊とかを呼び出したり、そういう存在に魔力を媒介して力を借りる魔法なの」
そうとも言える。
全部ではないけど大体あってるかもしれない。
「あなた、魔法は使えるのね?」
「ええ、一般的なものは」
「じゃあ、これ出来るかどうかやってみて。呪文を教えるから」
リシェが魔力を込めずに詠唱を唱える。
「小さな光の精霊を呼び出す呪文なの」
『光の精霊よ、我がもとへ。小さき光よ、現れよ』
「海を超えた遠い国の古い言葉だから、発音が少し難しいのよ」
リシェは少し照れくさそうに笑った。
うーん、残念。
まだ少し発音がよくないな。
きちんと教えてあげたい。
「やってみる?」
僕は少し考えた。
……まあ、初歩だし、問題ないだろう。
「やってみます」
僕は彼女が発音した音と全く同じ音の呪文を唱え、魔力を流す。
『光の精霊よ、我がもとへ。小さき光よ、現れよ』
ぽん。
机の上に、小さな光が現れた。
ソラス・ベクという名の光の小精霊だ。
……あれ?
光がふわりと揺れた。
そして――まっすぐ僕の方に寄ってくる。
まるで、知っている相手を見つけたみたいに。
そうか、お久しぶり。
この魔法は、生徒に最初に教えるにふさわしいと思うな。
光の小精霊は便利なんだ。
センスはいいね、リシェ先生。
彼女を見ると、リシェは固まっていた。
リシェが僕を見て、ソラス・ベクを見た。
「……え?」
「あのう、これであってるんでしょうか?」
「ねえ、ちょっと待って」
「はい?」
「いま初めてよね?」
「はい」
「呪文覚えたの?」
「いま、教えてくれましたよね」
「魔力制御は?」
「普通に……」
リシェはしばらく僕を見ていた。
それから言った。
「……なんでできたの?」
「教えてくれたからじゃないですか?」
リシェは腕を組んだ。
「そんなにすぐできるわけないでしょ」
「そうなんですか?」
「もう一回やって」
「あの、この精霊さんに消えてもらう方法を教えてもらってないんですけども」
「そ、そうね。心の中で戻っていいよって願うだけで大丈夫よ」
「わかりました」
しゅっ。
帰ってもらった。
「もう一回やってみて」
もう一回やる。
普通に成功する。
ごめんねソラス・ベク、何度も呼び出して。
そういうのってよくないって魔法書に書いてあるはずなんだけどな。
嫌われると、弱まるぞ。
「……あなた、何者?」
その時、教室の扉が開いた。
「おーい」
入ってきたのは、見慣れない青年だった。
年は僕より少し上だろうか。
やたら明るい顔をしている。
「リシェ先生、今日って金曜だよね?やってるよね」
「エド、あなたは水曜でしょ」
「まあいいじゃん」
青年は教室を見回した。
「お、生徒増えてる」
リシェはため息をついた。
「……あなた、なんで来たの」
「暇だったから。今日は他に講座ないんだ。見てていい?」
リシェは肩をすくめた。
「しょうがないわね、セドリック」
「はい」
「彼は水曜の受講生よ。君と彼で合計二名がアシュ魔法学講座の全員なの」
「へえ」
青年は手を差し出した。
「よろしく。エドだ」
偽名だな、たぶん。
「セドリックです」
握手する。
……なんだこいつ。
初対面なのに距離が近い。
エドはにこにこしている。
「ここさ、魔法むずかしいんだよ」
「そうなんですか」
「ぜんぜんできない」
それは見ればわかる。
魔力の流れがほとんどない。
……いや。
弱い。
でも妙に、澄んでいる。
変な魔力だ。
そして、なんかチャラそうだ。
チャラそうなやつに魔法は必要ないんだ。
チャラさと素質は関係ないけど、できて欲しくない。
「でも面白いんだよね」
「彼はまだ魔法が出来ないから、基礎から教えてるのよ」
「ここで練習しててもいい?」
リシェは苦笑した。
「いいけど、端のほうでね」
「そんな冷たいこと言わないでよ。三人しかいないんだから」
「邪魔しないでよ」
「ねえ、この光は?」
おい、話しかけないでくれ。
早速邪魔してるじゃないか。
「小精霊よ」
リシェはまだ少し驚き顔で、浮かぶ光精霊を見ている。
「へえ、初めて見た」
エドは興味深そうにうなずいた。
「俺でもできる?」
「無理ね」
リシェはさらっと言った。
「ひどいなあ」
「だって基礎しか教えてないし、その基礎もまだ始めたばかりでしょ」
エドは笑って僕を見る。
「セドリックって魔法うまいの?」
「まあ、普通には」
「上手よ、多分だけどすごく上手」
「灯火の魔法出来る?」
「もちろんできますよ」
「やってみせてよ」
「僕がですか?」
「教えられても全然できないから、本当にそんな魔法が存在するのか疑ってるんだ」
「私がやって見せたでしょ!」
「幻を見せる魔法かもしれないじゃん」
「そっちのほうが高度でしょうに!」
「セディ、やってみてよ。その魔法が存在するか俺に見せてくれ」
もうセディ呼びか。
なれなれしい奴だな。
ちょっと嫌いだ。
光の小精霊に再びお帰り願ってから呪文を唱える。
「いいですよ。『ともれ、我が指先に』」
ぽっ。
指先に小さな炎が灯る。
「火がついた。ほんとだ」
「あなたねえ、私のことを何だと思ってるのよ!」
「ごめんごめん、これは本当にあるものなんだなあ」
「もういいでしょうか」
そう言って火を消す。
「ねえ、セディ、ちょっと教えよ?」
「え、僕がですか?」
「ちょっと!」
「リシェ先生に教えられてもできなかったんだ」
「それは才能!受け手の問題!」
「教えるって言っても、先生と同じですよ。『ともれ、我が指先に』って唱えるだけです。魔力を込めて」
「そこがわかんないんだよね。魔力って何なの?こめたりできるものなの?まるで実感が無いんだけど」
ごもっとも。
「ああ、たしかに。人によっては胸にあるとか、腹にあるとか。なんか練るといいらしいですよ」
そんなものないんだけどね。
おぼっちゃまはあるって言ってた気がする。
「そうなの?」エドが聞いた。
「そうなの?」リシェも首をかしげる。
「主人が言っていました」
まあ、おぼっちゃまがね。
言っていた気がする。
たぶん。まあ、そういうことにしておこう。
チャラ男なんてどうでもいいんだ。
「ふうん」
エドは目を閉じた。
「なんとなく……こういう感じな気がする」
おい。
気がするで魔法を使うなよ。
「ともれ、我が指先に」
「あっ」
「おっ」
火がともった。
出来てしまった。
……チャラ男に魔法なんてもったいないのになあ。
「で、できた」
「すごいじゃない!エド!」
「おめでとうございます」
貼り付けた笑顔で棒読みだ。
自分の成功に夢中でわかるまいな。
この世の誰もが貴様を祝福していると思うなよ。
「できた、できた!ありがとうセディ!」
「ちょっと!なんでセディなのよ!」
「いま、セディから教わったじゃん」
「あたしが先生でしょ!」
「セディ、わが友よ。感謝する」
エドはそういうと大げさな動きで腕を胸に当て、深々と礼をした。
誰が友やねん。
マジでイラつくわ。
くそっ。
わが身に宿る指導スキル20が疎ましい。
「でも、まあいいわ。これで希望が出来たわ」
「希望ですか?」
「そうよ、アシュ魔法学講座復活の希望が!」
リシェはそう言って笑った。
古びた机。
壊れかけの棚。
生徒はたった二人。
でも――
ほんの少しだけ。
この講座が、本当に復活するかもしれない気がした。
……いや、僕、体験受講中なんだけどね。
受講するか?
……やっぱり、やめとくか。
チャラ男いるしな。
誤字などありましたらご指摘ください。
つたない文章ですが、楽しんでいただけたら嬉しいです。




