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第29話 アシュ魔法学講座

金曜日の午後、受付のお姉さんに教えてもらったアシュ魔法学講座の教室へと向かった。


旧第六講堂。

三階第八教室。


そこは、プペシュ学舎の中でも、かなり端の方にある建物だった。


『旧』の『第六』で、『三階』で、『第八』だよ。


中央塔から石畳の回廊を抜け、魔法実習棟の裏手を通り、さらに古い書庫棟の脇道を進む。


途中までは人の往来もあったけれど、だんだんと学生の姿が減っていき、やがて誰もいなくなる。


こんな遠いとこかー。


やばいよなこれ、と思っていたら、うすら寒い雰囲気の中にぽつんとたたずむ旧第六講堂に到着した。



たたずまいがスゴイ。


建物がスゴイ古い。

古いというか、ボロい。


ここは僕が前世で死ぬ前からあった建物だ。

その頃ですでに古かったのだから、より一層古くなっているのも当然だ。


他と比べても荒れ具合がひどい。


外壁は風雨で色が抜け、窓枠の木材はやや歪み、講義室の扉には補修跡が何度も重ねられている。

周りの木々も手入れされず、建物に暗い影を落としている。


プペシュ魔法学講座のある中央棟とは、同じ学舎とは思えないほどの落差だ。


序列って、露骨に出るんだなあ。


ギシギシと鳴る階段を上って三階へ行き、一番奥へ進むと、扉の横に小さな銘板が掛かっていた。


『ユシュ魔法学講座 水曜午後 金曜午後』


文字はかすれているが、間違いない。


僕は一度、深呼吸をした。


弟子がつくった講座。


恐る恐る中を覗き込む。


狭い部屋だ。

頑張って十人程度しか入れなさそうで、講堂と呼んでいいのか疑問になる大きさだ。


いやー、確実に講堂ではない。

教室と呼ぶのもあやしい。


甘めに評価しても、物置と教室の中間みたいな部屋だ。


その『教室』に入ると、小柄な少女が一人だけ立っていた。


同い年くらいに見えるが、この世界の人々の年齢は本当にわからないので定かではない。

特に魔法使いは若く見えるからなおさらだ。


古式ゆかしい魔法使い装束。

大きな魔法帽に黒いローブ。


目が合うと、彼女はにっこりと微笑み、一歩前に出て、ローブの裾を軽く摘まんで礼をした。


「ようこそユシュ魔法学講座へ」


それから少し背筋を伸ばし、改めて口を開く。


「はじめまして。わたしはこの講座主ナシュの孫で、講師のリシェよ」


帽子のつばを押さえながら、もう一度小さく頭を下げる。


思ったより礼儀正しく挨拶してくれたので、こちらもきちんと返そう。


「はじめまして、セドリック・マルタンです」


「よろしくね、セドリック。あなたは体験受講って聞いてるわ。そこに座って、まずは講座のことを説明するね」


僕がうなずくと、リシェは表情をあらためた。


「ありがとう。最近は……ええと、見学の方もなかなか来なくって。実は金曜日の講座は久しぶりなのよ」


「それはどうしてですか?」


失礼かな?

でも大事なことだから聞いておこう。


「どうして、っていうと?」


リシェが少し表情を固くする。


「あの、その。私は歴史を学んだんですが、昔はアシュ魔法学はもっと、その……」


「……そうね。全然人がいないからびっくりしたよね。ずっと昔はもっとずっと繁盛していたと聞いているわ。今ではこの有様よ」


「ずっと昔は、ですか」


「うん。百年まではいかないけど八、九十年くらい前は、国で一、二を争う大魔法講座だったんだって。ねえ、あなた、歴史を学んだなら知らないかな。今から八十年以上前のエピネラ平原の戦いのこと」


うっ。


あのあたりは、おぼっちゃまと一緒に先生からさらっと聞いただけだ。

正直、ちょうど死んだ時のことだから、そんなに詳しくは勉強していない。


「すみません。学んだと言いながら失礼ですが、勉強不足で詳しくは理解できていません」


「ふうん、まあいいわ。魔法学には歴史も大事だし、せっかくだから、その辺も含めてざっと説明するね」


「は、はい」


エピネラ平原の戦い。


それは、僕の前世である大天才魔導士ヒロキが命を落とした戦いだ。


エピネラ平原の戦いとは、オーク族とゴブリン族を中心とした遠征軍を人間族が迎え撃った大会戦で、それは今から、おそらく八十年から九十年ほど昔のことだそうだ。


総勢五十万ともいわれる他人類の連合軍に対し、西の神聖帝国の皇帝と諸侯軍を中心に、我らがローランド王国軍、バンガリア王国軍、さらに南方からはるばる聖教国軍までが迎撃のため終結した。


だが、時の聖女カスティリオーネの呼びかけで集まったにもかかわらず、愚かな人間族は戦闘が始まる前に内紛を起こし、敵の半分以下の軍勢で開戦することになったという、悲惨な戦争である。


リシェの話によると、その中でアシュ魔法学一派はローランド王国全軍と国中から招集された魔法使いたちと共に従軍していたそうだ。


戦況は、人間族にとって圧倒的に不利のまま開戦。


数に勝る他人類の連合軍は、人間族の軍を包囲し、じわじわとすり潰していく。

人間族の連合軍は絶望の淵に立たされることになった。


我らがローランド王国軍はゴブリン族とエルフ族を相手取っていたが、ゴブリン軍の粘り強さとエルフ族の強力な魔法に苦しめられ、あっという間に崩壊寸前に追い込まれた。


「そこに、文字通り降って湧いたのが大魔導士ヒロキ様なのよ」


そうだっけ……か?


「ヒロキ様は復活させた古代秘術によって空に浮かべていた居城を、ローランド軍の正面にいた敵主力のオーク族とゴブリン族の戦列のど真ん中へ落とし、敵軍に大きな打撃を与えたんですって」


ああ、そうだったかな?

あの時のことは記憶があいまいなんだよ。


「……大魔導士ヒロキ様が、アシュ魔法学一派とローランド王国を助けに来てくれたんです」


いやあ、たぶん違うぞ。


儀式のために敵が一番密集してるところに行っただけなんだ。

そう思ってもツッコむわけにはいかないので、大人しく聞いてはいるが。


リシェの話は続く。


地面に落ちた城の瓦礫の中から現れたのが、ヒロキとその四人の妻たちだった。

彼は万を超えるゴーレムの戦士たちを呼び出し、他人類の連合軍に攻撃をかけた。


「ヒロキ様とゴーレムの軍勢は敵陣へ突入し、圧倒的な力で他人類の軍勢をなぎ倒していったので、潰走寸前だった人間族の連合軍は持ち直すことが出来たのよ」


そして絶望的だった戦況は、やがて拮抗へと傾き、ついには人間族が優勢といえるところまで押し戻されていく。


だが、その流れを断ち切るべく、乱戦の中でゴブリン族とエルフ族の将たちがヒロキ討伐のために集結した。


中でも、黒ゴブリン族の大神官ゴガン達とライトエルフ族の女王ララの魔力は凄まじかった。


地が裂け、稲妻がほとばしり、戦場そのものが軋む。


さしものヒロキも、苦戦を強いられる。


そこへ追い打ちをかけるように、ノーム族の魔法使いたちが後方から大規模魔法を詠唱し、ヒロキを狙った。


「危機に陥ったヒロキを救ったのは、戦場へ再突入してきたローランド王国軍だったのよ」


王国軍はヒロキが敵を押し返している間に再度突撃する準備を整えていた。


そして決死の奮戦の末、ついにノーム軍を完全に敗走させたのだという。


「しかし、その代償は大きかったの」


リシェは少し視線を落とした。


「大きな被害を出したローランド王国軍の中でも、一番頑張って戦っていたアシュ魔法学派の魔法使いたち、全員死んじゃったの。戦場に出ていた人……誰も帰ってこなかった」


「え!どうしてですか?!」


「それはもちろん、ヒロキ様を助けるために全力で敵と戦ったからよ。ノーム族の長老たちが使った大地の魔法や、呼び出した精霊にたくさんの戦士がやられたって聞いているわ」


ああ、確かに。

ノーム族は厄介な魔法をよく知ってるからな。

古神キュベレイの魔法を教えてもらおうと思って何度か交渉したけど、ダメだった記憶がある。

強かったのか。

見たかったな。


「でも、なぜそんなことを? 全滅するまで戦うなんて」


「さあ……でも、たぶん。王国の危機に立ち向かう戦いの中で、彼の弟子だった開祖アシュの、その弟子たちを助けるために、城を捨てて駆けつけてくれた大師匠が来てくれたから、とか? 実際のところはわからないけど、アシュ一派だけでなく、ローランド全軍はほぼ全滅になるくらい戦い抜いたって聞いているわ」


そんな義理固かったっけ、あいつら……


固かったのか……


知らなかった……


あいつら、そんなふうに思ってくれてたのか。


ぐっ。



「……じゃあ、戦場に出ていなかった人たちもいたんじゃないですか? その人たちはどうなったんです?」


「……たった一人、王都に一番若い魔法使いだけが残っていたらしいよ。でも、その人が不幸にも病気で早死にしてしまって」


まじかよ。


「それから色々ありまして、現在に至ってます」


まってまって。


じゃあ、じゃあさ。


アシュの講座がこんなことになってる原因って、僕にあるってこと?

全部じゃなくて、ちょっとだけど。

……ちょっとだよね。

だって、僕がいなければ全滅してたもんね?


「アシュの魔法を習得して師匠になれる魔法使いがいなくって、長い間、弟子が増えないままだったで、大魔導士アシュの直系の子孫である私の一族が、講座を再興すべく何とかしようとしたんだけど……魔法書が全く無かったのよ」


え、まじで?

あんなにたくさん魔法書あったじゃんか。


「すべてのアシュ魔法学派の財産だった魔法書が忽然と姿を消していて、何もできなくなっていたの」


「……それでどうなったんですか」


「そのまま、歴史あるアシュ魔法講座は終わりかと思っていたら、本当につい最近、アシュ魔法学派の全魔法書が見つかったのよ」


「どこにあったんですか?!」


「それが、聖教国の地下宝物庫に。誰にも知られずに、大切に保管されていたの」


「!」


「どうやら、人間族がエピネラ平原の決戦で負けた場合に備えて、聖女カスティリオーネの指示で、はるか南の安全な場所、聖教国まで避難させていたらしいのよ」


「なぜ今までわからなかったんですか?」


「……あの戦いで、知っていた関係者がみんな死んでしまったからだと思うわ。カスティリオーネ様も、戦争の後すぐに亡くなってしまったらしいし」


……あいつも、あの後すぐ死んだのか。


いつまでもずっと生きてるのかと思っていたから、ちょっと意外だな。


「それで最近になってようやく、宝物庫に厳重に保管されたたくさんの魔法書があることがわかって、私の一族に返却されることになったの」


「よく返してくれましたね。魔法書って貴重なものなんですよね?」


「もちろんよ。人類の宝と言っても過言じゃない、偉大な魔法書ばかりだわ。……カスティリオーネ様が、そうするように最後まで指示を出してくれていたんだって」


あいつ……。

意外と親切だな。


うるさくて、やかましくて、いつも僕に罵詈雑言ばかりだったけど。

でも、そういえば僕以外には優しかったっけな。聖女だけあって。当たり前といえば当たり前だけど。


……僕にも優しくしてほしかったな。


「だから、エピネラ平原の戦い以前の古い魔法書が、そっくりそのままアシュ魔法学講座の手に戻ってくることになったの」


「おお、それはよかったですね!」


「ふふ、ありがとう。で、それを使って講座を復活させたいんだけど……ちょっと問題があってね」


「問題、ですか」


「そう。見つかった魔法書には、実は強い保護魔法がかかっていてね。その魔法を解かないと聖教国から外へ持ち出せなかったのよ」


「解けないんですか?」


「解析中。聖女が直々にかけた強力な保護魔法でね。個人が解除出来たらそれは偉業だって話よ」


それは興味あるな。

あいつ、そんな魔法知ってたのか。


「え、じゃあ、どうするんですか」


「仕方ないから、家族みんなで聖教国に行って、現地で勉強したり写本したりしているのよ」


「ああ、なるほど。出せないだけで読めますもんね」


「それで、私のおじいちゃんが講座主として留守番していたんだけど、病気になっちゃって。そして、それを黙っていてね。おじいちゃんは、しばらくの間ってことで助手の人に講座の運営を任せていたらしいんだけど、その人がちょっとアレで。魔法をろくに教えられないだけじゃなくって、魔法をきちんと学んでいない人にまで、勝手に講座の証書を売りつけていたみたいなの」


ああ。

学生課で言っていた悪評の原因は、それか。


「なんでそんな人に任せてたかわからないけど、病気で弱ってたからか、上手いことやられてしまったようでね。それでおじいちゃんがようやく助手の悪事に気づいて、そいつをクビにして、その代わりってことで、急遽、聖都ルウムからわたしが駆け付けたのがつい先週のことよ」


「なるほど……理解できました」


「だから、生まれ変わったアシュ魔法学講座をよろしく!と言いたいところなんだけどねえ……」


「どうかしたんですか?」


「長年の成績不振と、証書販売なんかの不祥事で、今年いっぱいで契約打ち切りになっちゃいそうなのよ。……どうしたもんかしらね」


あー……まー……。


そりゃ、そうなってもおかしくはなさそうだね。


……それってつまり。


この講座、あと一年で消えるってことか。




誤字などありましたらご指摘ください。

つたない文章ですが、楽しんでいただけたら嬉しいです。

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