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第26話 伯爵家の祝宴

早朝。


日課になっているお馬さんのお世話を手伝って、厩舎から戻ってくると、屋敷に見知った顔が来ていた。


ルマリエッタ様のところの家臣ミロスラフさんだ。

役職までは知らないけど、家令とか執事とか、そんな感じのちょっと偉い人。

その人が直で来てるって、わりと珍しい。


こんな早朝から、なにごと?


「おはよう、セドリック。馬の世話か?」

機嫌よさそうだから悪い話ではなさそうだね。


「はい。日課です」


「騎士になるには必要なことだからな。しっかり頑張れよ」


「ありがとうございます。ところで……こんな早朝から、どうかしたのですか?」


「伯爵からの伝言を預かってきたんだ。大事な用件でな」


「それはご苦労さまです。もう子爵には」


言い終わるより早く、玄関ホールの奥から足音がして、子爵本人が姿を現した。


「ミロスラフ、早いな。どうした?」


「主よりの伝言を、直接お伝えに参りました」


「……ふむ?」


「我が家のルマリエッタ様が、昨日、紫苑騎士隊の入隊試験に合格なさいました」


「なに! 本当か! それはめでたい!」


「しきたりに従い、ルマリエッタ様は即日、そのまま王宮の騎士寮へ入ることになりました」


「なんと、まあ、相変わらず厳しいな。

だが……それも紫苑騎士というわけか」


「そこでですが、伯爵様よりの伝言です」


「ほう」


「大変お世話になった子爵に、きちんと礼をしたいとのことでして。

急ではございますが、本日、屋敷へお越しいただけないかと。

夕方頃においでいただき、そのままご宿泊いただければ、と」


「うむ、分かった」


「なお、いろいろとお話ししたいことがあるそうで、

奥方様はもちろん、ヒムエス様とセドリック殿にも、ご一緒いただきたいとのことでした」


……ワイもか……。


伯爵家のディナーは、訪日外国人が感動に(むせ)び泣く、令和日本グルメを良く知る僕でも喜んじゃうリッチでゴージャスなご馳走なんで楽しみなんですが、その代わり、目立ちたくないという当初の希望からは、また少し離れてしまう気がしてならない。

まだ大丈夫だよね?


夕方、ルドナタ家の家族一行とともに伯爵家へ向かうと、出迎えは想像以上だった。

子爵家が厚遇されるのは分かる。だが、騎士の息子に過ぎない自分にまで気が配られると、正直、落ち着かないのよ。


その夜は、伯爵一家に加え、急ぎ集まった親族たちも顔を揃える晩餐会となった。

席が整うと、伯爵は静かに立ち上がり、場はすぐに静まり返った。


「本日は、急な呼びかけにもかかわらず集まってくれたこと、心より感謝する」


まずそう述べてから、伯爵は一人ひとりの顔をゆっくりと見渡した。


「すでに聞き及んでいる者も多いだろうが、改めて伝えたい。

我が娘、ルマリエッタが――紫苑騎士隊への入隊を認められた」


その言葉に、一同がざわめく。


「紫苑騎士隊は、王国最高の女騎士だけが入隊を許される。

そこは、剣の腕だけでは入れぬ。家柄だけでも足りぬ。

知略と礼節、そして王国に身を捧げる意思がなければ、決して入隊はかなわないのだ」


伯爵は一拍置き、声を落とした。


「どうやら、手合わせの五戦目では、ジェリンスキ伯爵家のクラリッサを打ち破ったそうだ」


一同が大きくざわめき、中には手を叩く者もいる。


「親として誇らしく思う一方で、その道がどれほど厳しいかも承知している。

それでも娘は、自ら望み、その責を引き受けた」


再び、顔を上げる。


「しきたりにより、紫苑騎士隊に入隊した者は、即日、王宮での勤めが始まり、家に帰ることはないのだ。

であるから、ルマリエッタは不在である。

寂しいことだが、喜ばしいことである。

本日は、その門出を皆とともに祝いたい。

そして、これまで娘を育て、支えてくれた者たちに、深く礼を述べたい」


伯爵は一同をゆっくりと見渡した。


「皆、これまでルマリエッタを支えてくれたことに、心から感謝している」


その言葉に応えるように、席から拍手が起こる。


やがて伯爵の視線が、子爵家一行へと向けられた。


「ヨルク。お前との縁がなければ、今日という日はなかった。

どれほど感謝しても、足りぬ」


言葉が終わると、今度こそ、抑えきれない拍手が広がり、伯爵の乾杯の発声で豪華ディナーは開始となった。


大人しく席についている天才少年は少年なので、とにかく食欲が止まらないお年頃。

身体がカロリーを求めているのだ。

遠慮なくいくぜ。


ローストした鴨肉に添えられたソースは、甘酸っぱい果実を使ったもので、これが実にうまい。

昔は、酢豚に入っているパイナップルがどうにも許せなかったのに、今なら普通にいけそうな気がする。

果実ソースがここまでうまいなら、きっとあれも大丈夫だ。


ちなみに、パイナップルはこの世界にもある。

はるか南から、いくつもの国を経て持ち込まれる激レアフルーツで、金貨十枚はくだらないらしい。

感覚的には、だいたい百万円。

そりゃ王国貴族しか食べられないわけだ。

酢豚に入れるなんて、とんでもない話である。


……さて。


困ったことに、伯爵との席がやけに近い。


一番奥が屋敷の主人の席、というのは、どの世界でもどの時代でも共通らしい。

そして主人に近いほど、重要な客、というのも定説だ。


伯爵の左手側には家族や親戚が、偉い順に並んでいる。

右手側のすぐ隣が、我らが子爵。

その隣が奥さん。

次がおぼっちゃま。

そして――その次が、僕。


四番目。

この部屋の中で最もどこの誰とも知れない僕が、四番目である。


そりゃあ、ご家族や親戚の方々も、不思議に思うだろう。

さっきから、ちらちらと視線を感じる。

……気のせい、ではないと思う。

たぶん。


西洋のパーティーだと、ホストが初対面の客を紹介する、みたいな場面がよくある。

いっそ紹介でもしてくれればこの居心地悪さは解消されるのだろうか。

でもこの席では、そんなことは一切なかった。

目立つから、しなくていいんだけどね。


そもそも、子爵家と伯爵家の人たちは、どうやら顔見知りらしい。

普通にみんなで仲良く楽しそうに会話をしていて、話が途切れる様子もない。

つまり、誰のことも知らず、誰からも知られていないまま座っているのは、誇り高き元・天才魔法使いの少年、ただ一人なんだな。


知らない偉い人たちに囲まれて放り込まれたとき、できることといえば一つしかないんだよ。


食べる。

とにかく食べる。

下を向いて、黙々と。


超おいぴい。

この生ハムは美味いな。

うまいうまい。

そういえば昔、この世界に来る前、あまり仲良くない同僚の結婚式に呼ばれたことがあったな。

なぜか他に知り合いが誰もいなくて、ひたすら料理を食べ続けたっけ。


……なんでオレのこと呼んだんだろう、あいつ。


「……殿……セドリック殿」


「は、はい!」


あぶない。

呼ばれてたわ。


「セドリック殿。此度の入隊試験では、君が教えた魔法が随分と役に立ったそうだ。

娘に代わって礼を言わせてほしい。本当にありがとう」


「いえ、とんでもございません。

素質があったのだと思いますし、何より、とても熱心に練習されていました」


「はは……まあ、それも確かだな」


伯爵は小さく笑ってから、言葉を続けた。


「だが、これまで誰も娘に魔法を教えることができなかったのに、

君に教わった途端、次々と身につけたのも事実だろう?」


……ぐ。

それは、否定できない。


「聞けば、ヒムエスも同じだというじゃないか。

やはり、君は教え方が特別に上手いのだろう。

一種の才能なのかもしれんな」


「きょ、恐縮です……」


「ふふ。本当に謙虚だ」


伯爵はそう言ってから、少しだけ表情を改めた。


「ところで、君に話がある」


「……なんでしょうか」


「一つは、お願いだ」


「お願い、ですか」


「娘は、もうこの屋敷へ戻ることはないが、

手紙や荷物を差し入れることは許されている。

そこでだが、手紙で、娘に魔法を教え続けてもらえないだろうか」


「手紙で、ですか」


「うむ。

昼にマリーから書状が届いてな。

騎士寮に運び込む荷物の件に加えて、

『王族を守るための魔法について、引き続きセドリック殿に教えを受けたい』

と、そう書いてあったのだ。

まさか、王宮の女騎士寮に君を向かわせるわけにはいかぬだろう。

紫苑騎士隊の寮に、男が忍び込んだらよくて宮刑、悪いと処刑だ」


こわっ!

忍び込むだなんて考えたことないですよ!


「そこでだが、手紙を通じて、娘への魔法の指導を続けていただけないだろうか、セドリック殿」


「もちろんでございます。セドリックよ、しかと務めるように」


少年が口を開くより早く、子爵が即答した。


はやっ。

反応速度が身体強化でも使っていたのかと思うほどだったけど、一流の剣士というのは、このくらいの反応速度が普通なの?


「はっ、かしこまりました!」


つづけて少年も元気よくお返事。

どうせ受けざるを得ないのだから、せめて好印象に、ね。


「うむ、うむ」


にこにこと満足そうに笑う伯爵と、それを見て穏やかに頷く子爵。


……いいのさ。

別に、いいんだけどさ。


「それと、もう一つ」


……まだあるのかーい。

中世貴族社会ってやつは、下位カーストの人間は搾取され続ける運命なんですかね。


「子爵とも相談したのだが、プペシュ学舎に通うことを許そう」


――おっ?


まじで?


「ただし、条件付きだ。

どうやら君は、文官志望だと聞いている。

剣も使えて、魔法も使えるのに……実に惜しいことだ」


へっへっへ。

すんませんねえ。

こっちは、安全な後方勤務で、平和に暮らしたいんですよ。


「条件は、『騎士としての修行を続けること』だ。

それを守るのであれば、学舎では、どの講座を受けてもよい。数も制限はせぬ」


おお。


「ただし、あまり奇妙な講座は避けるようにな。

騎士学、文官学、魔法学、教養、外国語。

そのあたりから選ぶがよい」


さすが、よくわかっていらっしゃる。

プペシュ学舎は王国最高の教育の場であると同時に最低のごみ箱でもあるからね。


「セディ。

週七日のうち、三日は騎士の修行。

残り四日を、学舎での学びに使いなさい」


……おおお?!

いいじゃんか!

思ったより、だいぶ好条件じゃん。


これはこれは……。

普通に、当たりの話では?




誤字などありましたらご指摘ください。

つたない文章ですが、楽しんでいただけたら嬉しいです。

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