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第25話 紫苑騎士

「これにて第二試験を終了とする。合格者のルマリエッタとクラリッサは、ついて来るように」


決着を告げるや否や、試験官たちはそれ以上の説明を一切せず、そのまま訓練場を後にした。

あまりにも素っ気ない対応に、ルマリエッタとクラリッサは思わず顔を見合わせる。


一瞬遅れて二人は慌てて後を追った。


案内された先は、最初の問試に使われた部屋であった。

静かで、張り詰めた空気だけが残る場所。

ここで何が行われるのかは、説明されずとも分かる。


――最後の面接だ。

二人のうち、どちらが紫苑騎士としてふさわしいか。

その判断が、ここで下されるのだろう。


試験官たちが先に部屋へ入った後、二人は控室でしばらく待たされた。

何も告げられない沈黙の時間が、かえって緊張を増幅させていく。


やがて、扉の向こうから入室を命じる声が響いた。


ルマリエッタとクラリッサは、互いに無言のまま頷き合い、扉の前に立つ。

そして、同時に一歩を踏み出した。


扉をくぐった瞬間、二人ははっと息を呑む。


先ほどと同じように試験官たちが一列に並んで座っているが、その中央に、先ほどまでいなかった人物がいたからだ。


ゾフィア・マグダレナ・エナ・ラジヴィウ。


最終面接には王族が来るとは聞かされていたが、ゾフィア王妃自らがこの場に臨席するとは。

紫苑騎士隊の選抜が、いかに重い意味を持つかを、嫌というほど思い知らされる。


二人は促されるまでもなく、その前へと進み、静かに立った。

背筋を正し、視線を上げる。


すると一番左端に座っていた、現紫苑騎士隊隊長カタジナが、静かに口を開いた。


「二人とも、我が紫苑騎士隊への入隊試験合格、おめでとう。これからよろしく頼むぞ」


その言葉に、ルマリエッタとクラリッサは思わず息を呑む。

一瞬、意味を理解できず、互いに顔を見合わせた。


やがて、クラリッサが恐る恐る問いかける。


「……二人、二人とも、ですか?」


「ああ、そうだ」


カタジナは淡々と、しかしどこか柔らかさを帯びた声音で続けた。


「今回は一名ではなく二名の募集だったのだ。本来はこの秋に結婚を控えておった欠員、まあ、私のことなのだが、一名の予定だったのが、つい先ごろ、来春にもう一人嫁ぐことが決まってな。故に、今回の試験では二名を選ぶことになったのだ」


一拍置き、はっきりと告げる。


「だから――二人とも、合格だ」


その言葉が完全に理解された瞬間、二人の肩から力が抜けた。

胸に広がるのは、張り詰めていたものがほどける、確かな安堵。


「だから、ここで話すことはもう、合否には関係ない。楽にして話すように」


そう前置きしてから、カタジナは、あらためてルマリエッタへと視線を向けた。


「ルマリエッタよ。まさかクラリッサに勝つとはな……正直、驚いたぞ」


「はっ……」


「昔より剣の腕も上がったようだが、それ以上に驚いたのは魔法だ。お前が魔法を使えるとは聞いていなかった。良く鍛錬したな」


その言葉に続いて、列の中ほどに座っていた年輩の男が口を開いた。

王宮付きの魔法使い――スタニスワフである。


「そなた、幻の分身を作り出す魔法を使ったな?」


「はっ」


「……あの魔法を習得しているということは、誰かに教わったのであろう。

それは、いったい誰だ?」


一瞬、室内の空気が張り詰める。

その問いが軽い好奇心ではなく、もっと強い関心から発せられたものであることは、誰の目にも明らかだった。


しかし同時に――

それが、貴族家に伝わる秘事に踏み込む問いであることも、皆が理解している。


教えることはできない。

そして、それ以上無理に問うことも許されない類のものだ。


沈黙を破るように、スタニスワフは独り言のように続けた。


「あの魔法は、ケルトに伝わる古い精霊魔法なのだ。

かつては多くの使い手がいたと伝えられておるが……

今では……あの大戦の後では使う者が絶えてしまっている」


老魔法使いの眼差しには、驚きと、そしてわずかな懐かしさが(にじ)んでいた。

その視線を受けながら、ルマリエッタは静かに背筋を伸ばす。


――そうなのだ。

その感覚は、彼女自身も抱いていた。


セドリックは『幻惑(メルー・イーヴァ)』の魔法を、

「魔法使いや魔法戦士がよく使う、防御と攻撃に便利なありふれた魔法」

だと言っていた。

しかし、ルマリエッタはそれまで、そのような魔法を見たことも、聞いたこともなかった。


念のため、騎士である父クラナス伯爵にも尋ねてみた。

だが返ってきたのは、同じく「知らない」という答えだけだった。


やはり、普通の魔法ではなかったのだ。


「むろん、フロニルウス家の秘事であるということは分かっておる」


老魔法使いは、探るような口調で続ける。


「だが、誰がそなたに教えたのだろうか。

家の者か?それとも王国の者なのか?他国の者か?人間か?エルフか?

いったい誰がそなたに伝えたのだ。わしは知りたいのだ」


ルマリエッタは、答えに詰まった。


秘事であることは事実だ。

だが、それ以上に――

教えたのが、騎士の家の次男であり、しかも自分より年下の少年である、という事実を口にして、果たして信じてもらえるだろうか。


その考えに至り、彼女は言葉を失ったまま、沈黙するしかなかった。


沈黙そのものが、

この問いの難しさを物語っていた。


しかし、何も答えぬままでいることは、不忠にも等しい。

ましてや、王妃自らが臨席するこの場では、なおさらであった。


ルマリエッタは一度、小さく息を整える。


「スタニスワフ様。その者についてお答えすることはできませぬが――

その者が、私に何を教えたのかをお伝えすることはできます」


「……ふむ?」


老魔法使いが、わずかに眉を動かす。


「その者は、私に魔法を教えるにあたり、こう申しました。

『火や氷の魔法で、王族を守ることはできぬ。王族を守るための魔法を覚えよ』と」


「ほう……」


「実際に彼が私に教えたのは、基礎的な魔法のほか、

本日お見せした幻惑や身体強化でした。

他にも、盾の魔法や、悪意や罠を探る――身を守ることを主とした魔法ばかりでございます」


一瞬、視線を伏せ、そして続ける。


「はじめは、そのことに不満もありました。

ですが、今では理解しております。

もし見栄えのする攻撃魔法を優先して学んでいたならば……

本日、この場に立つことは叶わなかったと」


その言葉を受け、カタジナが、静かに頷いた。


「その通りだ」


そして、隣に立つクラリッサへと視線を向ける。


「クラリッサよ。今日使われた魔法が『火球』や『氷刃』であったなら、どうしていた?」


「はっ。我が闘気にて火球ごと、叩き斬っておりました」


即答だった。


その返答に、カタジナは口元をわずかに緩める。


「そうだ。騎士は、対魔法使い戦闘の訓練を欠かさぬ」


再び、ルマリエッタへと向き直る。


「ルマリエッタよ。

今日の勝利の理由の一つは

お前が“魔法使い”ではなく、騎士として戦ったことにあるだろう。いや魔法戦士か聖騎士というべきか」


一拍置いて、言葉を添える。


「聖騎士にはなりかけだが、最後の強撃、見事であった」


「はっ」


短く応えた後、ルマリエッタは言葉を付け加えた。


「……そして、その者は、こうも申しました。

『魔法は、魔法を使うこと自体が目的ではない。

問題を解決するための、ただの手段に過ぎぬ』と。

王族を守るために紫苑騎士隊へ入隊するのであれば、

その“守るための魔法”を身につけていることを示せ――

そう言われ、今日まで訓練を重ねてきたのです」


その言葉が終わると同時に、沈黙が落ちる。


やがて、これまで静かに成り行きを見守っていた王妃が、ついに口を開いた。


「聞いたか、カタジナよ、スタニスワフよ」


「はっ、まことに」

「汗顔の至りでございます」


老魔法使いは深く頷く。


王妃は、静かに、しかしはっきりと告げた。


(ちまた)の魔法使いたちよりも、

騎士であるルマリエッタのほうが、

よほど魔法の本質を理解しているではないか」


その言葉は、評価であり、同時に断であった。


「ルマリエッタ、クラリッサよ。これから、よろしく頼むぞ」


「はっ」

「はっ」


その応答を受け、カタジナが続けた。


「両名とも、紫苑騎士隊への入隊を認める。

本日これより、正式に隊員として任に就いてもらう。

それから、ルマリエッタは騎士の宣誓をまだ済ませていなかったな。

それについては、クラナス伯爵と相談のうえ、後日あらためて執り行う」


「はっ」


悲願であった入隊は、ついに(かな)った。

ここから先は、ルマリエッタ・エナ・フロニルウスではない。

紫苑騎士隊の騎士、ルマリエッタとして、王国に仕える日々が始まる。


それでも――

胸の奥に、わずかな痛みが残っていた。


この道を選ぶことで、もう戻れなくなった場所があることを、彼女は誰よりもよく分かっていたからだ。






誤字などありましたらご指摘ください。

つたない文章ですが、楽しんでいただけたら嬉しいです。

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