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第24話 ルマリエッタの入隊試験

この王国でも最も格式高い騎士隊である紫苑騎士隊(しおんきしたい)の入隊試験は、まず問試から始まった。


王宮内で、普段は重臣たちの会議に使われるという静謐(せいひつ)な部屋に、二十名を超えるうら若き淑女たちが集められていた。

いずれも子爵家以上、王国でも指折りの名門貴族の生まれで、いつもは上質な布で仕立てられた衣装に身を包んだ彼女たちも、今日は古式にのっとり質素な運動着に着替えていた。


身分だけは紫苑騎士隊に入隊することはできない。

そして武勇だけでも。

この騎士隊の任務は、戦場で剣を振るうことだけではないからだ。


平時においては王宮に常駐し、王族や高位貴族だけでなく、外国の要人の護衛を務めることもある。

ゆえに求められるのは武勇だけではなく、歴史、法、礼節、そして言葉の選び方に至るまでの教養であった。


さらに、その知識を持っているだけでは不十分だ。

その高貴な生まれにふさわしい立ち居振る舞いが求められる。

高貴な沈黙に耐え、視線を受け止め、なお己を失わぬこと。

それらすべてが、問試という名の静かな試練の中で、厳しく見定められていく。


とはいえ、ここに集められた女性たちはみな、その試練を乗り越えるために、長い年月をかけて準備を重ねてきた者たちである。

名門に生まれたというだけでは足りないことを、誰もが理解していた。


問試が始まると、受験者たちは一人ずつ名前を呼ばれ、別室へと案内されていった。

今日はより重く見える扉の向こうで、静かな緊張が待ち受けている。


部屋の中には紫苑騎士隊の隊長、副隊長だけではなく、大臣や学者の顔もあった。

また、奥に室内の調和を保ったまま置かれた衝立の後ろには、入隊後に警護することになる王族が控えているということは、公然の秘密であった。


試験官たちからのルマリエッタへの問いは多岐にわたった。

王国法に関する基本的な解釈、主要貴族家の紋章知識、さらには隣国の先々代の王の名と、その治世における主な業績。

数にして十ほど――いずれも、王宮に仕える者であれば把握していて当然とされる内容である。


彼女は、試験官から投げかけられる問いに対し、よどみなく答えていった。

言葉は簡潔で、説明は不足なく、余計な装飾もないように気を付けた。

言葉は多くても少なくても減点となるのだ。

緊張の中で、歴史、礼法、王宮での心得――いずれの問いにも迷わず、声の調子も表情も終始落ち着いて答えることが出来たと思う。


試験官は淡々と次の質問を続けながら、その態度を静かに観察している。

この場で試されているのは、知識だけではなく、王宮に常在する者としての自制と品位、そのすべてであった。

ルマリエッタは、それに十分応えられていると、自らも理解していた。


だが、おそらくほかの参加者たちも同様であろう。

この場に臨んでいるのは王国内でも()りすぐりの者たちなのだから。


全員が質問に答えたところで、王宮の一角にある、訓練場へ移動することになった。


いよいよ最も重要な第二試験、すなわち参加者同士の手合わせへと移る。

静かさはそのままに、参加者を包む空気は鋭さを帯びた。


ルマリエッタは剣匠として名高い騎士カサナリスの指導を受け、今まで鍛え上げてきた闘剣技のみで、この試験に臨むつもりであった。

しかし、ごく最近になって、セドリックの指導のもとでいくつかの魔法を習得することができた。

本当に幸運であった。

それが無ければこの場に立つことをあきらめていたであろうから。


教えを受けた魔法の中で、特に有用だったのが身体強化の魔法だった。

ルマリエッタは集中的にその魔法を鍛錬し、現在では、強化された体の強度と剣技を組み合わせた戦い方を実戦レベルで使えるまでに仕上げていた。


魔法の力によって速くなった踏み込みは深くなり、強くなった剣筋は迷いなく振られる。


その動きは常人のそれをわずかに超えていたので、同世代の中では抜きん出ることが出来たのだろう、結果、彼女は危なげなく最初の一勝を上げることができた。


高潔なる騎士としての振る舞いも試されるので、勝った者は驕らず、敗北した者も誇りを失わず、粛々と戦いは続けられる。

手合わせはなおも続き、勝ち残った者同士の対戦へと移っていく。


その後、互いに三連勝を収めた者同士の戦いとなった。


四戦目の相手は、ルマリエッタより年上の侯爵家令嬢であった。

剣の腕も確かで、周囲からもなかなかの使い手だと噂されている人物である。

事実、これまでの手合わせにおいて、彼女は闘気を込めた強撃で相手の木剣を叩き壊し、戦闘不能に追い込んできたのを見ていた。


その実力を前にして、ルマリエッタは温存していた魔法『光の(フェッルム・)(ルーミニス)』を用いた。


ルマリエッタの手にする木剣が、(まぶし)い光を纏うと、周囲から驚きのざわめきが起こる。


身体強化の魔法を(まと)ったルマリエッタの打ち込みは、速く、重く、そして鋭かった上に、魔法の光に包まれた木剣は、闘気を纏った相手の木剣との激しい衝突にも耐えうる。

そのため、彼女は一切のためらいなく剣を振るうことができた。


侯爵令嬢との試合は、これまでの戦いよりも長く続いた。

剣技そのものはほぼ互角。

一進一退の攻防が繰り返され、観衆の息も自然と詰まっていく。


だが、最後に差を生んだのは、身体強化であった。

受け止めきれなくなった相手は次第に体勢を崩し、ついに剣を下ろした。


これで四連勝となったのは二人だけとなった。


最後の相手は、ジェリンスキ伯爵家の次女、クラリッサであった。

世代一の実力者と噂される存在で、すでに王国騎士団の騎士として確かな実績を積んでいて、最も紫苑騎士隊に近いと噂されていた。


残るべくして残った者である。

紫苑騎士隊へ入隊するためには、必ず打ち倒さねばならない相手だった。


ルマリエッタは小さく身震いする。


だが、それは恐れからではない。

胸の奥から込み上げてくるのは、抑えきれない喜びと高揚感だった。


(――望むところだ)


この相手と剣を交えずして、紫苑騎士隊を語る資格はない。

ルマリエッタは静かに息を整え、剣を握り直す。


この戦いで、すべてを出し尽くす。

技も、魔法も、覚悟も――

その先にある勝利を、必ず自らの手で掴み取るために。



開始の合図と同時に、ルマリエッタは即座に魔法を唱えた。

これまで使わずにいたとっておきだ。


アオス・シー(アオス・シー)淡き光よ(ソラス・シェーヴ)虚ろなる(キェンガル)像を結べ(イーヴァ・フォラム) 『幻惑(メルー・イーヴァ)』」


空気が揺らぎ、次の瞬間、闘技場の中央には二人のルマリエッタが立っていた。

寸分違わぬ姿、同じ構え、同じ気配。

視覚だけでなく、わずかに漂う魔力の残滓(ざんさ)までもが重なり、どちらが本体かを即座に見抜くことは困難である。


「……なんだと」


クラリッサは一瞬、足を止めた。

驚きはあったが、慌てて仕掛けてくることはない。

世代一と称される所以――不用意な一撃を放たぬ冷静さがあった。


その、ほんの(わず)かな間。


ルマリエッタは、幻の影に紛れながら、次の準備を整える。


(今だ)


我が身に力を(ウィム・ミヒ・ダ) 骨に(オッシブス・)強さ(フォルティ)(トゥディネム) 血に(サングィニ・)速さを(ケレリターテム) 『身体強化』(ロブル・コルポリス)


「 光よ 剣を覆え(ルーメン・フェッルム)刃を(・テギト・アキエム)鋭くし(・アウゲ )強さを与えよ(ローブル・プラエスタ)光の(フェッルム・)(ルーミニス)』」


続けざまに魔法を唱えると、魔力が一気に巡り、身体の芯が熱を帯びる。

同時に、手にした剣が眩い光を纏い、刀身の輪郭が白く輝いた。


間髪入れず、二人に見えるルマリエッタが、同時に踏み込んだ。


クラリッサは即座に後方へ大きく跳び退く。

距離を取ると同時に、腰を(ひね)り、横薙(よこなぎ)ぎに剣を振るった。


「惑わされんぞ!風刃波(ふうじんは)!」


闘気を込めた一撃が、刃となって空を裂く。

熟達すれば二十歩以上離れた相手にも傷を負わせる闘剣技だ。


ルマリエッタは、それを紙一重でかわした。

だが、その代償として、幻惑の魔法は霧散する。

二つに見えていた姿は消え、そこに残ったのは本体のみ。


次の瞬間――


クラリッサが、強烈な闘気を全身に(まと)って踏み込んできた。


木剣と木剣が激しくぶつかる。


魔力と闘気がぶつかる乾いた炸裂音が連続し、互いの木剣を包む魔法の白光と闘気の赤光が衝突し火花のような小さな光を発した。


技の切れ、剣筋の正確さでは、わずかにクラリッサが上回っているように思える。

だが、その差は、ルマリエッタの身体を底上げする魔法によって相殺されている。


速さ、重さ、反応――

魔法によって強化された身体能力が、技量の差を埋める。


打ち合いは、互角。

一歩も退かぬまま、二人の剣は激しく噛み合い続けていた。


打ち合いが続く中で、ルマリエッタははっきりと不利を感じ始めていた。


クラリッサの闘気が、まるで尽きる気配を見せないからだ。

騎士として長年修練を積んできた者の闘気は、呼吸と同調するかのように安定しており、剣を振るうたびにむしろ研ぎ澄まされていく。


(……さすが、世代一の使い手)


一方で、ルマリエッタの内側では、確実に変化が起きていた。

身体強化、光の剣――複数の魔法を同時に維持し続けている代償として、魔法力が急速に削られていくのを感じる。先の戦いで魔法力を消耗したのが痛い。


ついに剣を受けるたび、光がわずかに揺らぐようになった。

踏み込みの重さも、ほんの僅かだが鈍り始めていた。


クラリッサはそれを見逃さない。

闘気を纏った一撃一撃が、より重く、より鋭くなっていく。


余裕すら感じさせる低い声とともに、強烈な打ち込みが襲う。

ルマリエッタは受け止めきるが、その衝撃が腕に痺れを残した。


(もう……長くはもたない)


このまま消耗戦になれば、勝敗は明らかだ。

闘気を学び長く訓練してきた騎士と、つい最近魔法を覚えたばかりの自分とでは、持久力に決定的な差があったのだ。


(どうする?!)


その一瞬の弱気な思いが、致命的な隙を生んだ。


クラリッサが巧妙に仕掛けた(おとり)の見せ技に反応してしまった剣が、待ってましたと言わんばかりに闘気の乗った『強撃』で下から打ち払われる。

衝撃に耐えきれず、ルマリエッタの手から木剣が弾き飛ばされ宙に舞った。


「――っ」


彼女は即座に後ろへ跳び退く。

だが、機を逃すほどクラリッサは甘くない。


一気に踏み込んでくるクラリッサ。

距離は一瞬で詰まり――


次の瞬間、ルマリエッタの至近に迫ったはずのクラリッサの身体が、逆に後方へ吹き飛ばされた。


「『(インペトゥス・)(ウェンティ)』!!」


ルマリエッタが腕を突き出して放った衝撃波が、正面から直撃したのだ。

クラリッサはとっさに防御し、無様に倒れこむことはなかったが、着地は乱れ、明らかに体勢を崩している。


(今しかない!)


ルマリエッタは、残された魔法力を惜しみなく解き放つ。

身体強化を最大まで引き上げ、その勢いのまま、クラリッサへ向かい飛び込む同時に――


わが手に(アド・マヌム・)来たれ(メアム、ウェニ) 『引寄』(アットラーヘレ)!」


宙を舞っていた木剣が一瞬で引き戻され、彼女の手に収まる。

だが、一度剣を手放したことで、『光の剣』の魔法はすでに消失していた。


それでも、躊躇(ちゅうちょ)はない。


使うのは乏しい魔力を使う魔法ではないからだ。


剣技――『強撃』!


それこそが、騎士が最初に教えられる、基本であり奥義でもある闘剣技だ。

赤い闘気を剣に込め、全力で打ち込む。


虚を突かれ、体勢の整っていないクラリッサの守りの構えを打ち、その木剣を叩き落とすと、ルマリエッタの木剣は、相手の目前に突き付けられていた。


「――そこまで!」


試験官の鋭い声が、闘技場に響き渡った。




誤字などありましたらご指摘ください。

つたない文章ですが、楽しんでいただけたら嬉しいです。

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