第22話 引寄と風衝
ルマリエッタ様がプペシュ学舎に通い始めて一か月ほど経った頃、魔法の指導の前に学舎のことを聞いてみると、あまりいい顔をしなかった。
なにごとー?
「うーん……学舎か」
「何かございましたか?」
「うーむ、実はな、歴史や戦理・戦術の講座などは良いのだが、肝心の魔法学の講義が、なんというか、ちょっと違うように思うのだ」
「ちょっと違う、ですか」
「そうなのだ。この一か月の間、セドリックから教えてもらっていたものと、ちょっと違うような気がするのだ。前にそなたが言った『魔法は問題を解決し、目的を果たすための技術に過ぎない』という言葉は実に腑に落ちたので、私はそのように魔法を覚えようとしていたのだが」
「違ったのですか」
「そうなのだ。今受けている魔法学の講座は、何人もの騎士や騎士を目指す者が受講している、学舎の中でも特に人気の講座なのだがなあ」
そう言うと、ルマリエッタ様は深くため息をついた。
「どうも、魔法を使うこと自体を目的としているように思えるのだ」
「ああ、なるほど」
「だから、教えている魔法も火球だったり、氷刃だったり派手な攻撃魔法ばかりでな。それで試しに、講師に宮廷の警護の任務で役に立つ魔法は何ですか、と聞いてみたんだ」
「なんと言っていたのですか」
「『強い騎士は強い魔法です。地水火風四属性の攻撃魔法を覚えれば、どんな敵が来ても大丈夫です』とその者は答えたのだ」
「ははあ」
「以前の私であれば、そういうものだろうと納得したのだろうが、今は違うのだ。今は宮廷で王族の警護をするために、本当に役に立つ魔法を優先して覚えたいと思っている」
そう言ってルマリエッタ様は、形の良い眉をしかめた。
「セドリックよ、魔法に関しては、私はプペシュで学ぶのはやめようかと思っていたのだ。このままそなたに教えを受けていたい。どうだ、それでよいか?」
割と真剣なまなざし。
思わず見入ってしまいそうな、きれいな瞳。
あっ、返事しなきゃね。
まあ、よいかと言われましても、よくないなんて言えるはずもないわが身。
伯爵令嬢と地方騎士の次男だぜ。
身分の差を分かりやすく説明すると、県知事の娘で自分も市長くらいの権力がある女の子と、どこかその辺の小さな村の村長の次男くらいです。
「もちろんでございます。未熟な身ではございますが、しっかりと教師役を務めさせていただきます」
はい、ニコッ。
この前、位階が上がったからCHAは驚異の19!
にっこり微笑めば、みんなイチコロのはずさ。
「そうか! よし、よろしく頼むぞ!」
「ははっ」
嬉しそうなルマリエッタ様。
「そうとなれば、今日もさっそく始めようではないか。ヒムエスに負けるわけにはいかぬ」
そう、ルマリエッタ様と若様はほぼ同時期に魔法の訓練を始めたので、ほぼ同じスキルレベルとなっている。
ルマリエッタ様は十五歳で魔法スキル:4で、それもなかなか良い数値なのだが、若様は七歳で同じく4なのだ。
これは年齢を考えるとかなり良い数値だ。
なのでおぼっちゃまは絶好調。
「うん!練習はじめよう!」
今日も元気元気。
おぼっちゃまはこの数か月で『灯火』『明かり』『創水』の初めての魔法基本セットを完全にマスターしてから、いくつもの簡単で便利な魔法を習得し、今は『引寄』の魔法を練習している。
『引寄』は英語で言うならブリンクみたいな感じ。その辺にあるものを手元に引き寄せる便利な魔法だ。
これさえあれば炬燵に入ったまま、スマホもリモコンも手元にすぐ持ってこれます。
炬燵には二百年くらい入ってないけどね。
この『引寄』の魔法を練習するにあたって、おぼっちゃまにはお気に入りのシチュエーションがある。
それは『敵に剣を払われてしまい、必死で逃げながら引寄を使い、剣を握り直して反撃を開始する』という、ドラマ仕立ての練習だ。
普通に練習してくれればいいのに、毎回毎回おぼっちゃまが持っている剣を横から打ち込んで吹っ飛ばさなきゃならない。
そうすると、おぼっちゃまが転生少年からの攻撃を床を転げ回って避けながら『引寄』を使い、剣を手元に戻すのだ。
クソ面倒なことに、ルマリエッタ様もこのザ・茶番の訓練が大好きなのだ。
二人で「でやっ」とか「くそっ」とか言いながら地面を転げ回るので魔法の指導なのに毎度、練習着が汚れまくってしまい、ついに洗濯係からクレームが出てしまったので、今では部屋の中で行っている。
伯爵家の大広間を特別使用。
伯爵は娘に甘い。
使わせんなよ。なあ。
そしてこの練習を二人はやめない。全然やめない。
何がおもろいのかわからんけど、飽きる気配がない。
なんなんだろね、まじで。
七歳のおぼっちゃまはまあいいとして、ぴちぴち十五歳のルマリエッタ様が決め顔で「我が手に来たれ!引寄!」っつってポーズ。
上手くできたら都度褒めなきゃいけないし、ちゃんと見ていないと注意を受ける。
なんなんすかね。まじで。
十五歳の女の人ってもっと大人じゃない?こんなもんだっけ?
まあ、集中して練習しているようなのですぐに上手になってきたから、この魔法の練習ももう終わりだろう。
そんな二人をいつもは冷え冷えで相手をしている少年ですけど、今日はルマリエッタ様から『これからもずっと教えてね(ハート)』に的なことを言われて、ちょっと気分が良いので、少しサービスしてあげることにする。
いつものように、おぼっちゃまの剣を払った後、おぼっちゃまがゴロゴロ転げ回りながら引寄をしようとするのを邪魔しちゃうんだ。
おぼっちゃまより先に剣を引き寄せるのさ!えい!
『わが手に来たれ 引寄!』
おぼっちゃまより早く正確に詠唱すると、おぼっちゃまの木剣が転生少年のもとへピュンと飛んでくる。
おぼっちゃまの魔法は空振り無効。
どうよ。
「あっ!」
「あっ!」
おぼっちゃまとルマリエッタ様が同時に声を上げる。
今まで邪魔していなかったから、驚いたんでしょう。
「相手も魔法を使う場合がありますから、ご注意くださいませ」
などとクールに決めてニッコリ。
CHA19スマイルなら、弟子への意地悪も許されよう。
たぶん。
「ねー! ずるいよ!」
「そう言われれば、確かにそうだな、むう……」
「相手は選べませんからね」
「ぐううう」
「むうう」
二人は混乱。
そらそうよな。
で、ここで、指導スキル:20(レジェンド)の元天才魔法使いは、教え子を導くのが上手なので、次の魔法を教えて差し上げるのです。
「では、こういう場合どうするのか、新しい魔法を覚えてきましたので説明します」
二百年前から知ってるけどつい最近に覚えたていです。
少年がお二人に先行して、本や何かで覚えた魔法を教えるという設定で運営されています。
「おお!」
「なになに!」
興奮する二人。
なんとも……素直で、好きになっちゃうよ。
「それでは、まずはルマリエッタ様にお願いです。若様が怪我をしないように、少し離れた、後ろのほうに立っていてください。若様が飛んできましたら、受け止めてください」
「どういうことだ?」
「ぼく、飛ぶの?」
「ええ。では、剣を払われた時の対応法はいくつかあるようですが、そのうちの一つ、相手を飛ばして隙を作る方法です。それでは若様、私の剣を払ってください」
「わかったよ、いくよセディ!やあ!」
掛け声とともに、おぼっちゃまが剣を横から打ち込んでくると、転生少年の剣は飛ばされてしまう。
そこで無防備な少年に打ちかかってくるおぼっちゃまに対して……
『風衝』
ぼんっ、という空気の振動とともに、おぼっちゃまが後方に吹き飛ばされ、それをルマリエッタ様が受け止めた。
『引寄!』
少年は、あっという間に剣を引き寄せ、握り直しおぼっちゃまに駆け寄り、剣先を向ける。ピッ。
「いかがですか」
「おーーー!すごいな!」
「どうやったの、今の!ねえ!」
「ふふふっ。今のは『風衝』という魔法です。空気を操って、相手を吹き飛ばす魔法なのです。ルマリエッタ様は、似たような技をご存じなのではないですか」
「うむ、知っている。闘気法を使った剣技の一つに、そのような技があるが」
「実は、それらは同じようなものなのです。魔力を使うか、闘気を使うか、その違いで、結果は同じなのです。ルマリエッタ様は剣技も修練を積んでいますので、いずれは闘気でも同じようなことができるようになるはずですよ。お好きなほうを使うといいと思います」
「そうか、なるほどな。相手を吹き飛ばして隙を作るのか」
「はい。ただし、強い魔法結界を持っている者や、同様に強い闘気を持った者には、通じないかもしれませんのでご注意ください」
「すごいよセディ! ねー! はやくおしえて!」
「もちろんですとも。この魔法は想像力が大事なんです。詠唱は短いのですが、想像が正しくないと、上手くいかないようなのです。結構難しいかもしれませんよ~」
二人とも、新しい魔法を教えると本当に楽しそうにしてくれるから好きだよ。
夢中で練習する。
いいねぇ。
ただ、この『風衝』の魔法は、相手を吹き飛ばすちょっと危ない魔法なので、飛ばされる役の後ろに補助員として毎度、立って受け止めなければならなくなった。
引寄よりも面倒になったな。
失敗だったか・・・
誤字などありましたらご指摘ください。
つたない文章ですが、楽しんでいただけたら嬉しいです。




