第10話 ナナス町
二日ほどの道のりを予定通りに過ごすと、昼過ぎにナナスに到着。
馬車辛い。
道が悪くてお尻が痛いよ。
歩くよりはマシなんだけどさ。
ナナスで子爵家が常宿にしている、程度のいい宿屋にチェックイン。
馬と馬車を宿屋スタッフに預けて一行はお部屋へと移動。
ナナスの魔法の迷宮があるあたりは、もとは何もない寂しい岩山だったそうだ。しかし、迷宮が発見されてから、そこに潜る冒険者が集まり、さらに彼らを相手にした店が集まることで自然に町になったらしい。
規模が大きくなった今は、王家の直轄領となり、代官が来て統治している。
迷宮町にありがちな、無秩序に建物が並んだ雑然とした街並みで治安は悪い。
それでも、役所の近くの高級宿が連なる界隈だけはそこそこ雰囲気がよい。王都から高位貴族や騎士やって来ることが多いので、警備がそれなりにされている。
やっと到着したお宿。
子爵の定宿なので、なかなか良いランクだと思う。
部屋は清潔でシーツも洗濯済み。トコジラミなんていない。まじで吸血害虫は、普通にいるから安い宿屋は超キライだ。
こういうときは、貧困層に転生しなくてよかったと思うよ。
はじめて飛ばされてきたときは本当に大変だった。
自分一人で来ているならば、荷物をほどいて体をふいて一休みと行きたいところだけど、そこは見習い従者のわが身。
まずは、子爵様とおぼっちゃまのお世話からだ。
ご一族は広い間取りの割と豪華なスイートルームにご宿泊。
従者らしくおぼっちゃまのお体を、宿の召使が持ってきてくれたお湯ときれいな布でふきふきしているとおぼっちゃまから子爵様へご質問。
「父上、もう迷宮に行くの?」
おぼっちゃま、気が早すぎでしょう。
「いや、今日は旅の疲れを癒すのだ。迷宮は明日からだ」
そらそうよ。
「ぼく、疲れてないよ」
「お前はそうだろうが、騎士や召使たちはそうではあるまい。それに挨拶をしなければならんからな」
挨拶って何ですかね、と思ったら、同じく迷宮に来ている貴族がいるかどうか調べて、必要があれば挨拶をしに行くらしい。
自領では王のように振舞えても、上司がいるとこではちゃんと頭を下げなくちゃいけない。
子爵といえどもそういうものなのだ。
本社の会議に出てきた子会社の社長みたいなものだろうか。
お宿・ナナスの黄金鳥亭の調べでは、近所の高級宿・赤獅子亭にクラナス伯爵家の令嬢が家臣を連れてきているらしい。他にもいく人かの貴族家の騎士たちが滞在しているとのこと。
貴族家の騎士は、向こうからこっちに挨拶に来るだろうけど、クラナス伯爵家の令嬢にはこっちから挨拶に行くのかなっと思っていたらどうやらそうらしい。
「ヒム、セディ、今使いを出している。夕方になったらクラナス伯爵令嬢の宿に挨拶に行く。支度をしておくように」
とのこと。ダンジョンに行く荷物になんで礼服が入ってるのかと思ったらこういう社交もあるってことか。
我らがルドナタ家にとってクラナス伯爵フロニウス家は、ラジビル侯爵を寄り親とする同派閥上位のおうちだ。
そちらのお嬢様が魔法の迷宮にレベル上げに来ているってことは、騎士を目指しているのかな。
夕方になると、向こうのお宿から、ご令嬢が迷宮からお戻りになったとの連絡をもらったので、ご挨拶に向かう子爵のお供をする。
お部屋に案内されると、甲冑姿が凛々しい女騎士が姿勢よくお出迎え。
まずは子爵からご挨拶。
「ルマリエッタ様、ご無沙汰しております」
「ヨルク殿、久しいな。ラジビル侯爵のパーティー以来か」
薄い金髪の少女は、礼儀正しくもやわらかな笑顔でご挨拶。さすが上位も上位のお貴族。品があるわあ。
「たしかに。お元気そうで何よりです。だいぶ腕前が上がったと聞いておりますが、今年は騎士になるのでございますか?」
「うーむ。そう願っているのだが、父上がいい顔をしないのだ」
「ははあ。国境がざわついておるからでしょうか」
「そうかもしれん。今年こそ紫苑騎士隊へ入りたいのだがなあ」
紫苑騎士隊というのは、ローランド王国の貴族の女性だけで構成される特別な騎士隊で、その隊員は少数精鋭、花容月貌であるとされ、全女騎士のあこがれとなる存在だ。そこへ入るには実力はもちろん、親の強いコネと、欠員が出るという運がなければ入隊することができないスーパーエリート部隊だ。
「ルマリエッタ様、今日は息子を連れてきております。ヒムエス、ご挨拶しなさい」
おぼっちゃまはご指名を受けるとはきはきとご挨拶する。
「ヒムエスでございます。どうぞよろしくお願いいたします!」
「おお、しっかりしておるな。いくつだ」
「七歳でございます」
「ほう!まだ七歳で魔法の迷宮に入るのか。だいぶ早いように思うが」
「はい、少しでも早く父上のような立派な騎士になりたいので頑張ります!」
「良い返事だ、ヨルク殿もよいお子を持たれた。ヒムエス殿、そなたに期待する、励まれよ」
「はっ、ありがとうございます!」
元気な子供の立派なあいさつで部屋の空気が和んだところで、ご挨拶終わりかと思ったら子爵から一発いただく。
「セドリック、お前も挨拶させてもらうのだ」
なんでだよ。僕は別にいいでしょーよー。
「お初にお目にかかります。王国騎士カタニス・エナ・マルタンの息子、セドリックでございます。お見知りおきください」
ご主人様に恥をかかせぬよう、背筋を伸ばし、精いっぱいまじい真面目な表情で凛々しくご挨拶。魅力度最高値。どやっ。
「カタニス殿の名は聞いたことがある。優れた騎士だそうだな。よろしく頼むぞ」
「はっ、ありがとうございます」
「セドリックは昨年の秋から我が家で預かっておりまして、騎士の修行をさせております。彼は魔法も使えるので良い騎士になるでしょう。わたくもしかと導きます」
なんだってー!
子爵様、なんてことを言うんですか!騎士になるなんて言ってないじゃないですかー。ひどーい。
「なんと、魔法も使えるのか。羨ましいことだ。王国のため、しかと頼むぞ」
「ははっ、ありがたきお言葉!」
まじな話、全然ありがたくないけど、美人のおねーさんにそんなこと言われて、『いやいや、実は騎士になる気なんて全くないです』なんて言うのもちょっとあれなのでそのままさらっと流す。
子爵様、ウソはいけませんよ。
転生少年は後方勤務で幸せに過ごすのですから。
無事、ご挨拶を終えて宿に帰れば、あとは明日からの迷宮探索の準備をして早めに就寝。
と、思ったら、おぼっちゃまが楽しみにしすぎて大興奮。ぜんぜん眠れないようなのでこっそり睡眠の魔法でおやすみのお手伝いをする。
この世界の魔法は、同じような結果になる魔法でもいくつかの種類がある。
例えば、睡眠の魔法でも、戦闘中に使う、脳に作用をして即時に強制的に睡眠状態にする『睡眠』もあるし、穏やかにゆっくりと眠りにいざなう『睡眠』もある。
前者はすぐに眠るが、短時間で魔法の効果が解けて目覚めてしまい、後者はゆっくりと眠くなり、魔法が解けた後も自然な眠り状態に移行し長く目覚めない。
睡眠だけでも何種類もあるのだ。
転生前は世界有数の魔法マニアだったので、さらに珍しい『いい夢を見ることができる睡眠』の魔法だったり、逆に『悪夢を見る睡眠』も見つけて修得している。
今晩はおぼっちゃまのためにレア魔法のひとつ、『穏やかに長く眠れる睡眠』の魔法をこっそり詠唱。
『森を渡る風よ、葉擦れの歌よ、夜を照らす月光よ、安らぎを求める者に深き眠りを。精霊の吐息とともに、穏やかなる夢の淵へと導け』
昔、リードライムに教わった、妖樹族秘伝の森の精霊の魔法だ。
おぼっちゃま、良い夢を。
誤字などありましたらご指摘ください。
つたない文章ですが、楽しんでいただけたら嬉しいです。




