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8 余韻

 ハルトにとって初めてのオークションは、大成功で幕を閉じた。

 ラヤたちハレカゼ商会の面々は、みんな充実感を滲ませていた。

 人々がまだ開かれている屋台で買い物をして帰っていく。

 売り尽くした出店はもう片付けを終えていて、残っているのはまばらだった。

 もう太鼓や笛の音も、聞こえなかった。

 熱気の残りは静かに引いていき、空気がほんの少し冷たく感じられた。

 急に、終わったんだと言う実感が湧いてきた。

 落札者が机の前に列をなして並び、ジノーは落札者の名前と落札金額の確認を行う。

 ラヤが丁寧にアーティファクトを受け渡し、ルウォンが店でラヤが書いていた紙を渡す。

 ヴィータは落札者から受け取った紙幣を数える。

 ハレカゼ商会の面々が忙しなく受け渡しを行なっている間、ハルトは考えていた。

 自分が何気なく拾ってきたものに、多くの人が熱狂し、泣いたり、喜んだりしている様をみた。

 今、目の前で、引き渡された品物を大切そうに布で包んで鞄に入れて帰っていく人は、とても満足そうな笑みを浮かべていた。


 列の最後尾にいた、あの板を競り落とした老人、ベルナルクス商会の会長が、品物を受け取ったあと、ハルトの元へ歩み寄ってきた。

 髭の似合うその初老の男は、村の長老たちのような、威厳を纏っているように感じて、ハルトは思わず身構えてしまった。


「ありがとう少年。君が成した偉業は、私たちがしっかり文明の復興へ役立たせてもらうよ」


 そう言って、会長は手を差し出してきた。

 ハルトは戸惑いながらも、恐る恐るその手に応えた。

 ──偉業、なんて呼ばれるようなことを、自分がしたのだろうか?

 その手はごつごつと節くれ立っていたが、とても暖かかった。

 ふと、ハルトの胸に記憶がよみがえる。村の鍛冶屋、従兄のヤヒコ兄さんと、その父の手。

 あの、ごつごつとした手の感触を、思い出したのだ。

 ハルトの心の奥に、小さな違和感が残った。

 けれどラヤたちは、そんなやりとりをどこか誇らしげに見守ってくれていた。


 ヴィータが計算して、ラヤがお札を数えている間に、ジノーとルウォンが庁舎から借りた物品を手際よく運んで、片付けが進む。


「──総売り上げは、260万3600ミルね」

「うん、260万3600ミルあったよ。ハルトの取り分は6割だから……156万ミルだね」

「すっげぇ……もう少し貯めれば、市民権だって買えそうな額じゃねぇか、やったなハルト!」


 ヴィータが計算を終え、ペンを止めて金額を読み上げると、お札を数え終わったラヤがハルトの取り分を教えてくれた。

 ジノーは、ハルトの頭をぐしぐしと撫でてくれた。


「えっと、それって、どのくらいの価値があるの? 156万ミルって」

「さっきの焼きソバなら、えーっと、3万個くらい食べれるくらいだ」

「アホ、3000食だよ」


 ジノーが答えてくれたが、どうやら計算を間違えていたらしく、ヴィータに突っ込みを食らっていた。

 焼きソバが3000食と言われても、いまいちどのくらいの量になるのか、想像もできなかった。


「焼きソバじゃ分かりにくいよね、えっとね、贅沢しなければ、大体1年くらい宿屋に泊まれるくらいの額だよ」


 ルウォンが補足してくれるが、今度は宿屋がわからない。

 おそらく1年この街で暮らせるって意味なのだろう。


「普段、旅人が一回のオークションで稼ぐ額は10万から20万ミルくらいだよ。だから、ハルトはその10倍くらいを一度で稼いだってことだよ」


 ラヤも補足をしてくれて、ハルトが手にした金額の凄さを教えてくれる。

 この説明で、ようやく、ハルトは自分の成功の凄さを実感できた気がした。


 だが、オークションの成功の裏で、ハルトの心には重たいものが残っていた。

 村で何もできなくて、一人だけ生き残った自分だけが、なぜこんなふうに成功してしまったのか。

 嬉しいはずなのに、心の奥で、どこか罪悪感を抱かずにはいられなかった。

 自分だけが生き残って幸せになるなんて、みんなの死は、一体何のためにあったのか。

 この成功がその理由なのだとしたら、それはあまりにもハルトには残酷だった。


「なんにせよ、うちも大儲かりだよ! ありがとうハルト。あたしの奢りだ、一緒にみんなで打ち上げと行こう!」

「いつもの店、バッチリ予約済みっすよ」

「流石、うちの敏腕営業マンだね! じゃあ行こっか、ここからすぐなんだ」


 片付けも終わり、アーティファクトの代わりに紙幣の束が入ったケースをルウォンが抱えて、中央庁舎前を後にする。

 ハルトは、最後に振り返って、人のいなくなった会場をみる。

 庁舎越しに見えた大きな塔は、遠くでぼんやりと、赤く点滅を繰り返していた。

 等間隔に並ぶ街灯の灯りがぼんやりあたりを照らしていた。

 その光景は少し冷たかった。

 ちょっぴりと、寂しい気持ちにハルトは襲われた。


「ハルト、あたし達と専属契約を結ばないか?」


いつもの店、と言うところに向かうジノーとヴィータの後ろ、隣を歩くラヤが首元の緑の帯を緩め、襟のボタンを外して、服を着崩しながらハルトに尋ねた。


「専属契約?」

「そう、専属契約。ハルトのアーティファクト発掘の支援をハレカゼ商会が行う。代わりに、発掘品の販売は今回みたいにハレカゼ商会が請け負うって言う契約だよ」

「つまり、ハルトは発掘に集中できて、販売のことは任せられるってことだよ」

「取り分は今回と同じままハルトが6割、うちが4割で、更にうちからの支援が得られるんだ。悪い話じゃないだろう?」

「えっと……」

「ラヤさん、ハルトくんが戸惑ってるよ。彼は今日この街に来たばかりなんだろう? もう少し待ってからでもいいじゃないか」

「むぅ……」


 捲し立てるように話すラヤに戸惑っていると、ルウォンが後ろから助け舟を出してくれた。


 自分一人だけがたまたま生き延びて、たまたま行き着いた遺跡で、たまたま気にいって拾ってきたアーティファクトが、たまたまとても珍しいものだった。

 たまたま行き着いたウィンドリムという街で、たまたま高値で売れて、たまたま大金を手に入れた。


 ハルトにとってそれは、ただの偶然の連続だった。

 村のみんなの死、自分だけ生き残ったこと、偶然の幸運、それらが一つにまとまりきらず、ハルトの心の中に、整理のつかない空虚感が生まれていた。


 専属契約の誘いに、ハルトは答えられなかった。

 今回はうまく行っただけで、次もうまく行くとは、限らない。

 ハルトは、期待されるような、そんなすごい人間なんかじゃ、決してない。

 成功した──確かに今回はそうなのかもしれない。

 でも、その重みが、心のどこにも定着しなかった。

 どこか空っぽのままで、手に入れたはずの実感は、指の隙間からするりとこぼれていくようだった。


 生き残った者としての責任、自分の存在意義、過去と向き合う必要が、静かにハルトの胸の奥にうっすらと浮かび上がっていた。

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