7 値のついた過去
色々と準備が終わり、ヴィータが一息ついている間、ハルトは周囲のにぎわいを眺めながら、不思議な胸の高鳴りを感じていた。
ジノーは屋台を周り、色々と買い込んできて、それをみんなに配っていく。
ジノーが買ってきた、“焼きそば”という紙の器に盛られた料理を、ハルトは手渡された。
ハルトにとって、それが人生で初めての麺料理だった。
見たことのない細長くうねった茶色い食べ物に、緑色の粉が振り掛けられているそれは、見た目はあまり美味しそうには見えなかった。
だが、湯気とともに立ちのぼる、甘くて香ばしい匂いは、数ヶ月間、簡単な料理しか食べていなかったハルトの食欲をそそった。
口に運んだ瞬間、濃い、深みのあるソースの味に、思わず目を見開いた。
初めて食べたのに、なぜか懐かしいような気もする、そんな味だった。麺の食感も心地よかった。
「とても美味しい」「こんなの初めてだ」と伝えると、ジノーは嬉しそうに目尻に皺をつくって、ハルトの頭にぽんと手を置いた。
「ちょっと早いけど、もう始めちゃおうか」
みんながジノーの買ってきた食べ物を食べ終わり、しばらく曲調を変える音楽に耳を傾けていると、ラヤが腕を上げて手首の内側を見ながらそう言った。
ハレカゼ商会の四人は椅子から立ち上がり、表情を引き締めた。
それぞれが、自信を持った表情だった。
ハルトもつられて立ち上がる。
「さぁさぁ、ご来場の皆皆さま方、毎度の事ながら急な開催にこうして足を運んでくださり、心より感謝申し上げます!」
「今宵は待ちに待った特別な夜でございます。みなさんもう待ちきれないご様子なので、少々早いですがオークションの方を始めさせていただこうかと思います!」
ラヤは前に出て、広場に集まった人々に向けて、手にした紐の繋がった棒を口元に当てて、司会を行う。
さっきまでの話し方とは違い、ちょっと芝居がかったような喋り方だった。
ジノーとヴィータが庁舎から運んできた紐のついた黒い箱から、ラヤの声が大きくなって、庁舎前いっぱいに響いていた。
会場からは歓声が上がり、視線が一気にハルトたちの居る庁舎前の一段高くなった場所に集まる。
「ラヤちゃぁぁあん!結婚してくれえぇ!!」
「今日も最高だよッ!愛してるー!!」
「ラヤちゃーんこっち向いてー!!」
「今夜もオレの夢に出てきてくれぇー!!」
と野太い声のガヤが飛び交う。
ラヤは、思った以上に、この街で大人気のようだった。
「うちのボス目当てで来てる連中も沢山居るんだ」
ジノーがこっそりと悪戯っぽい顔でそう教えてくれる。
「本日お届けするのは、ただの品物ではございません。4年前、あのウィンドリム発掘隊の精鋭部隊でもなしえなかった、北の峠を越えた向こう側からの発掘品です!」
この一言で、会場にどよめきが走り、視線がハルトに集まる。
ハルトは気圧され、緊張で額に汗が滲む。
「さあ、どうぞその目と耳、そして心の準備を整えてくださいませ。──それと財布の紐は今夜は緩めちゃいましょう! では、皆さま、息を呑み、手を挙げ、声を張り上げて、共にこの夜を彩りましょう! オークションを開催いたします!!」
再び歓声が湧き上がった。
ルウォンがケースからハルトが拾ってきたアーティファクトの一つ、銀色のコインを手袋をした手で持ち上げると、高々と掲げた。
「今宵最初の品物は、蒐集家なら是非手に入れたいであろう珍しい前文明2020年の記念硬貨! 保存状態は堂々のランクAでございます!」
「この商品についてご質問ある方はいらっしゃいますか?──大丈夫ですね」
「それではこちらは1000ミルから始めましょう!」
──こうして、オークションが始まった。
最初に競りにかけられたのは、コレクター向けの装飾品や記念品だった。
手を挙げるのは主に個人の参加者で、どれも堅実な値がついていく。
ハルトはただ、手が挙がるたび、数字が叫ばれるたび、何か大きなことが起きているのだという気配だけは感じ取れていた。
そしてだんだんと、リバースエンジニアリングを行う技術職の個人や、商会が欲しがる品が出品されていく。
金額も、どんどん桁が上がっていった。
ハルトはそんな事情はわかるわけもなく、ただ手を挙げて数字を叫ぶ人々に圧倒されていた。
会場を盛り上げるラヤの司会を聞きながら、ハルトは、その姿にしばし見とれていた。
「こちら、本日最後の、飛び切りの目玉商品です。──皆さま、驚きのあまり失神しないでくださいね」
「所謂、〈旧式のプロセッサ〉搭載型の携帯情報端末ですが、なんと……起動を確認いたしました!!」
広場に集まった人達がざわつき、囁きあう。
ルウォンがラヤに、あの綺麗な絵の映った手のひらに収まる板をそっと手渡す。
ジノーとヴィータがリールに巻かれた紐を伸ばしながら持ってくると、ラヤは、ハレカゼ商会の店でやったみたいに、細い線をリールに繋いで、板にも繋ぐ。
最初にやった時のように、時間をおいてから、赤い絵が浮かび上がる。
会場からどよめきが起こる。だが、それはすぐに収まり、その場のみんなが静かに、待った。
突然の静寂に、ハルトは緊張して鼓動が高鳴る。自分が持ってきた板が、なにか問題を起こしてしまったのではないのかと、不安に駆られて後退りして、目が泳ぐ。
そんなハルトの様子には、誰も気が付かないくらいに、みんなの視線はラヤの手に握られている板に集まっていた。
しばらくしてから、美麗な絵が表面に浮かび上がった。
その瞬間、歓声と拍手が巻き起こった。
ラヤは指先でその板をトントンと叩き、絵がどんどん切り替わっていく。
その度に、歓声が響き渡る。
観客の中には、目の色を変えて前のめりになる者、震える手で手持ちの紙幣を数える者などがいた。
ハルトは、額から汗が垂れていることに気がついて、羽織っていた外套で拭った。
「もうこの機会を逃したら、二度と手に入らないかもしれない逸品でしょう。技術者の方々なら喉から手が出るほど欲しい品物ではないでしょうか? これに対してはもう質疑応答は不要ですよね? ──それでは、50万ミルから始めましょうか!」
55万、60万、70万、と手を挙げた人達が叫ぶ。
ジノーとヴィータは息を飲み、競り合いを見守る。
ハルトの様子に気がついたルウォンが横に来て、ハルトの肩に手を回した。
「大丈夫かい? あと少しで終わりだから一緒に頑張ろうね」
そう微笑みながら、ハルトを労ってくれた。
肩に乗せられた大きな手の温もりが、緊張を和らげてくれた。
「さぁ100万でました! ベルナルクス商会が100万!! 上はいないか!?」
ラヤが会場を沸かせる。
一旦静まったかに思えたが、101万ミル、105万ミルと少しずつまた競りが再開する。
一体どこまで金額が上がるのか、観客となった人々は固唾を飲んで見守っていた。
「162万! ベルナルクス商会が162万!! ──対するレイナルド商会は……!? ……沈黙、沈黙ッ! 決まったッッ!! ウィンドリム三大技術系商会の一角、ベルナルクス商会が162万ミルで落札!!!」
会場に一際大きな拍手喝采が巻き起こった。
手を挙げている白い髭がよく似合う笑顔の人物、ベルナルクス商会の三代目目会長に賞賛が送られていた。
拍手の嵐の中、ハルトはただ立ち尽くしていた。自分の持ち込んだ品が、こんなにも多くの人の目を奪い、価値を生んだということが、まだ実感できなかった。