6 開幕
その日の夜、ウィンドリムの中央庁舎前の広場は、ごった返した人々の熱気に包まれていた。
街灯の明かりに紛れて、提灯の灯りがやわらかく揺れ、どこからともなく楽器の音が響いてくる。
無許可のゲリラ屋台がずらりと並び、中央庁舎前はすでにお祭りのような騒ぎだった──。
陽が沈み、人が集まり始める少し前。
ハルトは綺麗な服装に着替えたハレカゼ商会の面々と共に、街のほぼ中央にあるという中央庁舎へと向かっていた。
ラヤたちは皆そろって襟付きの白いシャツに、ズボンと同じ烏の濡れ羽色のジャケットを羽織っていた。
3人は首元に細く結ばれた、緑色の帯の様な布飾りを垂らしていて、ルウォンはそれを蝶結びにしていた。
唯一ヴィータだけが、膝が見えるスカートを履いていた。
ルウォンはアーティファクトを収めた、大きくて頑丈そうな手提げのケースを抱えていた。
中央庁舎は、塔と同じく、ハルトの見たことのない材質で建てられた大きな建物を中心に、木組みの長屋を継ぎ足したようなのはちぐはぐで不思議な構造をしていた。
その大きな戸口の前で、ラヤが軽く手を上げ、庁舎から出てきた職員らしき人物に挨拶を交わす。
ルウォンは背筋を伸ばし、ラヤの背後に静かに控えた。
「ここはボスたちに任せて、先に会場を見に行こうか」
ヴィータがそう言ってハルトを促し、ジノーと三人で建物の脇を抜けて移動する。
長屋の延長部分が左右に伸び、その真ん中に広場のような空間が開けていた。
一段高くなった階段の上からは、正面に大きな建物が見え、その縁には形を整えられた植物が並んでいる。
秩序だった美しさがあって、ハルトはここを、きれいな場所だと感じた。
「ここでオークションが行われるのが恒例なんだ。一段高くなっていて見やすいだろ?」
ジノーの言う通り、この一段上がった場所なら、下の広場からもよく見えるだろう。
広場は扇状に広がっていて、手前と奥で二段の段差があり、奥に行くほど少しずつ高くなっている。
しばらくすると、ちらほらと人影が見え始め、それぞれが奥の方で何かを組み立て始めた。
「ねえ、あれって何してるの?」
「出店の準備だよ。ちょっとした小遣い稼ぎさ」
「調理した食べ物を、普段よりちょっと高めの値段で売る臨時の飲食店、って感じかな。許可がなくても、昔からの伝統ってことで黙認されてるの」
ジノーの説明に、ヴィータがさらりと補足を入れてくれる。
そのとき──どん、どん、カッ、と大きい音が響いた。ハルトは咄嗟に肩をすくめて警戒する。
「ははっ、そんなにビビるなよ、あれは太鼓の音だよ」
「太鼓?あれが?」
「そう言う打楽器よ。太鼓の音を聞くと、いよいよ始まるって感じがするわ」
腹の底に響く様な太鼓の音は、ハルトの知る太鼓の音とは大きさが全然違うものだった。
ずしりと響く大きな音と、歯切れの良い音は断続的に続き、出店はどんどんと組み上がっていった。
あっという間に炭に火がつけられていて、鉄板が乗せられて加熱される様子がみえる。
煙とともに、香ばしい匂いが風に乗って漂い始めた。
続々と増えていく出店や人々を眺めていると、ラヤとルウォンがやってきて、ラヤがぱん、ぱんと手を二回叩き、
「うちらも準備を始めようか」
と言うと、ジノーとヴィータは「了解ボス」と言って、庁舎の方へ歩いて行った。
ルウォンは手提げケースを手に持ったまま「お願いね」と二人に声をかける。
「どうだいハルト、ここは活気があっていい街でしょう?」
「うん……でも人がこんなに沢山居るっていうのが、まだ馴染めないけどね」
ラヤの問いかけにそう答える。ハルトの素直な本心だった。
ジノーとヴィータが庁舎から机を持ってきて、並べる。机は横に長い長机だった。
そこに、白い大きな布を被せる。
その次は折り畳んだ金属の骨組みでできた椅子を人数分、持ってきた。
ラヤはその一つに真っ先に腰を下ろした。
ハルトも促されて、恐る恐る座った。
思ったより、しっかりと椅子だった。
ハルトは、活気に満ちた人々のざわめきと太鼓の音を聞きながら、手のひらが少し汗ばんでいるのに気づいた。
これらは、今日この街にたどり着いたばかりの自分が、持ち込んだアーティファクトが、多くの見知らぬ人たちを動かした結果だった。
それはまるで、自分が大きなことをしでかしたような気がして、妙に落ち着かなかった。
あたりがゆっくりと夜に沈み、ぽつり、ぽつりと街灯が灯り始めた。
あの灯は、どうやって光っているのだろうか、ハルトは気になったが、なんにしろ、あれも科学の明かりなのだろうと一人で納得した。
不思議なことの連続にも少しずつ慣れてきたハルトは、そのことは深くは考えずに、今から始まるオークションに向けて、首を振って気を引き締めた。
そして、気が付けば広場は人で埋め尽くされていて、その数はハルトの予想を軽く上回っていた。
この街に入った時より、全然多い、大量の人間。
世界にはこれほど沢山の人間がいたのかと、ハルトは呆然としながら眺めていた。
いよいよオークションが始まろうとしている──。