62 名誉市民
「失礼するよ、君がハルト君かい?」
そう言って、マッカネンのようにくるりとまいた立派な髭を蓄えた男がドアをノックして入ってきた。
ラヤとルウォンがピシッと背筋を正す。
「秘書には迷惑になるから行くのはやめておけと言われたんだけれどね、どうしても君に直接お礼がしたくってね」
歩み寄ってくる男が手を差し出してきた。
ハルトはそれに応えて握手を交わす。
「ウィンドリム市長のオールターだ。ハルト君、本当にありがとう」
「君の勇気ある行動が、街の人々を動かしたんだ。君がいなければ、おそらくはあの塔を、文明の灯火を失っていただろう」
「えっと、その……」
オールターはなかなかハルトの手を離そうとしなかった。
そのまま優しく握ったまま、話し続ける。
「不自由があれば何でも言ってくれて構わないよ、私が責任を持って対応してあげる」
「それじゃあ私は、これで失礼するよ。やることが山積みだからね」
そう言って一方的に話し続けて、市長は去っていった。
「……VIPだって、言ったでしょ?」
そう言ってラヤがくすりと笑った。
ルウォンは一息ついて肩を下げた。
入院から一週間、安静を条件に、退院が許されてハルトは久しぶりに外に出られた。
「ハルト! もう痛みは大丈夫か?」
「退院おめでとう、ハルト」
「ありがとう、まだ大きく息を吸うと痛むよ」
迎えには、ジノーとヴィータが来てくれた。
三人で並んでゆっくりと、大通りを北に向かって歩く。
あちらこちらに、黒く焦げた痕が見える。
人々は忙しなく動き回っていて、焦げた部分を解体していたり、木材で補修したりしていた。
細い路地の突き当たりに、変わらないラヤの店が見えて、ハルトはほっと胸を撫で下ろした。
「おかえり、ハルト」
「ただいま」
おかえりと、ラヤがそう言ってくれた。
ラヤの笑顔を見ていると、不思議と心が温まった。
次の日、表彰式と言うのが行われるからとハルトはハレカゼの面々と一緒に中央庁舎へ向かった。
庁舎に着くと、中央庁の職員に案内され、前にオークションを開いた庁舎の裏手の広場に向かう。
そこにはあの時よりももっと沢山の人が詰め寄せていた。
一段高くなっている場所の中央には、この前ハルトの病室を訪れた市長がいて、会場に向けて何か話をしていた。
ハルトがゆっくり歩いていたせいか、もう表彰式は始まってしまっている様子だった。
しかし、なぜ自分たちは観客側ではなく、中央庁舎側の、市長の後ろにいるのか、ハルトにはわからなかった。
「表彰式って、何をするの?」
「何って、表彰するんだよ」
「誰を?」
「ハルトを──」
「え?」
「皆さん、お待たせいたしました。どうやら本日の主役が到着したようです──」
「皆さん、拍手で迎えてあげてください。──その小さな体のどこにそんな力が秘められていたのか」
「街を救った英雄、北の峠を越えてやってきた、旅人の少年、ハルト君です!」
ものすごい音量の拍手が鳴り響き、ラヤが何か言っているけれど、全然何を言っているのか聞こえない。
ラヤとジノーに優しく背中を押されて前に進むと、一層拍手が強くなった。
ただ茫然となりゆきに身を任せていると、市長に何か一言、と促されて紐のついた棒を渡された。
棒に向かって喋れば声が響くことはわかっているが、何を喋ればいいのかが、さっぱりわからなかった。
助けを求めてラヤたちの方に視線を向けるが、四人とも何か期待した目でこちらを見ているだけだった。
「あー、あー、えっと……あの、ありがとうございます?」
ハルトがそう言うと、歓声が巻き起こった。
わけがわからないまま話は進み、ハルトはその功績から、表彰状を市長から手渡された。
そして特別に、初の“ウィンドリム名誉市民”という名の市民権を賜ることになった。
拍手が鳴り響く中でハルトは、ただその場に立ち尽くすしかなかった。
祝福の声が飛び交った。
だけど──これが、自分の望んだことだったのだろうか?
名誉市民。それがどんな意味を持つのか、答えを出すには、まだ少し時間がかかりそうだった。




