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61 入院

 ウィンドリムの治安維持は、市民による自警団が担っていた。

 だが、ウィンドリムは“信頼と自立”を重んじる共同体であり、“自警団”とは名ばかりで、紛失物の捜索や、道案内などが主な任務で、それらしい仕事といっても、住民同士のいざこざを仲裁するくらいのことしかしてこなかった。

 だからこそ、慢心がなかったとは言えなかった。

 街の火災は消防団の活躍により、そこまで甚大な被害は出なかった。

 それでも、全焼が六軒、半焼が多数にのぼり、被害が軽微とは言い難かった。

 被害者には中央庁から見舞金が支払われることになっており、それだけでウィンドリムの財政は傾くだろうと、ラヤは言っていた。

 商会組合連合会により、あらかじめ灰の使徒のテロ対策は練られていた。

 しかしその為の日数も、資金も、人員も、何もかも足らず、未然に防ぐことは叶わなかった。

 そもそも、100年以上も暴力とは無縁の、平和な理想郷で暮らしていたこの街の人々に、暴力に対抗する方法など、思いつける筈などなかった。

 火傷や打撲、切傷。怪我人は多数だった。

 けれど、街の住人に死者は居なかった。

 ハルトも陽が昇る頃には病院にたどり着き、擦り傷や切り傷の治療を終わらせると、職員に無機質な部屋に通されて息を吸って止めて──と何回か指示された。

 それが終わるとメリル医師が現れ、痛む箇所を丁寧に診たあと、“バストバンド”という固定器具を胸に巻かれた。

 そしてそのまま入院という事になり、病院のベッドから一人で起きることを禁止された。

 足を射抜かれた灰の使徒たちも、ウィンドリムの優れた医療のおかげで命を落としたものはいなかったそうだ。

 ちなみに、顎にレンチが直撃した男は、顎の骨が砕けていたらしい。


 やがて、蓄電されていた電力も底を尽きると、街では電気が使えなくなった。

 電気が使えないと、上下水道も止まる。

 火を使える設備がある家はごく一部で、電気が止まれば人々は何もできなくなった。

 ウィンドリムが初めて体験する停電は、街の人々を大混乱に陥れた。

 ライターが飛ぶように売れたと、ライターを扱う商人のハークラーは喜んだ。

 幸いなことに、次の日の朝には閉鎖弁は開いていた。

 電力供給はこれまで通り、中央庁舎にて電力科が行える状態に戻った。




 清潔感のある広い部屋に、ぽつんと一つのベッドがあり、ハルトはそこで若干の居心地の悪さと退屈感を感じていると、引き戸が開いて見知った顔が二つ現れた。


「お見舞いにきてやったぞー」

「ハルトくん、具合はどう?」


 大きな帽子を被り、髪を左右二つに振り分けたラヤと、いつもと同じふりふりした襟飾りのついた服を着たルウォンの二人だった。


「おはよう、二人とも……」

「無理に起きなくていいよ、ハルトくん! 肋骨が二本も折れてるんだよ?」

「普通、肋骨折れたら激痛で声なんか出せないって聞くけど、あれだけ叫べてたんだから大丈夫でしょ」


 ルウォンも、ラヤも、笑顔だった。

 ルウォンはカゴに入れて持ってきた、ハルトの知らない果物を小刀で切り分けはじめた。


「なんで病院ってこんな無駄に広い部屋なの?」

「全部の病室がこうってわけじゃないよ、ここ、VIP専用、特別ルーム」


 にんまり微笑むラヤは、ちょっといたずらっぽくそう言った。


「……なんで?」

「ハルトくんが居なかったら、街はもっと悲惨な状態になっていたかもしれないからね。今じゃ、ちょっとした英雄扱いだよ?」

「まさか、ハルトが街中駆け回って灰の使徒相手に狩りを始めるなんてね、思いもしなかったよ」


 ラヤは弓矢を引いて打つ動作をして揶揄う。

 ルウォンが果実を切り分けて食べやすいサイズにして、小皿に乗せて爪楊枝を刺してくれる。

 ルウォンらしいきめ細やかな心遣いだった。


「停電はどうなったの?」

「それなら今朝、閉鎖弁が開放されたみたいで、電力もすでに復旧してるよ」

「……セレスは?」

「……セレスは、変わらずだよ」


 ラヤは視線を逸らしてそう言った。

 そうなのだろうなとは予想していたから、別に辛くはなかった。

 ただ、どうすればセレスを元に戻せるのか、それが知りたかった。


「セレスも、塔も、元の状態に戻すことはできないの?」

「今、電子工学分野に明るい、三大技術系商会のベルナルクス、レイナルドの二つの商会の一流の技師たちが、必死になって復旧しようと全力で取り組んでくれてるよ……」

「そうなんだ……」


 この部屋の窓からは、風の塔がよく見えた。

 あの塔の中で、何も言わずにただ役目を果たし続けるセレスを思うと、胸の奥が、静かに痛んだ。


「あ、それよりハルトくん、君宛に手紙が沢山届いていてね、ほら」


 そういうと、果物を入れていたカゴのナプキンを取ると、下にはたくさんの紙が入っていた。

 エイゴで書かれているのは、アルファベットを勉強したからなんとなく解るが、まだハルトには読めなかった。


「あはは、読めないよね。僕が代わりに読んであげるね──」


 ルウォンが代わりに封を開けて中の手紙を読んでくれる。

 どれも、ハルトに感謝を伝える手紙だった。

 自警団の代表者や団員からの手紙もあった。


「ハルト、いい気になっちゃダメだからね!」


 最後の手紙を読み終えるとラヤが歳上っぽく、そう言った。


「ならないよ……僕はただ、あの時自分に出来ることをしただけだから」


 たとえ誰かを守るためだったとしても、人に向けて矢を放ったことを誇りにしようとは思えなかった。

 それでも、感謝の声がこうして手紙で寄せられて、ハルトの罪悪感は、少し和らいだのも確かだった。

 けれど、無力感は、和らぐことはなかった。


「……ならよし。……この街のために、戦ってくれて、ありがとうね、ハルト」

「ありがとう、ハルトくん」

「僕のほうこそ…‥あの時、みんなで来てくれて、ありがとう」


 ハルトはふと思い出して慌てて二人に聞いた。


「弓、それと矢。どうなったか知らない? 大切なものなんだ」

「弓の方は北門のところに矢の入れ物と一緒に置いてあったやつでしょう? 昨日うちに届けられたよ」

「大丈夫、壊れたり傷ついたりはしてなかったよ」


 ラヤとルウォンがそう言ってくれて、矢筒と弓が無事だったようでひとまずハルトは安心した。

 けれど、二人とも少し気まずそうにしだして、ラヤがルウォンを肘で小突く。

 ルウォンが重い口を開いた。


「矢の方は折れてたり、羽が取れてたりしていて、血や肉が付着してたから、その……衛生的な面から、廃棄されたそうだよ……」

「……ごめんね、ハルトくん」

「矢は自分で作り直すから、大丈夫だよ」


 そもそも、木に打ち込むなんて無茶な練習をしていたから、さすがに矢柄も限界だった。

 矢は本来消耗品だ。

 ヤマじいのあの鏃は丈夫だけれど、やっぱり円錐状の鏃は癖があって使いにくかった。

 少し寂しいけれど、弓が無事だったから、それでよかった。

 ハルトの表情が明るかったことに二人はほっとしたようで、三人で笑い合った。


 ルウォンが切り分けてくれた果物は、ちょっと甘すぎて、ハルト好みの味ではなかった。

 代わりにラヤが横からパクパクと摘んでいた。

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