60 静寂
「よく言った、ハルト!!」
場違いな高い声が響く。
駆けつけたラヤがそう叫び、手に持っていたレンチを、躊躇なく全力でセレスの髪を掴んでいる男に向かって投げつけた。
ゴッ……と、鈍い音が響き、レンチは男の顎に直撃した。
痩せこけた男は声も出せず、後ろ向きに倒れこんだ。
手にしていたナタがからんからんと音を立てて転がる。
黒衣の男たちに、動揺が走った。
「うおおおー!!」
「おりゃぁあああ!!」
すかさず、後から続いたルウォンとジノーがセレスの側に立つ体格のいい男に飛びかかる。
それぞれ手には、ラヤが投げつけたのと同様の大きなレンチが握られていた。
「ぎゃ!!」
「うげ!!」
がしかし、松明で殴り返されて簡単に返り討ちにされていた。
ヴィータがハルトのそばに駆け寄り、肩を貸した。
「全く、子供が一人で無茶しすぎだよ! この大バカ!」
ハルトはごめんなさいと、そう口にしようとするけれど、出るのはひゅーひゅーと言う空気を吐く音だけだった。
その背後、暴風の音とは違う轟音がハルトの耳に届いた。
「ラヤちゃんたちに続けー!!」
「俺たちの街は、俺たちで守るんだァ!!」
「人数だ! 数で押し切れー!!」
開け放たれた大きな扉から、ウィンドリムの街の住人たちが、怒号と共に雪崩れ込んできた。
ルウォンとジノーも再び立ち上がって、男に向かっていく。
黒い服を着た男たちは数に圧され、瞬く間に制圧されていった。
自警団の団員たちが手早く縛り上げていく。
ラヤがセレスの手を取って起こす。
「セレス! 大丈夫!? お願い、立てる!?」
「……この塔は、“受け継がれる意志”のためにあります。それが止まるようなことは……わたしは、絶対に認めません……」
セレスは真っ直ぐにモニターを見つめながら、静かに言った。
足を引きずりながら立ち上がると、ラヤに手を引かれ、制御盤の前に座る。
「ラヤ……ずっとあなたに、謝りたかったの」
「今、そんなこと話してる場合じゃないだろ!」
そう言ってラヤは、コードを手繰り寄せて、セレスの首の後ろにあるソケットに差し込んだ。
「セレス、はやくタービンの制御を! このまま一番上の第三タービンが砕けちゃったら、下にある全部のタービンがダメになっちゃうよ!」
セレスの顔に、苦しげな影が落ちる。
「ダメ……中央管理デバイスがここまで破壊されていると……わたしが、“代わり”になるしかありません」
ヴィータに肩を貸されて、ハルトもそこへ辿り着き、痛みを堪えて言った。
「それって……どういう意味なの?」
ハルトがラヤに、ヴィータに、そしてセレスに視線を向けた。
けれど三人とも、何も言わない。ただ黙っていた。
「セレス……あたしの方こそ、ずっと避けててごめんな……仕方がなかったんだよな……」
「セレス? セレス!! 説明してくれよ!!」
切実なハルトの叫びが響いたそのとき、セレスの目がゆっくりと閉じられていった。
「……セレスは、この塔の中枢システムと直接リンク可能なアンドロイドなんだ」
ヴィータが、ぼそりと呟いた。
「損傷した制御系を、セレスのプロセッサで実行するって言う意味だよ……」
ラヤも呟く。ハルトには、二人が何を言っているのかが全く理解ができない。
「それって、どういう……?」
「プログラム再構築。……強制閉鎖弁、作動します」
薄く開かれたセレスの瞳から、静かに輝きが消えていった。
風が荒れ狂う轟音が次第に弱まり、そして、音が止む。
「セレス……?セレス、返事をしてくれよ。
セレス!! セレス………」
赤い点滅は止まり、いつもの白い明かりに切り替わった。
けたたましい警報も止み、機械の作動音も段々と、ゆっくりと小さくなっていく。
灰の使徒は五人とも縄できつく縛りあげられて外へ引っ張り出され、部屋の中が本当の静寂に包まれる。
「……セレス……お願いだから……返事してくれよ……返事を……」
ハルトは涙を流した。
ハルトは結局、本当は一番守りたかったものを、守れなかった。
返ってくるのは風の音すら失われた、静寂だけだった。
誰もが息をのむ中、ただハルトのすすり泣く声だけが、静かに響いていた。




