59 それでも
痛みを必死に堪えて、ハルトはゆっくりと立ち上がった。
肋骨が折れたらしく、息をするのに合わせて鋭い痛みが走る。
それでも、構わずにハルトは叫んだ。
「お前ら、突然やってきて……なんでこんなことするんだよ!!」
それを眺めていた男たちだったが、数珠を手にした痩せこけた男が、口を開いた。
「私たちは、君たちを救うために来たんだよ」
そう諭すように言い、続ける。
「文明を取り戻そうとするなど言語道断。科学とは人間が手を出してはいけない禁忌の力なんだよ」
「この塔は破壊されなければならないんだ」
「……これは救済なんだよ。少年」
眼孔の落ち窪んだ男の顔には、柔和な、優しそうな笑みが溢れていた。
「意味が、わからないよ……!」
「やれやれ。科学は便利で、まるで生活を豊かにするように感じるかもしれないが、それはまやかしだ」
男が首を横に振る。
まるで演劇の演者のように、腕を掲げて続ける。
「科学はまるで魔法みたいだとは思わなかったかい?」
「科学が行き着く先は神の領域で、それは世界の破滅を引き起こすんだ」
「神はそれを危惧し、行き着く前に大崩壊を引き起こして、人類に過ちを見直す機会を与えてくださったんだ!」
語るにつれてだんだんと熱を帯びる演説。
うっとりとした男の目は、異様なほどにぎらついていた。
そして、その瞳が、セレスに向けられる。
「その神の御心を無碍にするこの街は、同じ人間による祈りの火で焼かれなければならない……!」
そこまで言うと、痩せこけた男は左手で再びセレスの髪を掴んで顔をあげさせ、腰に下げていたナタを右手で鞘から抜き放った。
磨かれていない、鈍り、刃こぼれしたナタが、警告灯の赤い光を反射する。
「……勝手に神の声を語るなよ……!」
「……なに?」
男は視線をハルトへと戻す。
その表情は先ほどまでとはうって変わって、憎しみに満ちているようだった。
ハルトは怯まずに、男たちを睨みつけた。
「お前らが壊そうとしてるのは、僕たちと……ウィンドリムに暮らすみんなの暮らしだ」
ハルトは途切れそうになる意識を繋いで、吼えた。
「人類の再興のための、ほんの少しの希望の光なんだ!」
「それを──なにが救いに来ただよ!! 奪いに来ただけじゃないか!!」
一歩、ハルトは前に足を踏み出す。
「科学が魔法みたいだって? ああ、そうさ。でも魔法みたいな科学を恐れて火をつけるなんて、それはただの臆病者のやることだ!」
また一歩、しかし確実に。
「僕は、僕の目でちゃんと見て、考えて、選ぶ」
「神が科学を否定するっていうなら……そんな神様のほうが間違ってるって、僕は言ってやるよ!!!」




