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5 初めての契約

「まずね、この街でオークションを開催する為にはウィンドリムの市民権が必要なんだ」

「そして、ハレカゼ商会は、アーティファクトの売買を行える古物商許可証を持っている。要するにうちがこのアーティファクトは本物ですよって保証すれば、客は安心してお金を出すことができるんだ」


「つまり、ハレカゼ商会がハルトの代理人としてオークションを開催して、この品が本物だって保証するの」

「その代わりとして、総売上の四割をハレカゼ商会がもらうという契約書だよ」


 ラヤがオークションを開催する為の準備として、契約書をハルトに差し出して書かれているであろう内容を要約してくれる。

 文字は不自然な程整っていて、綺麗に並んでいた。

 ハルトの知らない文字で書かれているので、ハルトはそれが読めなかった。

 それが本当に書かれている内容なのか確かめようもなかった。

 しかしハルトは人の親切を疑う程、すれていなかった。

 むしろ信じることが、ハルトにとっては自然なことだった。


「えっと、わかった。それで、僕はどうしたらいいの?」

「先ずはこれ、を……っと」


 そう言いながら、契約書を自分の方へと向け直して、ラヤはルウォンがお盆に乗せて持ってきた羽ペンをインク壺につけてサラサラと文字を書いた。


「この下にハルトもサインをして」


 契約書を再びハルトの方へ向け直して、羽ペンを差し出してくれる。

 差し出された羽ペンを握って、自分の名前を書く。


「へぇ、珍しい、ニホンゴだ」


 ラヤが驚き、ルウォンも珍しいね、と呟く。

 ジノーとヴィータは、興味深そうに眺めている。

 ハルトの知っている文字は、話し言葉とは別の〈意味のある文字〉として、長老たちに小さい頃教わったものだ。


「そしたら、これを……っと」


 ラヤはルウォンの持っているお盆の上の朱泥に、大きくて装飾の入った判子を浸し、書類の一番下にしっかりと押し付けた。

 そして、その赤い印を指さす。


「これがハレカゼ商会の証印。これが押されるってことは、ウチが全部責任を持つってことなの」


 ラヤは真剣な顔で話をしてくれているから、ハルトも真剣に耳を傾けて、理解しようと努める。


「この証印はとても重要なものなんだ。“信頼と自立”を重んじるウィンドリムで、正式で公平な取引である事を誓う証印だよ」


 ルウォンが諭すようにハルトに語り掛ける。

 ただのサインしただけの紙など破ったり燃やしたりしたら消えてしまうのにと、これも不思議に思うハルト。

 この街では、紙にはただの紙以上の価値がある。

 それがただただ、不思議だった。不思議なことだらけだった。


「じゃあヴィータはこれ持って中央庁舎の広場の使用許可を取ってきて。ジノーは銀行に残業のお願いを」

「了解っす、行ってきます!」


 ジノーは勢いよく飛び出して行き、ラヤはくるくると契約書を丸めてヴィータに手渡して、お茶で口を潤す。


「了解ボス。時間は?」

「今3時だから……8時から始めようか。ルウォン、チラシをお願い。大急ぎで」

「わかりました、ボス」


 ラヤたちハレカゼ商会の面々は久しぶりの大きな儲け話に浮かれながらもテキパキと動き出した。

 ジノーとヴィータは店から出て行き、ラヤは紙に筆を走らせ何かを書いて、アーティファクトの前に置いていく。

 ルウォンは奥の部屋で、手に持った木箱に、壁際に置かれた棚から、どんどん細い金属の棒のようなものを取って綺麗に並べていった。

 ハルトはルウォンの後について、それを興味深く眺めた。

 ルウォンはハルトが興味津々な様子で、自分を観察していることを微笑ましく思った。

 急ぎつつも、そこそこの時間をかけて、棚から金属の棒を集め終えると、棚の隣にある機械の前に座る。

 棚から取ってきた順番通りに、その機械にそれをセットしていく。


「これはね、活版印刷機って言うんだ。この金属の棒は活字って言ってね、反転した文字の金属だよ。それを並べて文章をつくるんだ。見ててね」


 ルウォンがレバーを動かすと、金属が擦れ合う乾いた音がして、ローラーにインクが塗られていく。

 インクの匂いが鼻をつく。

 紙を一枚、慎重に機械へと差し込む。

 レバーを手前に引くと、複雑な機構がガシャリと音を立てて動き出す。

 一連の動作が終わると、ルウォンが紙を見せてくれる。

 そこには、見慣れぬ文字が綺麗に整列して書かれていた。

 ハルトは、まだ乾いていないインクにそっとふれ、インクが指に写る。


「これで300枚も刷れば、街じゅうに知らせることができる」

「僕も、それやってみたい……!」

「ああいいよ、やってみよう」


 レバーを動かして、インクをつけて、そしてレバーを引く。すると、さっきと全く同じ紙が出来上がった。

 ハルトは、感動した。

 300枚が刷り終わる頃、ジノーとヴィータが帰ってきた。


 出来上がったチラシをラヤを除いたハレカゼ商会の三人が持って、街に宣伝しに出ていった。

 そして、すぐに手ぶらになって帰ってきた。


 紙に何かを書き、終わると証印を押してアーティファクトの前に置いていくラヤが、“ライター”と呼ばれていた、火を灯す道具に取りかかろうとしていた。


「ラヤちゃん、これは、自分で持っておきたいんだ」


 ハルトはそっと、ライターを手に取る。


「これの燃料って、なにかわかる?」


 そして燃料について聞く。

 燃料がわかれば、この道具を自分も使うことができる。


「そのライター、昔のジッポだから普通の燃料じゃ火がつかないよ?」

「えっと、どう言うこと?」

「んとね、それはジッポって言う種類のライターなんだけど、ジッポって基本的には、遺跡で発掘してきた昔の燃料を使うんだけど……」

「その燃料って、どんな見た目をしてるの?」

「ナノカプセル燃料っていって見た目は透明な液体で、水よりサラサラしてるの。匂いもしない。中のわたに染み込ませて使うんだよ。ノクティルカセルって書かれてるこれくらいの缶がよく見つかるんだ。残量にもよるけど、それが大体5000〜1万ミルくらい」


 ラヤは手を上下に20cmくらい離して、大きさを示してくれる。


「でもそのジッポは、ノクティルカセルジッポじゃなくて、もっと古いタイプのジッポだから、リバースエンジニアリングして作られた、油汚れを落とす洗浄液として売られてるグリーンナフサって言うのが燃料として代替できるよ」

「値段はあんまり変わらないんだけど、植物油を精製して作られてるから燃焼時に草っぽい匂いがするし、なかなか火はつきにくいし、定期的にメンテナンスはしないといけないしで、コレクターアイテム寄りのアーティファクトだよ」

「なるほど……」


 ハルトは自分の手にしたライターを、もう一度じっと見つめた。


「火をつける目的なら、ナノカプセル燃料を使う普通のライターにするか、もしくは安価なマッチがいいよ。これもリバースエンジニアリングして作られた便利な道具なんだ」


 ラヤは立ち上がって近くの棚まで行くと、紙でできた小箱を取り出した。

 その小箱から木の棒の先に赤いものがついた物を一本取り出して、箱の側面で擦った。

 すると、ぼっと一瞬で火がついた。

 独特な香りが鼻につく。

 火は長続きしないで、すぐに燃え尽きた。

 それをテーブルに置かれた皿の上に置く。


「でも、グリーンナフサって言う燃料を使えば、火がつけられるなら、僕はこれがいい」

「いやいや、本物のジッポの良さがわかるとは男じゃないかハルト!」


 ジノーがそう言いながら、ハルトの横に座って肩を組んできた。そうして、胸ポケットから取り出したライターは、銀色と金色の2色の装飾が施された、美しい見た目をしていた。


「これは、俺のじいちゃんが使ってたやつなんだ。発掘で拾われたんじゃなくて、じいちゃんはそのまたじいちゃんから、大崩壊前からずっと受け継がれてきたんだ」


 ジノーは同じポケットから金属製のケースを取り出すと、中から紙が巻かれた物を一本取り出した。

 ライターを指先で器用にくるくると回しながら着火させ、火がついたまま最後にもう一度回してから口に咥えた紙の先端に火をつけた。

 ジノーのライターは、確かに自分が知っていた青白い炎ではなく、揺れる橙色の普通の炎で、すこしだけ甘ったるい独特の香りがした。

 弾けるような金属音を鳴らして蓋を閉めて、ジノーは咥えた紙から、ゆっくりと煙を吸い込み、先端が赤く灯って、淡く光った。

 吸い終わると、ふーっと煙を吐き出した。

 煙も、独特な香りがして、それが煙を愉しむ為のものだと、ハルトにもわかった。


 ライターを指先で回すのも、火をつけるのも、煙を吸い込んで吐き出すその所作までも、すべてが息を呑むほどかっこよく見えて、ハルトは羨望の眼差しをジノーに向けた。

 それに気をよくしたジノーが吸ってみるか? と紙をハルトに吸わせようとして、窓を開けて戻ってきたヴィータに頭を強めに叩かれた。


「気に入ったのなら、持っておくといいよ。それは拾った者の権利だからね」


 ラヤはそう笑って、次のアーティファクトに取り掛かる。

 ハルトはジッポと呼ばれるライターをズボンのポケットに大切にしまい込んだ。

 名も知らない遺跡に眠る骸に、大切に使わせていただきますと、心の中で祈った。

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