58 無力
セレスを殴りつけた男が、怒りに任せてセレスの腹を蹴り飛ばした。
セレスは床を転がる。その拍子に、首の後ろで繋がっていたコネクターが外れた。
「く……やめて、ください……」
セレスの掠れた声が漏れる。
まるで痛みに怯える人間のようなその振る舞いが、逆に男たちの怒りを買う。
数珠を握った男も、セレスの方へと歩み寄っていく。
他の男達は、モニターやコンソールを手にした武器で手当たり次第に殴りつけ始めた。
「やめて下さい、それらは大切な博士達が残した……!」
「黙れ!! その口を閉じろ!!」
今度は顔を松明で殴り飛ばされ、後ろに転がるセレス。
「お願い、もうやめて!」
そう叫ぶセレス。
それでも男たちは耳を貸さず、怒りに飲まれたまま、その行為をやめない。
第三タービンの最終警告を発する警報がけたたましく響き渡る。
異常な負荷を検知したモニターが、ひび割れた画面に「最終警告」と赤い文字を大きく点滅させていた。
放火により温められた空気が、本来のプロトコルに従わず行った消火により、空気は温度差のバランスが不安定になり、風が乱流をうむ。
三基ある風力タービンのうち最上部の第三タービンは風の吹き返しにより無理がかかっていた。
乱流はタービンブレードに不安定な風圧を与え、共振や片重心を発生させる。
第三タービンの機械的ストレスが許容値を超えていることの最終警告音が、けたたましく鳴り響いていた。
「いけない、このままじゃタービンが……」
セレスの視界が揺れる。
顔を殴られたことで、セレスは左目の視界の信号が途絶えていた。
代わりに、じんと焼け付くような痛みだけが伝わってくる。
それでもセレスは制御盤へと手を伸ばす。
しかしその手を男が無造作に掴み、力任せに引き倒した。
体格のいい男が左手でセレスの右手を引き摺る。そのセレスの前に、痩せこけた男が数珠を握り祈りの句をぶつぶつと唱えながら立っていた。
その時、ハルトが塔の中に飛び込んだ。
息は上がり、ずぶ濡れのハルトの目の前で、
痩せこけた男がセレスの髪を鷲掴みにして、顔を無理やり上げさせていた。
それを見たハルトは一瞬で激昂した。
怒りのあまり、周りが見えなくなった。
「なにしてんだぁああッッ!!」
ハルトの絶叫が、部屋を裂いた。
「子供……?」
コンソールを破壊していた男の一人がそう呟く。
セレスの髪を掴む男に向かって、ハルトは怒りのままに突っ込んだ。
突然の子供の出現に、男たちは動きを止めた。
ハルトは拳を振り上げ、渾身の一撃を放つ。
「セレスに触るなッ!!」
しかし所詮、大人と子供だった。
ハルトの渾身の拳は、左手で簡単に止められて、次の瞬間、鋭い右フックがハルトの脇腹にめり込んだ。
「ぐっ……!!」
ごろごろと、床を転がるハルトだが、脇を押さえてすぐに立ち上がると、勢いよくタックルを仕掛けようとする。
「うおおぉぉ!」
「子供が……死にたいらしいな」
だがそれも虚しく、腹に鋭い回し蹴りが叩き込まれ、ハルトは吹っ飛ばされて壁に激しく叩きつけられた。
「がっ!!」
呼吸が止まり、視界が一瞬、白く霞む。
痛みが、波のように全身を這い回った。
他の男達も、突然現れて無謀な挑戦をした末に、血を吐いて倒れたハルトを見下ろしていた。
最終警告のけたたましいサイレンの音と、開け放たれたドアの外からは、荒れ狂う暴風の音が鳴り響いていた。




