57 人の業
塔へ向かって、ハルトが走る。
突然、豪雨のようなスプリンクラーの放水が、コレクターの下を叩きつけた。
火は無事、抑えられつつあった。
けれど放水は容赦なく、ハルトの全身をずぶ濡れにした。
それでも、構わない。
セレスのいる塔へ、暗闇の中をハルトはただひた走った。
塔の管理室のドアがびしょ濡れの黒衣を纏った男達に開け放たれた。
そもそもこの扉に鍵などついていない。
丸いノブを回せば、それだけで簡単に開いてしまう。
自らが放った火の煙に追われるように、五人の男たちは開けられた扉から雪崩れ込み、恐る恐るといった様子で周囲を伺いながら中を見回すと、濡れて頭に張り付いたフードを払った。
「なんだ……これは……」
痩せこけた男がそう呟く。
モニターが並ぶコントロールルームには、様々な光で満たされていた。
警告を知らせる赤色灯の灯りと、外の轟音に負けない警報が鳴り響いていた。
その全てが、あまりに“人工的”で、科学で作られたものだとすぐにわかった。
メインモニターは、三基あるタービンが、どれも高回転による破損を警告している。
金属製の椅子から、セレスが立ち上がり、ゆっくりと振り向いた。
黒服の男たち五人──彼らが火を放ってからの一部始終を、彼女は塔と一緒に見ていた。
「なぜ、このような事をしたのですか?」
セレスは静かに尋ねた。
モニターの明かりに照らされたセレスを男たちが視界にとらえた。
赤い光が点滅する空間で、銀色の瞳がじっと男たちを見据えていた。
「……科学を捨てなければ、このままでは、人類は本当に絶滅してしまうんだ」
体格のいい背の高い男が、そう語りながら一歩、一歩とセレスに向かって歩み寄る。
「そんなことはありません──科学は人の生活を豊かにし……」
「その奢りの結果が大崩壊だ! 一体何十億人が死んだと思っている?」
「それは……」
セレスの目の前まできた男が、セレスを見下ろした。
セレスは一歩も引かずに、その彫の深い男の顔を見上げる。
男は表情ひとつ変えずに、右手に握っていたずぶ濡れの松明を掲げ、うなりを上げて振り下ろした。
ガンッ! と、鈍く重い音が響いた。
セレスの身体が跳ねるように吹き飛び、床を滑って止まる。
「……っ! こいつ、なんだ……?」
男が呻き、右手の手首を押さえた。
──セレスは、見た目に反して、あまりにも重かった。
そして、倒れたセレスの首元からは、一本のケーブル束が制御盤へと伸びていた。
男たちはそれを見て凍りついた。
「人……じゃ、ない……!?」
誰かがそう呟いた。
四人の男たちが動揺する。
一人だけ、憎しみに満ちた目をした痩せこけた男だけが、震えながら数珠を握りしめる。
「人の罪が生み出した存在は──灰に戻りたまえ……!」
痩せこけた男の怒りと信仰の入り混じった叫びが、制御室に響き渡った。




