54 決断
男は渾身の力を込めて、自警団員の頭に鈍器を振り下ろそうとしていた。
明らかに殺意が込められた動作だった。
ハルトは、決断した。
そうしたら、震えは止まった。
放たれた矢が、一直線に飛んでいき男の太腿を正確に穿つ。
たとえ動いていても、この近距離なら、ハルトは外さなかった。
男は醜い叫び声をあげてその場に崩れ落ちた。
振り上げられた鈍器は勢いのまま、宙を舞う。
武器を失いうずくまる男を、意を決した街の人々が一斉に駆け寄り覆い被さって、拘束していく。
数十人で取り押さえられた男は、自警団に縄で縛られ、口汚なく罵声を吐き散らしていた。
火の灯りに照らされた真夜中の街で、ハルトは弓を握って、ただ佇んでいた。
「……ありがとう、旅人さん」
「ッ! だれか! 手を貸してください!」
後ろから、倒れた女性がそう呟き、ハルトは振り向いてすぐ人を呼んだ。
ハルトの声に自警団員の一人と何人かが駆けつけて、女性を介抱する。
「誰でもいい、水と清潔な布をもってきてくれ! この女性を急いで病院へ運ぶぞ!」
自警団員がテキパキと指示している。
腕の火傷は酷く、跡が残りそうだった。
ハルトは、こんな酷いことをする、灰の使徒が許せなかった。
『誰かを傷つける道を選んでしまったら、その時点で、ハルトも“加害者”になるのよ』
セレスの言葉を思い出す。
守るためならそれでも構わないと、ハルトは思った。
弓を握りしめて、ハルトは駆け出した。
この街を守るため。これ以上、誰も傷つけさせないために。
燃え盛る火の手と、人々の悲鳴が交錯する方角を目指し、路地を駆け抜ける。
焦げた木の匂いと、血の匂いが鼻を突き、喉が焼けつくように痛む。
──いた。民家の前で、またしても黒いフードの男が斧のような武器を振り回して住人たちを襲っている。
「もうやめろッ!!」
叫ぶと同時に、ハルトは迷いなく弓を引き、矢を放った。
鋭い風を裂く音がして、矢は男の脛を貫通する。
「ぐああああッ!」
叫び声を上げて男が膝から崩れると、近くにいた住人たちと自警団員がすかさず駆け寄り、その体を押さえ込んだ。
「やったぞ! 今のうちに縛れ!」
「こっちだ、縄を!」
矢が足に命中し、暴れていた男が崩れ落ちると、手をこまねいていた自警団や、近くの住民たちがすかさず駆け寄り、取り押さえてくれる。
これで──九人目。
倒れた男は、次第に集まる人の波に呑まれ、その姿が見えなくなる。
だが街は広い。奴らはまだどこかに潜んでいるかもしれない。
ハルトは息を整える間もなく、次の標的を探して走り出す。
その胸をよぎったのは、塔にいるセレスの顔だった。
あの異常者たちが、夜に赤く輝く、風の塔を見逃すとは思えない。
夜空を照らす炎を目印に、ハルトは走った。
どこまでも、何度でも。
「やめろぉッ!!」
ハルトの怒声が闇を裂く。
矢を番え、狙いを定める。またひとり、黒いフードの男が足を撃ち抜かれ地面に倒れた。
これで、十六人目。
矢筒の中は空になってしまった。
「ここまで……か」
もう自分にできることはないと判断して、北門へ急ぐ。
赤の腕章をつけた人たちが、手にしたホースから水を撒いて消化活動をしていた。
路地には人が溢れ、怪我人の手当てや消化活動の手伝いをしていて、街全体が一丸となって混乱の収拾にあたっていた。
夜風が吹きすさぶ中、ハルトは矢筒と弓を門の傍に置いた。
──セレス、どうか無事でいてくれ。
目の前では、ガラスの天井の下に火の手が上がっていた。




