52 襲撃
街の灯りがぽつり、ぽつりと消えていき、街灯だけが静かに灯っていた。
それを見下ろし見守るかのように、巨大な塔は赤く明滅を繰り返していた。
夜も更け、深夜の静けさに包まれた街を、冷たい風が吹き抜けていた。
物流を担う商会の、大きな建物の立ち並ぶ南側の大通りは他の大通りよりも幅が広い。
終わりにある門の柱も、大きかった。
そこに、普段は姿を見せることのない門番が二人、立っていた。
黒い制服に白い腕章をつけた、自警団の団員だった。
「さっぶ……本当にそんな輩が来るんですかね?」
と若い自警団の男が、隣に立っている歳上の団員に尋ねる。
若い団員はポケットからタバコを取り出して、年上の団員に一本差し出す。
「お、サンキュ」
歳上の団員が咥えると、手を風除けにして青い炎の灯るライターでそのタバコに火をつける。
「……さあな、商会連がギャーギャー騒いでるようだが、来たら俺たちが守る、ただそれだけよ」
最初に深く煙を吸って吐き出してから、歳上の団員はそう言い聞かせるように言った。
若い団員もタバコを咥えて火を灯して、煙を吸い込む。
自警団は、昨夜から、少ない人員で街の警備を担っていた。
商会連からは無茶苦茶な警備計画を提出されて、幹部たちと商会連が衝突したらしいが、末端の彼らには関係のないことだった。
割りのいい臨時手当が出ることくらいにしか、興味がなかった。
「ん……なんだ? あれ……」
年上の団員が指差す。
遠くにぼんやりと灯りが灯っていて、それがじわりじわりと近づいてきているようだった。
「え……僕には何も見えないですけど……」
「よく見ろ、あっちだよ」
若い団員も目を凝らすが、見つけられない。
しかし灯りはゆっくりと、しかし確実にその数を増やしていく。
「……あ、確かに、なにか……灯り?」
灯りはそれぞれがばらけて散っていく。
目を凝らしながら二人は不思議そうにそれを眺めていた。
ここからでは、遠すぎて何が起こっているのか、いまいちよくわからなかった。
警笛を鳴らすか、鳴らさまいか迷いながら、二人はそれを見守っていると、急に一際大きな灯りが灯った。
そしてその灯りはどんどんとこちらに向かって近づき始める。
遠くから蹄の音が響いて、馬が走っていることがわかった。
目を凝らす二人組の手にしたタバコは、火だけが虚しく揺れ、すでに半分以上が灰と化していた。
「あ……あれは!?」
若い団員が叫ぶ。
こちらに向かって駆けて来る馬が引いているのは、炎に包まれた馬車だった。
火の粉を撒きながら、猛スピードでこちらに突っ込んでくる。
フィルターだけになったタバコを投げ捨て、腰の警棒を引き抜いて二人の自警団員が構える。
けれど全力で走る馬相手ではどうしようもなく、二人は咄嗟に飛び退く。
嘶く馬は火から逃れようと全力で駆けていく。
街の中へと向けて、火のついた馬車が駆け込んでいってしまう。
二人はあまりのことにあっけに取られていると、
背後からガリガリと何か擦れる音が聞こえて咄嗟に振り向いた。
街灯の灯りに照らされて、一人の人影がゆらゆらと揺れていた。
どうやら、燃える馬車に捕まっていて、手前で飛び降りたようだった。
その男は、黒いフードをかぶっていて、右手に何かを握っていて、ひきずっていた。
それが石畳を擦るたび、ガリガリと耳障りな音が鳴った。
二人は警棒を前に突き出してその男と対峙する。
引きずっていたそれは、血がこびりついて、赤黒く染まった斧だった。
若い団員はその異様に、足がすくんで震えていた。
「神に変わり我ら灰の使徒が執行を行う……神に祈りを」
斧を引きずる男は、左手で胸の前で祈りの所作をして、そう呟く。
「神に祈りを──」
再びそう呟いた瞬間、斧がゆっくりと持ち上がる。
その刃先には、赤い光が鋭く反射していた。




