51 罪の塔
灰の使徒たちの視界には、ずっと風の塔が見えていた。
初めは遠く、霞んでいた塔だが、今でははっきりと輪郭が捉えられる距離まで来ていた。
夕暮れを背に、街道を外れて川沿いを北へと進む。
その一団の足取りは、重くも迷いがなかった。
彼らの目に映る塔のシルエットは、まるで天に向かって突き立てられた罪の杭のようだった。
その日は、冷たい風が川沿いを吹き抜けていた。 河辺の匂いに、乾いた草の匂いと焦げた布の匂いが、行軍する集団の周囲に微かに漂っていた。
痩せた馬が一頭、ぎしぎしと音を立てて古びた馬車を引いていた。
二日前のことだった。
彼らは草原で遭遇した商人の馬車を襲撃し、食料と水、そして馬と馬車を手に入れた。
そのとき、馬車の中には食料の他に、機械めいた品が積まれていた。
いずれも“科学”と呼ばれる忌むべき知識の名残りだった。
彼らは迷うことなくそれらを火にくべ、罪深き商人ごと焼き払った。
それが神に対する正しき行いであると、彼らは確信していた。
夜になった。
風の塔は、闇の中に不気味な赤い光を点滅させていた。
その明滅が空に影を落とし、あたかも警告のように空を照らす。
塔は静かに聳え立っていて、その光だけが意思を持っているようだった。
その場にいた男たちは、自然と輪になって地面に膝をついた。
何人かが木の枝を拾い、あるいは近くの細い木を無造作に切り倒し、粗雑に組み上げている間に、一人の男が木を擦り合わせて火種を作っていた。
やがて薪に火を灯すと、燃え上がる炎が彼らの影を揺らした。
痩せた体を震わせながら、数珠を首にじゃらじゃらとかけた男が立ち上がる。
髪はぼさぼさで、頬はこけ、目だけが異様な輝きを放っていた。
「──あの塔を見よ。我らが警めも祈りも顧みず、なお天に挑む、その姿を。」
「神は黙して語らずとも、警告を我らに残された。文明を、技術を、知を、手放せと!」
「それでもなお、あの塔の下で人々は、かつての過ちを繰り返そうとしている。再び神を試し、災厄を呼び寄せるつもりか!」
男の声は、風に乗って草原に響いた。
「だからこそ、我らが手で終わらせねばならぬ……!」
「火をもって、祈りをもって、人の傲慢を焼き尽くさねばならぬ……!」
男が拳を握りしめ、叫ぶ。
その声に、周囲の黒衣の者たちが頭を垂れ、祈りの言葉を繰り返す。
「灰の使徒は、神の代行者──我らが灯火こそ、真の救済……!」
「罪深き人類の過ちは……この手で正します……」
「どうか、怒りを鎮めたまえ……」
男は両手を天へと突き上げ、神への祈りを捧げる。
その声は誰よりも切実だった。
彼の背に、何人もの者たちが倣うように頭を垂れ、両手を組み、祈りを口にする。
ある者は嗚咽し、ある者は無言のまま涙を流し、ある者はぶつぶつと震え声で何かを唱えている。
──それは、異様な静寂だった。
泣き声も、祈りの声も、燃える炎の音さえ、夜の空気の中に吸い込まれていく。
ただ、風の塔の赤い光だけが、等間隔に瞬きながらその場を見下ろしていた。
そして、その場の誰しもが同じように感じていた。
これが正しき行いであると。
人類の救済であると。
自分たちこそが、神の意志の代行者なのだと。
「神よ、罪深き我ら人類を許したまえ……」
一人がそう呟いて立ち上がり、松明を手に取り焚き火に焚べて火を灯すと、歩き出した。
そしてまたひとり。ふたり。やがて一団は松明を手に再び北を目指し、ゆっくりと、黙々と歩き始めた。
彼らの目の前には塔の光が赤く静かに、確かに瞬いていた。




