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48 改修

 ハレカゼの店に帰ると、ジノーとヴィータはもう外出していた。

 ラヤとルウォンに挨拶を済ませて、午前中はルウォンの仕事を手伝った。

 そして今日は、ジッポをダイナモに預けてから三日目になる。

 お昼になり、ジノーとヴィータが帰ってくると、 この前に食べたあのハンバーガーの匂いが、ふわりと漂ってきた。

 ジノーは紙袋から色とりどりの包み紙にくるまれたハンバーガーを取り出し、ローテーブルにずらりと並べた。

 一つひとつ、挟まれている具材の違いを説明してくれるが、ハルトにはその違いまではよくわからなかった。




「へぇ、じゃあダイナモじいさんのとこにあのジッポ預けたんだね、気になってたんだよ。あのじいさん、たまに失敗するけど、あれは状態良かったから大丈夫でしょ」

「え、失敗したらどうなるの?」

「もちろん、強度が落ちるから使ってると壊れるよ」

「ええぇ……」


 前に食べたのと同じ紙で包まれた普通のハンバーガーを選んで食べてると、ラヤからとんでもない話を聞かされてしまう。


「心配いらねーよハルト! 安心しろって」

「口に物入れたまま喋るな! 行儀悪い」


 ヴィータに注意されながら、ジノーが安心しろと言ってくれる。


「あれだけ元の状態が良ければ、ノクティルカセル用に改造しても強度は問題ないと思うよ、ハルトくん」

「そうそう、それに壊れたなら、また修繕して使うのが、アーティファクトって物なのよ!」


 食べかけのハンバーガーを膝に置いて、頬に両手を添えて身をくねらせるその姿は、どこか芝居じみていて、それでも少しだけ色っぽくも見えた。


「出た出た、アーティファクトおたくなうちのボスが」

「ナノカプセル燃料も、いずれはリバースエンジニアリングされる日が来るんだと思うと、うちらもお仕事頑張らなきゃってなるよね!」

「ハルトくん、一個で足りるの? もう一つ食べなよ」


 ヴィータが笑うも、ラヤは上機嫌のようだった。

ルウォンに勧められてもう一つに手を伸ばす。

 正直、お腹はもういっぱいだった。でもテーブルには、まだ六つも残っていた。

 今度のは、ピザに乗っていた、あのチーズが挟まったハンバーガーだった。


「つっても俺らの仕事、ただの転売屋じゃないっすか」

「そうだけれど、うちらが橋渡ししているおかげで、気難しい職人さんたちの集まりの技術系商会のリバースエンジニアリングがスムーズに回るんだよ」

「言い方よね」


 ジノーが言ったことに対して、ラヤが真面目な顔で答えて、ヴィータが最後に一言付け加える。

 その一言で、ハレカゼの面々が、そろって笑った。

 その笑い方は、どこか大人びていた。

 ハルトには、何がそんなに可笑しいのか、いまいちよくわからなかった。




 お昼をみんなで食べてから、ジノーに連れられてダイナモのところへ向かう。

 西区の外れ、扉のない工房で、ばちばちと音を立て、金属の焼ける匂いとともに、眩しい火花が飛び散っていた。

 あまりの眩しさに、ハルトは目を細めた。

 ジノーに肩を叩かれて、お面を跳ね上げて黒い肌のダイナモが振り向いた。


「おじさん! できてるっすかー?」

「なんじゃい、おお、ジノーの坊主と、黒髪の坊主か、まっとったぞ」


 ダイナモが手に持っていた棒を置き、棒に付いてる紐が繋がっている機械のノブを回し、カチッと音がする。

 手袋と前掛けを外して、跳ね上げていた無骨なお面も外して壁に引っ掛けた。

 一度、扉の裏に引っ込むと、すぐに戻ってきた。

 手にしたそれは、形こそ見覚えがあるものの、表面の質感はまるで別物だった。


「せっかくだから磨いといてやったぞ」


 ダイナモがにっと笑うと、もじゃもじゃの髭から真っ白な歯がちらりと見えた。


「蓋を開けると、仕込んだリンク機構がプラチナ触媒を芯線に触れさせて、吸い上げられたナノカプセル燃料の殻を化学的に破壊するんだ」


 ダイナモが蓋を片手で開け、もう片方の手で改造した箇所を指差しながら教えてくれる。


「すると中の燃料が揮発しだす。あとは火打石を擦って火花を飛ばせば、すぐに安定した炎がつく仕組みさ」


 抜いて中身を見せていた本体をケースに押し込み直しながら続ける。


「蓋を閉めると、触媒の作用も切れて、燃料の揮発が止まる。さらに空気が遮断されて、火はすっと消える」


 蓋を閉じて、ダイナモがぴかぴかに磨かれ金色に輝くジッポをハルトに手渡してくれる。

 ナノカプセル燃料であるノクティルカセルを使えるようになったジッポを受け取った。


「サービスでノクティルカセルも入れておいてやったぞ」

「ちゃんと出来てるか始動確認しただけっすよね」


 ダイナモとジノーが笑い合う。

 ハルトは、恐る恐る蓋を開けて、火打石を擦って火花を飛ばした。

 一回で、青白い安定した炎が灯った。

 ハルトの胸の奥で、懐かしい何かも一緒に、静かに灯った気がした。


「……ダイナモさん、本当に、ありがとうございました」


 蓋を閉じて、感謝して、大事にポケットにしまった。


「なーに、仕事だからな。リペアが必要になったらいつでも持っておいで」


 そう言ってダイナモが、大きな手でハルトの肩を叩く。


「はい、ダイナモさん」

「うんうん、感動的っすね、いい仕事だったでしょう?」

「これは一つ、貸しだからなジノーの坊主」


 ジノーはとびきりの笑顔で笑う。

 笑って誤魔化しているのだと、ハルトにもわかった。

 ジノーはおもむろにコートの内ポケットからタバコのケースを取り出して、一本をダイナモに差し出す。

 ダイナモはそれを摘んで受け取って、ジノーも一本取り出した。

 ジノーはケースを戻すと代わりにジッポを取り出して、くるくると器用に回して、ダイナモが咥えたタバコに火をつけ、自分の咥えたタバコにも火をつけた。


「あーあ、これでチャラっすねぇ」

「バカにしてんのか」


「僕も……タバコ、吸ってみたい」


 そうハルトが言うと、ジノーとダイナモは少し呆気に取られた顔をしてから二人とも笑った。


「ハルト、この街じゃあな、20歳以下は酒もタバコも禁止なんだ」

「前は勧めてくれたじゃないか」

「バーカ、あれは冗談に決まってんだろ」


 ジノーはイタズラっぽく笑うと、ハルトの頭をくしゃくしゃと撫でた。


「じゃあ、くるくる回すやつを教えてよ」

「仕方ない、晩飯の時に教えてやるよ」


 悪そうに笑いながら、ジノーは次の営業の仕事へと向かっていった。

 ハルトも、ダイナモに別れを告げて、大通りを目指して歩き始めた。

 自分で見つけたジッポを、自分で稼いだお金で改造してもらって、そして火を灯した。

 今、そのジッポがポケットの中で、少しだけ頼もしく感じられた。

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