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44 弓

 炎に焼かれるウィンドリムの夢を見て、ハルトは目を覚ました。

 まだ窓の外は暗い陽の出前。

 そういう習慣で14年間生きてきたから、今さらそう簡単に変わるわけはなかった。

 少しぼーっとして、夢だったことに安堵する。

 ハルトは背中に汗をかいていることに気がついた。


 ハルトは、ラヤとヴィータに買ってもらったウィンドリムの服ではなく、村から持ってきた服を広げて、袖を通した。

 外套を羽織り、弓に弦を張ると、矢筒とリュックを背負った。

 リュックの中身は部屋に残してきたため、久しぶりに背負うそれは、驚くほど軽く感じられた。

 扉にちゃんと鍵をかけて、大通りを抜ける。

 しかしいつもみたいにガラスの天井へは入らず、西の高い山々の方へと歩いて行った。


 ウィンドリムから少し離れたところに、針葉樹の、一本幹のまっすぐな木を見つけた。太さも申し分なかった。

 軽いリュックを下ろして、外套を畳んでリュックの上に置いた。

 矢筒を背負い直して、その木を的にして、ヤマじいの弓を構えて、呼吸を整える。

 この矢の鏃は、嘘か真かヤマじい曰く、大崩壊前の金属で作られたものだった。

 若い頃に旅に出て見つけ、鏃としてずっと使い続けていたそうだ。

 狩りの時には、獲物の骨を砕いていたこともあった。

 それでも、この円錐型の鏃は曲がったり欠けたりはしていなかった。


 12歳の時、ハルトは“早気”と言う、弓を引き絞った状態を保てない癖がついてしまったことがあった。

 狙いを定めて発射準備をする前に自分の意志に反して手を離してしまう、そんな癖だった。

 当然、狩りは全然だめで、父親には叱られ、それで余計悪化した。


『自分の射に自信を持て』


 そうヤマじいが言ってくれた。

 自信を持つことが、どれほど難しいことなのか身に沁みた。

 ヤマじいの指導のおかげで、一年かけてついに早気は矯正できた。

 その時の教えをなぞるように、呼吸を整えて、矢筒から丁寧に一本の矢を抜き、弓に番える。

 無心になれるこの瞬間が、弓矢の好きなところだった。

 ヤマじいの弓と、矢の癖も、旅の間で掴んでいる。

 弓を引き絞り、風を読む。

 そして息を止め──放つ。

 風を切り裂く鋭い音がして、矢が幹に命中した。


 16本打ち尽くすと、幹から矢を丁寧に引き抜き、鏃を確認しながら矢筒にしまい直す。

 いつの間にか、昔のように──いや、それ以上に、矢の細部にまで自然と目が向くようになっていた。

 けれど、ヤマじいの矢は、やっぱり木の幹に打ち込んだ程度では、びくともしていなかった。

 少し距離を離す。


 今度はさっきより遠く、幹から四十歩、距離をとった。

 弓の腕には、今ではしっかりと、自信があった。

 ヤマじいには及ばないが、村では流石ヤマじいの弟子だとよく褒められていた。

 旅に出るという決断をすぐに下せたのも、そして短い旅のあいだ食料に困らずに済んだのも──すべては、弓の腕があったからだった。

 このくらいの距離なら、絶対に、外さない。

 放たれた矢は、迷うことなく幹に吸い寄せられていく。

 打ち尽くした16本の矢は、全て幹に刺さっていた。




 再び丁寧に矢を引き抜き矢筒にしまい、身を低くして前進する。

 川の近くまで来ると、川上に煙を上げる大きな構造物が見えた。

 あれがきっと上下水道施設と、併設されているという“キラ石”が採れる、ゴミの焼却場なのだろうとハルトは思った。

 ここから街まで結構な距離があるのに、ここから水を引いて街で使えるなんて、本当に不思議だった。


 良さげな場所に陣取り息を潜める。

 陽は昇り、だいぶ経ったころ、一羽の雉が静かに降りてきた。

 音を立てないように、ハルトは草の中を這うように慎重に移動する。

 射程に入った──でもまだ、撃たない。

 雉の頭が一度こちらを向いた。息を止めた。

 飛び立つ瞬間を狙って、弓を静かに構える。

 草の中で矢を一本抜く。鏃に傾きがないかを指で確かめ、問題なしと判断して、弓に番えた。

 ハルトは、指に意識を集中させた。

 次の瞬間、全てが決まる。

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