表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
44/65

43 虚勢

 昼食をおえて短い休息の後、ジノーとヴィータが午後の外回りへと出掛けて行った。

 ハルトは引き続きルウォンの手伝いをした。

 そうして緩やかに午後が過ぎていき、日差しもだいぶ傾いてきた頃に、ようやくラヤが商会連の会議から帰ってきた。


「ただいまー! あたしがコーヒー淹れるからみんなで飲もうよ! 休憩しよ休憩」


 いつもと変わらない様子のラヤに、ハルトは違和感を覚えた。

 ルウォンがラヤの上着を受け取ってハンガーに掛ける。

 ハルトは厨房へ行き、引き出しからコーヒーを入れる道具や豆を取り出し、砂糖も取って準備した。

 ラヤに覚えがいいね、と褒められる。

 ラヤに座ってて、と言われて、ハルトはいつも食事の時に座るローテーブルの脇、一人掛けの座椅子に腰掛けた。


「お待たせ、ハルトはこれね」


 そう言ってカップを渡される。

 湯気とともに香ばしい香りがふわりと漂った。

 コーヒーは変わらず甘くて、美味しかった。

 その甘みが、ハルトの不安を少しだけほぐしてくれるみたいだった。


「それでラヤさん、どうだったの?」


 ルウォンが、ハルトが言い出せないことを聞いてくれた。

 ラヤは、カップに口をつけて、優雅に香りを楽しみ、ゆっくりとカップをテーブルに置いた。


「灰の使徒絡みだよ。近隣のフラベ村が襲われたらしい。自警団には頑張ってもらわないとだね」

「ジノーくんから聞いたよ、二週間前だって?」

「そう、流石ジノーは耳が早いね」


 前屈みで話を聞くルウォンに対して、ラヤはカップの中の黒い液体を覗きながら答える。


「じゃあ、自警団にはロス村に行ってもらうの?」

「いや──自警団には、ウィンドリムの警護を強化してもらう。その為の予算集めが今回の会議だよ」


 カップに伸びるラヤの指先が、ほんのわずかに震えていることに、ハルトは気づかなかった。


「そう……なんだ」


 ルウォンが動揺しているのを、ハルトは初めて見た。

 空気が冷えていく。

 ハルトは口を開けなかった。

 ロス村へは、自警団を派遣しない。

 それは、きっと“見捨てた”ということなのかもしれないと、ハルトは思って怖くなった。

 ラヤはそんなハルトを見て冗談めかして笑う。


「大丈夫! 心配いらないよ、いざとなったらルウォンが助けてくれるから」

「えぇ、僕が助けられるかな?」

「その大きな図体は飾りかー?」

「や、やめてよラヤさん」


 ラヤがルウォンのお腹を指でぶすぶすと突き刺して笑う。

 ルウォンも笑っている。

 だけど、それが心から笑っているものじゃないことくらい、ハルトにもわかった。




 その日の夕方。

 ハルトは、今日はもう眠いから先に寝るね、と言って、一人きりで三階へと上がった。

 静まり返った部屋の中で、毛布にくるまりながらぼんやりと考える。

 科学を否定しながら、北上を続けるという集団、灰の使徒。

 自分に、何かできることはあるのだろうか──そんな考えが、頭を離れなかった。

 昼間、ジノーが言っていた言葉が胸の奥でこだまする。


『言葉が通じても、話が通じない相手がいる』


 もしそれが本当だったら。

 もし、ここウィンドリムが次に狙われるのだとしたら。

 もしこの街が、火の海に沈んだら──。

 そんな光景を想像してしまった瞬間、背筋にぞくりと冷たいものが走った。

 それでも、まぶたは徐々に重くなり、毛布の温もりに包まれながら、ハルトは静かに眠りへと落ちていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ