42 緊急対策会議
中央庁舎第三会議室。
薄暗い照明の下、長机に3人の代表者が静かに腰を下ろしていた。
他の参加者たちは、その机の前に並べられたパイプ椅子にまばらに腰掛けている。
開催予定時刻まで、まだ三十分以上あった。
室内には静けさが満ち、人の気配はまだまばらだった。
ラヤは、そのパイプ椅子の列の最前列、右端に腰掛けた。
背が低い彼女は、後ろに座ると人の陰に隠れてしまうため、会議ではいつも早めに来て、一番前の席を取るようにしている。
ラヤが視線を上げると、中央に座る中年の男性──執行部長と目が合った。
彼はにこやかに机に肘をついたまま、小さく手を振ってくるが、ラヤはそれを無視して腕を組んだ。
つれない態度にも怯むことなく、中年の男は微笑を崩さない。
やがて人が集まり始め、椅子はすべて埋まり、後方に立つ者の姿も見え始めた頃、会議が始まる。
窓の外には昼の光が差しているが、部屋の空気はどこか重苦しい。
まるで、嵐の前の静けさのようだった。
「まずは急な招集にもかかわらず、お集まりいただき感謝いたします。それでは──灰の使徒に関する緊急対策会議を始めましょう」
その声は手にしたマイクを通して、スピーカーから聞こえる。
会議の司会を務める、小太りの眼鏡の男性が静かに口を開いた。
その隣に座る執行部長がマイクを司会から受け取り、言葉を続ける。
「……灰の使徒の動きは、確実に活発化しています。現在、彼らはこのウィンドリムを目指して北上中です。情報通の商人の間ではすでに噂になっているでしょうが、フラベ村も襲撃を受けました。──二週間前に」
その発言に、動揺が走る。
ラヤは黙って腕を組んだまま、鋭い視線で彼を見据えていた。
執行部長は一呼吸置いてから、マイクを司会者へとそっと戻した。
「昨日の定例会で議題に上がった、被災者への支援金については、すでに中央庁造幣科に予算案を提出済みです。……問題は次の標的となるであろうロス村と、ウィンドリムの警備体制の強化です」
司会者がそう言った瞬間、会場は騒然となる。
「これ以上、経済圏の村々が焼かれるのは看過できません! ウィンドリムの安全を守るためにも、警備の強化が急務です!」
「だが、人員も資金も足りない。今の予算じゃ限界だ」
「商会連の蓄えも底が見えている。造幣科に追加支援を要請するべきだ」
「普段、飯を食うだけの自警団がこういう時こそ働くべきだろ!」
各人が口々に意見をぶつけ合い、場の制御が効かなくなる。
それを遮るように、司会者の声がスピーカー越しに響いた。
「近隣の村々は避難民であふれ、各所の対応も逼迫しています。……しかし、それ以上に急がれるのは警備体制の再構築です。商会連全体での資金援助も視野に入れなければなりません」
その発言に対し、前列から男が立ち上がった。
「また商会側が負担を負えってのか! 二等、三等は負担が軽いだろうが、うちは一等商会だぞ。いつも我々ばかりが尻拭いだ!」
「そもそも、中央庁の行政科と市長が勝手に始めた西方復興支援が原因じゃないのか! 奴らの懐をまずは開けさせろ!」
「交渉だ! そもそも、その輩と交渉をして帰らせることはできないのか!?」
怒声が飛び交う中、それを静かに断ち切るように、少し場違いな、高い声が響いた。
「遅いか早いかだけで、いずれ灰の使徒のような輩は現れた。備えていなかったあたしたちの落ち度だ」
ラヤのその一言に、場のざわめきが止まる。
「は……泡沫商会の小娘が、何を分かった風に──」
「奴らは科学を神への冒涜と断じ、容赦なく破壊を行っている。交渉など通じる相手ではない。そうでなくとも、大崩壊で文明を失った人々からすればこの街は、妬みや僻みの元にもなろう」
男が反論しようとしたが、執行部長がラヤの言葉を受けて続けた。
「だからこそ、防御、救援、情報収集。三本柱で対策を講じる必要がある。私は特に、情報網の強化が急務だと考えている」
そう言う執行部長に対して、ラヤは静かに言葉を続けた。
「……現状では、手遅れになっている可能性が高いです。灰の使徒の移動速度と村の位置関係から、二週間前にフラベ村が襲われた以上、その脅威はすぐにでもロス村に……もう既に襲われた後の可能性もある」
「そしてその次は──間違いなく、ここ風の塔と、ウィンドリムです。」
そこまでラヤが言うと、先ほどの男が苛立ちを隠さず声を荒げた。
「本来この会議に出席する資格もない小規模商会が、偉そうに──!」
しかしラヤは臆さず、強い決意を持って続けた。
「あたしたちの商会も、街の安全も、そして文明も──守らなければならない」
「……各商会には自警団への資金提供をお願いしたい」
そう言って執行部長が深く頭を下げた。
一瞬の静寂の後、会議室の空気がぴんと張りつめ、誰もが渋々ながらも頷いていく。
「まずは今日中に対応案を取りまとめ、中央庁と自警団に通知する。各商会は、速やかに準備を整えていただきたい」
「これ以上の犠牲を出さないために──今、自分たちが何をすべきか。ひとりひとりが、真剣に考えて、発言してほしい」
静かな決意と覚悟が、部屋中に満ちていた。
嵐は、すぐそこまで来ていた。




