36 紫煙
ハルトの頭を撫でながら、ふと、そんなことを思い出していた。
そしてラヤは考える──なぜこの子は、毎朝セレスに会いに行くのだろうかと。
あの事件以来、ウィンドリムの住人たちはセレスと距離を置くようになった。
塔を管理する、機械仕掛けの人形。
人の形を模した文明の管理者。
ハルトが彼女に救いを求めているならば、それはきっと──救われない。
たとえ彼女に救いを求めたとしても、ハルトの心が癒えることはないだろう。
機械に頼ったところで、人の痛みは、きっと癒されない。
「……あたしたちを頼ってくれればいいのに」
そう呟いて、ラヤは静かに視線を落とした。
ハルトの頭を撫で終え、下に降りていくラヤ。
「いつまでハルトを置いておくんだ?」
ジノーが問いかける。
くるくると器用に手の中でジッポを回して遊びながら、窓を少し開けてタバコに火をつける。
ジノーは開けた窓の外へ、タバコの煙を肺に入れて吐き出す。
「あの子は優秀だよ。理解も早く、素質もある。囲い込んでおいて、損はない」
ラヤはそう言いながら、大人の表情を浮かべて、ジノーのタバコを奪った。
何のためらいもなく大きく吸い込み、深く、煙を吐き出す。
まるで、自分の中にあるものを見せないために、煙で隠すように。
「……ラヤさん、やめたんじゃなかったの?」
「……たまになら、別にいいでしょ」
ルウォンがティーカップを差し出しながら窘める。
ラヤは顔を窓の外に向けたまま、ゆっくりと大きく吸って、静かに煙を吐き出した。
タバコを奪われたジノーは、もう一本を無言で取り出し、再び火を灯す。
タバコを吸う二人を、ルウォンとヴィータが眺めていた。
ラヤが吐き出した煙が、街灯の光に揺らめきながらゆっくりと空へと昇っていく。
それは、自分の中にある言葉にならないものを、空へ逃がすかのように。




