29 ジッポ
ハレカゼ商会に戻り、扉を引くと、心地よい木の軋む音とともに、店の空気が迎えてくれた。
中で仕事をしているラヤとルウォンとおはようと言い合い、今日はルウォンの手伝いをする事になった。
木箱を運んだり、機材の整備を手伝ったり、慣れない作業に額に汗を浮かべながらも、ハルトは少しずつ要領をつかんでいった。
「ハルトー! 1日ぶりだな、燃料持ってきてやったぞ」
「ただいま戻りました」
お昼頃にジノーとヴィータが帰ってきて、ジノーがハルトの頭をわしゃわしゃと撫でる。
「昨日はウィンドリムの人気ナンバーワンとナンバーツーの両手に華でデートしたんだって? このこのぉ」
「ジノーくん、ハルトくんが可哀想だよ」
「おかえり二人とも! おつかれさん、今日のお昼は何買ってきてくれたの?」
そう言われて、ハルトを解放すると、紙袋を掲げてジノーが得意げに言う。
「今日はなんと、たこ焼き買ってきたっすよ!」
「でかしたジノー! 昨日の便でやっと久しぶりに海産物届いたもんね」
ルウォンが食器を並べて、お茶を淹れる。
ラヤは紙袋からたこ焼きを取り出して、それぞれの前に並べていく。
紙の入れ物の中には、しんなりした玉状に焼いた物が八つに、焼きそばの時と同じ香りのソースがかかっていた。
最初の1個目でものの見事に口の中を火傷した。
一気に一口で放り込んだのが間違いだった。
でも、ソースの香ばしさと不思議な食感に、すぐに夢中になっていた。
コリコリした、丸い粒のある食感の部分が、“たこ”という生き物の足なのだそうだ。
丸い粒を噛むたび、むにゅりと跳ね返る食感に、どこか不安を感じた。
これが足である生き物とは、どんなグロテスクな見た目をした生き物なのか──。
けれど、それが妙にクセになる味だった。
こんな奇妙なものも、美味しいと思える自分にも驚いた。
食後、みんなでルウォンが淹れてくれたお茶を楽しんでいると、ジノーが懐から瓶を取り出してことりと、テーブルに置いた。
「これが、グリーンナフサだよハルト」
茶色いガラス瓶の中には、水より少しサラサラした液体が入っているのがなんとなく見えた。
ポケットからくすんだ金色のジッポを取り出す。
ジノーに教わりながら、ジッポを分解して、中の綿にグリーンナフサを染み込ませていく。
「とりあえず、そんなもんだ」
とジノーが言う。
「いったん握って、温めるんだ。そうすると火がつきやすい」
言われた通りに、蓋を閉じてジッポを握り込む。
「くるくる回すのはどんな意味があるの?」
「かっこいいだろ?」
そうジノーが笑った。
「手癖が悪いだけでしょ」
ヴィータがジノーを呆れたようにじっとりと睨む。
ジノーが困った顔をする。
「そろそろだ、ハルト、火をつけてみろ」
火打石をしっかり擦る。3回目で、ぼっと火がついた。
オレンジ色で、焚き火のように、ゆらゆらと揺れる火がつく。
揺らめく炎を見つめて、ハルトはこの道具がちゃんと使えると言う事に、感動した。
遠い昔に亡くなられた、知らない人の遺品。
大崩壊前に作られた、古いライター。
それをこうしてハルトが、再び火を灯した。
「このグリーンナフサって揮発するんでしょ? どのくらいもつんだろ」
「なみなみに注いでも、この時期でも十日くらいかな? そうすると火をつけてようがつけまいが、揮発して空っぽになる」
それだと、もし仮に、再び旅に出たとしても、嵩張る燃料を持っていかないと、火がつけられない。
「温度が高いと気化が早いから、肌から離した場所に入れておくと、多少は長持ちするぞ?」
「うーん……やっぱり、ノクティルカセルで使えるライターが、いいのかもしれない」
手の中で火を灯し続けるジッポを眺めながら、少ししょんぼりするハルト。
このジッポの見た目は、記憶にある初めて見たライターとおんなじで、ハルトはとても気に入っている。
亡き父と母と、一緒に楽しく過ごしたあの夜を思い出せるから──。
しかし、昨日見せてもらった、おそらくリバースエンジニアリングで作られただろう、色々な新品のライターたちを思い出す。
「確かになぁ、旅人として火種に使うには、本物のジッポだと、結構デメリットだらけだからなぁ」
と理解を示すジノー。
うーんと腕組みして、首を傾けて考える。
「そのジッポ、ノクティルカセルを使えるように改造するか?」
そう聞かれ、
「え、そんなこと本当にできるの!?」
目を輝かせたハルトが、思わず身を乗り出す。
「……上手くいくかは、わからないけどな」
ジノーがそう言いながら、にっと笑った。




